もし日本が中国に支配されてしまったら、反日教育を受けている中国人は、嬉々として日本人を絶滅収容所にいれるだろう。ウイグル人に対するよりも、ひどい虐待をした後で…。●日本の12社、ウイグル弾圧企業との取引停止へ-報道
日本の主要小売り・製造業12社が、中国の新疆ウイグル自治区などでの少数民族ウイグル族に対する強制労働への関与が確認された中国企業との取引を停止する方針を固めたと共同通信が21日夜報じた。
〇同12社には衣料品チェーン「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングやソニー、日立製作所などが含まれる。詳細の全容は明らかにされていない
〇米英両国が綿製品などの輸入規制に相次いで踏み切り、日本企業も対応を迫られていた
〇サプライチェーンで新疆関連企業とつながる日本企業に取引自制の動きが広がる可能性がある
〇オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が昨年公表した報告書でウイグル人の強制労働に関与した疑いがあると指摘された日本企業14社に対し共同通信は問い合わせを行った
〇「無印良品」ブランドを展開する良品計画は、米政府が禁輸対象とする中国企業ないしはこれら企業の親会社と取引があると判明した日本企業3社のうちの1社
〇良品計画は「新疆綿」を商品名の一部に使用した商品を同社のウェブサイト上で販売していたが、これらは共同の調査後に削除された
【引用終わり】
昨夜(22日)マンガ「私の身に起きたこと」~とあるウイグル人女性の証言~をまとめた、清水ともみさんの「命がけの証言」 を読みました。
心臓がドキドキして・ザワッとする。(読了後の感想は何と形容してよいのか言葉が出てきませんが)、「何で、こんな非道な事ができるのだろう?」という疑問だけは言葉になりました。
実を言えば、この疑問は何年も考えて自分なりに答えを出していますが、今まではブログに記すことには躊躇していました。けれど、「命がけの証言」を読んで、座視すればいずれは日本人も同じ運命になる(もっとひどい運命になる)と確信に近いモノを感じたので、ブログに記します。
欧米のマスコミは、よくウィグルの人権弾圧を、ナチスのユダヤ人弾圧に例えますが、確かに私も引用記事の写真の収容所の入り口の門を観ると、アウシュビッツの門を思い出しました。
アウシュビッツだけでなく、ナチスの収容所の入り口には「労働すれば自由になれる」と書かれていました。しかし、自由にはなれませんでした。そして、数百万人の命が失われました。
今、ウイグルの収容所では「共産党のおかげで、悪い思考が取れました」と言えと命令されます。しかし「共産党のおかげで、悪い思考が取れました」と言っても、虐待はやまず命を失う人もいます。
このウイグル人への弾圧=ジェノサイドには、幾つかの国が抗議をしていますが、中国共産党はやめる気配はありません。また、どの国も戦争までしてウイグル人を助ける事はしません。
「核戦争になるかもしれない」と考えれば、二の足を踏んでしまうのも当然ではあります。
という事は、中国人=漢民族が自ら「やめよう」としなければ、ウイグル人への弾圧は止まらない事になります。
そこで、先の疑問に戻ります。
「何で、こんな非道な事ができるのだろう?」
こんな「非道な事が出来る」理由が解れば、その理由をとりのぞけば「非道な事が出来ない」という状態になりますので、非道な事が出来る理由の解明は重要になのです。
ですから、昨日も元ナチスの収容所の看守だった95歳の男性がアメリカから国外退去させられて、ドイツで裁判にかけられるという報道がありましたが、私は当時19歳で命令されて看守になった人物を今更罰するよりは「なぜ、あなたは、悲惨な収容者を助ける事もせずに看守の任務をする事が出来たのですか?」と聞いた方が、よほど再発の防止になると思います。
ただ、この点ではアウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘスが手記を残してくれています。ナチスはSS隊員たちにユダヤ人に対して「厳しくさせる」為に、常に訓戒を繰り返していたそうです。「アウシュビッツ収容所❘ルドルフ ヘス著 片岡啓治訳 講談社学術文庫」より引用します。
【アイケは「(ユダヤ人は)危険な非国民」という観念を、断固として、徹底的に、自分のSS隊員たちに叩き込み、さらに長年にわたって広く説き伝えたので、それについてろくに知らない者は皆すっかりその考えを植え付けられてしまった。私もそれを信じた。
…アイケの意図はこうだった。
抑留者の犯罪的な危険性についてたえず訓戒し、…抑留者たちにたいして、SS隊員が徹底的に反感をいだくようにすること、抑留者にたいしてSS隊員を「きびしくさせる」こと、同情の気持ちをおこすのもあらかじめおさえこむことである。
彼は、そうやってたえずはたらきかけることによって、単純な性格の人間たちの中に、憎悪を、部外者には想像もできないような、抑留者にたいする反感を、作り出した。…強制収容所における 抑留者たちの苦しみや彼らの虐待はすべて、この憎悪の醸成によって説明される。
彼ら(SS隊員)は、抑留者を人間とは思わず、「ロシア人」か「カタカ原住民」くらいに考えていたのである。…
ダッハウで、私は抑留者たちのこんな言葉を、余りにもしばしば耳にしなければならなかった。「SSは、どうしてこんなにわれわれを憎むのか?われわれだって人間じゃないか」と。━SSと抑留者たちの間の一般関係を明らかにするには、これだけですでに充分といえよう】
このようにナチスのSS隊員は、自分達ドイツ人の方がユダヤ人の犠牲になった集団なのだ。だから怒れ・憎めと教え込まれた人達でした。
私は、人から教え込まれて虐待者になった人達が、その時に自分の実行する残虐行為を正当なモノだと考える、思考の展開パターンは次のようなものだと思います。
「自分は○○集団から実際に虐待されたり、家族が虐殺された経験はない。しかし先祖が虐殺された。又はひどい迫害を受けた。話に聞くだけだから、誰が加害者か知らない。しかし再び被害を受けないように、○○集団を殲滅させておいた方がよい。今はまた危険行為をしていなくても、将来には我々にとって危険になるかもしれないから…」
つまり彼らは、人から聞いた話で自分は被害者だと思い込み、復讐をしていると錯覚した。又は、目の前の罪がなさそうで力もなさそうな人間が、将来は悪魔になるはずだと妄想した。などの理由で、正しい事をしていると信じて、残虐行為を行ったのです。
人から聞いた話で自分の妄想を膨らませて被害者になった「妄想被害者」です。
私は、妄想被害者であったからこそ、残虐行為が実行できたのではないかと思います。実際に被害を経験した人のもつ復讐心は「こんな目にあらされたから、自分を傷つけた加害者に同じ思いをさせてやりたい」です。けれど妄想被害者は 元々の被害認定の源が妄想なので、どんな残虐行為をしても(それによって良心がいたんでも)「自分達の仲間はもっとひどい事をされたに違いない、これは当然の 報いた」と妄想を膨らませて 是認していくことができるため、残虐行為に歯止めがかからないのです。
即ち、人から聞いた話だからこそ歯止めなき残虐行為ができるのであって、その為に(自分が受けた事に対する復讐を望む人たちと違って)、歯止めなき異常な残虐行為が発生するのだと思います。
ただ私は、漢民族の異常な残虐行為は、ナチスのように人から聞いた話で「○○に、怒り・憎しみ・恨みを持て」と洗脳されたからではないと思います。
その理由は簡単で、ここ数十年中国共産党が「怒り・憎しみ・恨みを持て」と国民の洗脳に励んでいたのは、日本であってウイグル人ではないからです。だから、今の中国共産党の特別部隊が植え付けられた日本民族への「怒り・憎しみ・恨み」で、日本人を収容所に入れて異常な残虐行為にふけるのであれば、それはナチスの収容所員と同じように洗脳されているからだと判断しても誤りとは言えないかもしれません。
しかし、中国共産党はウイグル人に対して「怒り・憎しみ・恨みを持て」という教育をしていなかったのに、漢民族の看守はナチスさながらの虐待行為が《出来ている》のです。
ということは、漢民族の看守は「怒り・憎しみ・恨みの感情が無くても、虐待行為ができる」訳です。
うーん。
これは、何とも空恐ろしい事ですが、実際に発生しています。信じたくなくても、信じない振りをしても、事実です。
とすると、やはり…。
論理的には、次のように考えるのが妥当と思います。
中国人の倫理観=「儒教」
中国=中華文明と 仏教・キリスト教・イスラム教という宗教文明との間で根源的な価値観の違いが発生するのは、中華文明の根本理論である「儒教」が宗教ではないために、中華文明には「戒律」が存在しないことです。
日本での人間社会の倫理基準は「仏教」です。
ですから日本社会では、キリスト教・イスラム教宗教文明と同様に「殺すな・盗むな・男女関係を乱すな・嘘いうな」は「悪業」とされています。
この4項目だけはどの宗教でも共通なので、宗教文明の人達は、この四項目は「人類が、共有している戒律だ」と誤解しています。
しかし、中華文明では、「殺人・窃盗・淫乱・偽証」を明確に禁止する「戒律」のようなモノはありません。「論語」には、「三鋼の徳」や「五常の徳」を、君子が持つべき「徳」としていますが、「実際に、人々がどうすればいいか」は記述は以下のようなモノです。
「論語」子路第十三の十八
楚の地方長官である葉公が、孔子先生に言った。
「私の領内に正直で有名な者がいます。その父親が羊をかすめたのですが、子どもの彼は、その盗みの事実を証言したのです。」
先生は言われた。
「私どもの正直者はそれと違います。父は子のために隠し、子は父のために隠しますそれがあるべき正直であり、自然な人情ではないでしょうか。」
論語の子路第十三の十八は、「嘘をついても家族を守るのが、正しい」と主張しています。『自分と家族を守るという「本能に従う」ことが「正直」である』という見解です。
つまり、神や社会からみた正しい生き方を「善」とするのではなく、自分にとって良いと感じる事を「善」ととらえるのが、中華文明の「善」であります。
つまり、自分で勝手に決める「自己都合の善悪」です。
現在の中国で、しばしば道に倒れている人常を大勢の人達が助けようともしないで歩き去ることが、問題とされていますが、これは今に始まったことではありません。
十九世紀・清の時代の中国を旅行した英国女性イザベラ・バートはその旅行記の中で、荷物運びに雇用した中国人の男の一人が病気で動けなくなった時に、仲間の男たちが病気の男をあっさりと見捨てる様子に驚いています。イザベラ・バードは次のように記しています。
【「お前たちはこの男をここに置き去りにして死なせるつもりか」と尋ねると、彼らはせせら笑いながら「死なせればいい。もの何の役にも立ちませんぜ」とのたまった。病気の男が懇願した水が目と鼻の先にあったにもかかわらず、それをやろうともしなかった。】
これは中華文明圏の人達の「善意」が、自分と自分に関係する家族友人にだけ向けられていることを示しています。ですから、自分と家族の幸せのために「汚職」に励むことも、自分の喜びのために愛人を沢山囲うことも、「悪」ではなく「自己都合の善」です。
このために、いざという時の脱出のために家族を国外に住まわせて、自分だけが中国本国で汚職に励む「裸官」が出現します。国家も国民もどうでもいい。自分さえよければいい。まさしく「自己都合の善」を追求する態度です。
★ 「自己都合の善」の世界は、自由である。
イザベラ・バードは、中国人が自由奔放な様子を描写しています。
【トルコ…、朝鮮を、私のように数年にわたって旅したことのある人なら、中国の人々が虐げられた国民などではさらさらないことがわかって驚くことになる。また、現制度下にあってさえ、賄賂はあるものの 税は軽く、働けば金になり、理にかなった自由もかなりあることがわかって驚くことになる】
バードは、その自由奔放な民衆に襲われかけたこともあります。
【群衆はどんどん増え、囃し立てたり怒鳴ったりして、どんどんやかましくなった。口々に『洋鬼子』『外国の悪魔』とか『吃孫子(子供食い)』と叫ぶ声がどんどん大きくなり、怒声と化してゆくのが分かった…私が乗った車は、何度も何度も棒でたたかれた。泥や嫌な臭いのするものが飛んできて命中した。…男が私の胸を斜めに強打した。…後ろから両肩を強打する連中もいた。…激高した中国の暴徒だった】
このような旅であったためか、バードは【中国で「仁」が重んじられている印象は日常生活からはさほど受けない。中国人の性格に関するこの国の一般的な見解は、冷酷、残忍、無慈悲で、徹底して利己的であり、他人の不幸に対して無関心であるというものである】と評しています。
バードが遭遇した暴徒の様子は、二十世紀の文化大革命の時の様子に重なります。
((文化大革命の狂気 その3)
つまり、中国人の群衆は一度タガが外れると、「自己都合の善」がより強力になり原始の快感に浸るのでしようか?
いずれにしても、イザベラバードの時代も、文化大革命の時代も、現代も、変わらずに【中国人の性格…は、冷酷、残忍、無慈悲で、徹底して利己的であり、他人の不幸に対して無関心である】から、ウイグル人に対して憎しみの教育がされなくてもナチスのごとき残虐性が発揮できるのだと思います。
昨夜読んだマンガ「命がけの証言」 の中に、私達日本人への警告がありました。
なぜウイグル人が中国共産党の支配を許してしまったのか?それは、中国共産党は最初は「技術を教えてあげますよ。あなたの国を豊かにしてあげますよ」とうまい事をいって、ウイグル人を安心させて、その間にどんどん漢民族がウイグルの土地に入ってきて、人口が逆転したら圧迫が始まり、弾圧となり、いまではジェノサイドになってしまったというのです。
そして2015年に1100万人程いたウィグル人が、今では、740万人にまでなってしまったのだそうです。
だから、私たち日本人は決して騙されてはいけないのです。日本列島に漢民族がどんどんやってきて人口が逆転してしまったら、(ナチスからユダヤ人を憎むように教育されたドイツ人のように)共産党から日本人を憎むように教育された中国人は、元々の冷酷、残忍、無慈悲に植え付けられた憎しみを加えて、嬉々として日本民族の抹殺にかかるだろうからです。
ユダヤ人だってウイグル人だって、最終的な行き先が収容所だと解っていたら、最初から命を懸けて抵抗して武力闘争に出たと思います。
最も、中国共産党が最初は「技術を教えてあげますよ。あなたの国を豊かにしてあげますよ」とうまい事をいって、ウイグル人を安心させたのは、自分達が死ぬかもしれない戦争はしたくなかったからだと思います。
彼らは絶対的な優位に立った時=相手が抵抗しないと判断した時しか残虐性を発揮しません。
だから日本にとっては、国際社会の援護を失わないように立ち回りながら、中国に対して「やるぞ!お前達命が惜しくないのか?」と圧力をかけ続ける事が最善の道なのです。
それなのに、引用記事の元である共同通信の記事を読むと、【米英両国がウイグル族の強制労働を理由に自治区に関連した綿製品などの輸入規制に相次いで踏み切っており、日本企業も対応を迫られていた】とあるように、日本企業は米国・英国に怒られるから。しかたなくウイグル弾圧企業との取引停止へ動くそうです。
日本人こそ、ウイグル人に心をよせて、危機感を強くしなければならないというのに…。
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