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6月末で看護師を辞めて3年。
またこの仕事をしたいかと問われると「No」
当初はワク撃ち業務やシェディングの問題がクリアできれば…と思っていましたが、医療現場から物理的に距離を置く時間が長くなればなるほど、氣持ちはドンドン離れていきました。

深く考えず黙って従っていれば、今まで通り安定した収入は得られるでしょうが、自分に嘘をついたまま身を削り、自分自身の生命を使い捨ててしまうような生き方はもうしたくない。時間は無限じゃないし、そんなことのために生まれてきたんじゃないからね。
もうそこでの学びは終了!

…とは言え、息をしてあるだけでお金が掛かる世界に生きているのも事実。経済的にはとっくの昔に限界点を超えているので、収入を得るためにある面接を受けてきました。

新たなことに挑戦してみようという氣持ちは「良し」という感触でしたが結果は不採用。でも志望動機を聞かれたときにふと氣づいたのです。

私が思い描いていたビジョンってどんなだっけ?なんか曖昧になってるなぁ…

面接を申し込んだ時点で、微かなズレは感じていました。主に身体が。ぶっ殺されるような強烈な引き留めとまではいかないけれど、じわ〜っと。月のものが上手く流れず滞ったり、低血糖症状を起こしたり、起き上がれない日もありました。この感じは久しぶり。5月初めから連発している巨大フレアも無関係ではなかったのでしょうが、それだけではないなぁと。。

文章化できてないけど、ある方のヒーリングを通してうっかり?ここで宣言したことは、たぶん関係ある…

ビジョンが曖昧になった理由は、それが変更になったからという訳ではなさそうでしたが、ズレているポイントが分からないまま、行き詰まっていました。

この状況を打破するにはどうすべきか🤔

そう思っていたとき、昔の旅友と久しぶりに会うことになりました。

彼とはコロナ騒動が始まる前に会ったのが最後。先日の台湾地震のときに「生きてるかー?」と連絡したのが4年ぶりでした。
出会ったのはここ。同じくらいのタイミングで退職して世界一周をしていたときでした。

16年前のこの日、ここで私の夢を打ち砕いてくれたことは忘れてない。笑

旅程が似ていたので後に再会し、他に女の子1人を含めた3人でサハラ砂漠を旅した御縁でしたが、帰国後も転職や退職、互いにパートナーが出来たり別れたりのタイミングがことごとく同じだったので、ダラダラ珈琲を飲む茶飲み友達として、細く緩く繋がっていました。

初めて会ったときから“兄と弟(たぶん双子?)”の感覚。生きていく上での優先度とか価値観が全然違うので、似たような道は歩いているのでしょうが並ぶことはなく、たまに出会えば少し話して「じゃあね」とまた好きな方にそれぞれ勝手に歩き出す感じ。

長く会ってなかったので共通の話題なんてあるかしら?と少し氣になっていましたが、話は弾みました。

何故か一緒に食べるのはピザ率高し。
この後トマトソースのパスタと、蜂蜜をドバドバかけたクアトロ・フォルマッジと蜂蜜入りの珈琲を飲んで満腹で帰宅。

が、家に着いた途端に手が震えてる!?まさか低血糖?
食べ終わって1時間位しか経っておらず、満腹感もあったので様子をみていましたが、体重を測ったら激減していてビックリ。糖分を補給したら少し回復しました ^_^;

何に同調したかな…

会ったときの第一印象が痩せたというか…顔色変じゃない?🤔で、やり取りの時点で「近くに◯◯っていう温泉あるから入っといで(訳:禊いで来い)」と言った位なので、会う前から何か感じていたのかもしれませんが、お腹イッパイなのに低血糖症状を起こすときは、相手がどうこう以上に、自分から(エネルギー)を漏らしてることが多いのよね。。

そもそも受け手(私)に反応する要素がないと影響はうけないはず。

そういえば別の知人と会ったときも、よくこんな感じになってたな…

一旦エネルギーコードを切るイメージをして自分の身体の軸にフォーカスしながら深呼吸をしていたら、パチン!と何かが弾けた感じがした後、身体の感覚が戻ってきました。

じっくり“自分が何に反応していたか”を振り返って探ってみると、自分の中にあった決定的な思い違いに気がつきました。

多分、同じようなところで躓いてたんだな…

私が行き詰まっていたのは、自分のこと、目先のことしか考えていなかったから。

そりゃあ、視野は狭くなるし、発揮する力も限られてしまうよね。。

応募した仕事は思い描いていたビジョンのために無駄にはならないけど、本当にやりたいことではありませんでした。税金やら車検やら、現実的に必要な目先のお金の心配が先に立っていましたが、またこういう仕事の選び方してたら振り出しやんね…。
そりゃあ漏らすし、死にそうにもなるわw

要るものは要るのよ。既存の経済は崩壊しつつあっても、今日明日にお金が要らない世界がやって来るわけではないし、システムが変わるはずもないのだから。でもね、

自分のためだけに頑張るのは限界がある。
己の利益ばかりを追求して、近視眼的になっていてはいけないのよ。自分以外の誰かのためにという思いこそが、その限界を超える鍵なのよ。

そう、その“誰か”が抽象的すぎるのも私の弱さなのです。。

「愛情を手渡す人が必要なのよ」

これは今生の私のテーマそのもので、もう何年も前から自覚してはいるのですが、現実的に何も行動を起こせないまま膠着しているポイント。ここは私の一番のアドバンテージになりうるけれど、同時に一番恐いことでもあるのです。。
久々に会った友人に対しても同じこと(彼が力を発揮しきれなず頭打ちになっている原因も多分これ)を思った辺り、ここは本当に喫緊の課題なのでしょうね。
知ってたけどね…ゴニョゴニョ…改めて突きつけらちゃったなぁという感じ。

↑随分前に同じようなこと書いてた。。^_^;

あと芋づる式に出てきたのは、

看護師の仕事をしたくない理由と、子どもをもうけようと思えなかった理由にも繋がりますが、私、傷つくのがメチャクチャ恐いのです。自分が傷つきたくないから、誰も傷つけたくないという思いがすごく強い。
だから未だに、もう戦うとか無理!自分を守るので精一杯なんです!って、ちっちゃく丸くなって息を潜めているのです。

そこもね、いい加減覚悟を決めなきゃね。

私は、もし殺すか殺されるかを選ばされたら、迷いなく殺される方(人としての尊厳)を選ぶ。でも生贄にはなりたくないのよ。人柱になるとか真っ平ゴメン!

割と本氣でそう思っているような人間でもあるのです。

剣も盾も使い方次第。無駄に振り回して血を流す必要はないけれど、かすり傷くらいならいくらでも治せる。むしろ相手の急所を一突きで仕留めるのは得意?だった位。。なので、見直すべきはその戦い方だわ…😅

ともあれ、私は私なりのやりかたで、逃げずに立ち向かわないとね。まずは私が立ち上がらねば。