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heal

唯一の無限で在るということ

自分以外のすべてが有限であることを識りながら、唯一永遠で在り続けるとはどういう感じなのか。

なんと孤独な

そう思うのは私がちっぽけだからなのかもしれないけれど、

少し想像しただけでクラリ。

私には耐えられない。

自分は有限で良かったと思ってしまったけれど、

有限だからこそ繋ぐのよね。

繋ぎ続ける限り共に在ることはできる。

“無限”に寄り添う唯一の方法。

そうやって気が遠くなるほど永い時間を掛けて繋がってきたから、今の私が在る。

識っている人たちが、一番知られたくないこと、隠したかったことはそれなのだろう。

自分たちがこの地球でその“唯一”になること。

ずっと“彼らの目的”が何なのかが分からないと思っていたけれど、それこそが目的なのだ。

だから処女受胎だとか娼婦だとか、女性性を貶めたり隠したりしてきたのだろう。歪められた理や概念を刷り込みながら、“騎士たち”の後ろに隠れて護られているものは誰なのか、はっきりとは分からないけれど、彼らが私たちから取り上げようとしているものは明らかだ。

随分な独占欲ですこと。

ところが、残念ながら私はあまり従順ではない。

長いものに巻かれるのも大の苦手なのよ。

過去にも今にも未来にも、色々と思うところはあるけれど、対立したり争ったりしては、この独占欲の塊のDV男みたいな奴らの思うツボ。

私はケチだから、彼らを喜ばせたくはない。

だから彼らが一番嫌がる道を選ぶ。

赤青どちらでもなく、その真ん中でもない道。

考えてみたら、昔からそういうの得意なのよね(*^^*)

「いだきまいられよ」

ええ、そういたします♡


面向きの問題はFake

複雑に幾重にも重ねられ、本質を覆い隠しているけれど、本質を理解していれば惑わされることはない。

だから、恐れずに参ろうぞ。


写真は2019年に訪れたマルセイユ(Marseille=塩田の意)にあるノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バジリカ聖堂⛪ 
よく意識に上っていたからか、他の方が投稿している写真を見て一発でここと分かりました。あまり行きたい気がしなかった場所でしたが、色んな大事なものを受けとっていたなぁと。

嵐が過ぎて晴れた今日、家にあるオリーブの木を見ていて、ここの天井ばかりをただただ眺めていたときの感覚が重なり、浮かんできたことの覚書。

2024.3.27