研究書評



2024.0411

高野勉(2014)「デジタル教科書の現状と未来像」『来るべきデジタル教科書時代に向けて』36巻、25ー29頁
 
〈内容総括・選択理由〉
 デジタル教材を用いることにより指示の徹底ができるが、著作権や操作性に関する課題がある。東京書籍はデジタル教材を用いることで実物提示や直接体験が省略されることはあってはならないと考えており、デジタル教材はあくまで補助教材としての位置づけが望ましいとしている。デジタル教材開発者がデジタル教材についてどう考えているのかを知ることが、文献の選択理由である。
〈内容〉
東京書籍ではデジタル教材制作に対する考え方として、コンピュータを使うことで実物提示や直接体験の省略、あるいは平易な実験・実習の省略があってはならないとしている。また、学校教育のスタイルや教材は先人の工夫と努力によって磨き上げられたものであり、デジタル教材の導入は従来の教具では実現が困難であった部分を補うものであると位置づけている。
この論文では、教科書のデジタル化では掲載物の著作権処理とデジタル著作権管理が課題であったとしている。デジタル教科書で教科書紙面をそのまま掲示する場合にはすべてのさし絵・写真などの著作権処理が必要であり、「デジタル掛図」が発行されたという。これは教科書紙面を載せずに、拡大表示やしかけ表示が効果的な題材だけを扱うが、教科の全単元を満遍なく網羅できる教材集である。
また、指導用デジタル教科書の利用によって得られる最大の効果は指示の徹底であるとしている。教師が授業中に教科書のページ、行、図などの注目すべき箇所を言葉で指示した際に、子供が教師の指示を正しく理解しないと学習活動に支障が出る。このことがデジタル教科書で注目すべき点を指し示すことにより解決するという。
一方で、初期のデジタル教科書はデザインや操作性が不統一でガイドラインの策定や標準化が課題となっている。ICTを活用することで障害の程度に合わせた個別カスタマイズが可能であることから筆者らは教科書の電子化を進めているが、学校での授業中に利用するものとしては教科書+拡張教材ではなく、指導者用デジタル教科書と紙教科書との併用を前提とした「学習活動支援パック」を想定しているという。よい授業とは生徒が能動的な学習活動を行う場面が多い授業であり、新たにネットワーク教材管理システムを開発するのではなく、既に現場に設置されているシステムに融合させるのが合理的であると結論付けた。
〈総評〉
 デジタル教材の開発者も、デジタル教材をメインに学習するのではなく、補助教材として使用してほしいと考えていることが分かった。今後はデジタル教材を使用している生徒がデジタル教材の使用についてどう感じているのか調査していきたい。

2024.0416

谷川、加藤、鷲野(2023)「小学校国語科における "学習者用デジタル教科書"活用による学力変化」『AI時代の教育論文誌』第6巻、8-15頁
 
〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は国語科で学習者用デジタル教科書を用いた学力の変化を実証したものである。文部科学省は「学習者用デジタル教科書」には「主体的・対話的で深い学び」の視点から授業改善や特別な配慮を要する児童生徒の困難軽減を期待している。学習者用デジタル教科書が「主体的・対話的で深い学び」を促進するのかを知ることが文献の主な選択理由である。

〈内容〉
2016年12月公表の『「学習者用デジタル教科書」の位置づけに関する検討会議』における最終まとめでは、調査研究や受賞研究を通して教育効果や健康面への影響等に関する知見を蓄積することが適当であるとしている。また、犬塚(2013)によると、読解において文章に線を引くなどの書き込むことには有効性が示されているが、電子媒体への書き込みに関しては明らかになっていないという。谷川らが2015年度に実施した線を引く機能に対する使いやすさと文字を手書きで書く操作に対する結果において、線を引くことに関しては約9割の生徒の生徒がとても使いやすい、使いやすいと回答した一方、文字を書くことに関しては5割~6割の生徒が使いにくい、少し使いにくいと回答した。文字は指で画面をなぞることにより入力していたため、詳細な入力をするためにペン入力の可能性がうかがわれた。
デジタル教科書の「マイ黒板」機能により、本文の一部分を切り出して配置したり、手書きによる書き込みをしたりすることができる。「マイ黒板」を活用することにより、従来の国語の授業中に頻繁に行われていた、考えの根拠として本文を書き写す作業の負担を減らすことができる。2018年度に一年間デジタル教科書を利用してみて行った学力調査においては、学習者用デジタル教科書を使用していない時は、自分の考えを頭の中でまとめきれず時間内に作業を終えることのできない児童が多数見られたが、学習者用デジタル教科書を活用することで、本文にマーキングしたり「マイ黒板」で本文を抜き出したりして、表現に着目しながら段落相互の関係を可視化することができるようになったという。このような活動を通して自分の考えを持つようになり、これまで話し合いや発表に参加できなかった児童も積極的に参加するようになった。

〈総評〉
 今回、文献の選択理由として挙げた学習者用デジタル教科書が「主体的・対話的で深い学び」を促進するのかについて、国語の授業においては消極的な生徒の授業への積極的な参加など、ある程度の効果があったことが分かった。しかし、デジタル教科書では本文に書き込むことが難しいといった課題もあったため、文字を書いて理解を深めるといった観点においてデジタル教科書の使用はふさわしいのかについて調べていきたい。


2024.0425

石田聖(2023)「電子教科書導入における学生の意識と課題-長崎県立大学における事例紹介-」『長崎県立大学論集』56巻4号、151-168頁
 
〈内容総括・選択理由〉
長崎県立大学において実施した紙媒体の教科書及びデジタル教科書の利用に対する学生意識についての調査結果である。筆者は電子教科書の導入は良い面も悪い面も学生の学習環境に直接的な影響を与えるため、電子教科書や関連するデジタル教育ツールを推進するには科学的根拠に基づいて導入を進めていく必要があるとしている。デジタル教材を実際に使用した学生がどういった感想を持ったのかを知ることが文献の主な選択理由である。
 
〈内容〉
2019年度末に文部科学省が「GIGAスクール構想」を打ち出し、2020年度の教育改革によりICT教育が推進されてきた。新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う遠隔教育の拡大で大学教育においてもオンライン学習・オンデマンド学習などICTを活用した遠隔教育の対応が増えたが、大学教員にとっても電子教科書に関する知識やノウハウがない段階での教育面での活用は課題が残ってる。筆者が2022年度に長崎県立大学において実施した、電子教科書と紙媒体の教科書との比較調査が取り上げられている。電子教科書には教科書内の検索機能や保存のしやすさ、情報追加機能といった紙媒体の教科書にはない多くの利点があると考えられている。しかし、出版社等によるコンテンツ権利関係の障壁、目の疲れ、バッテリー駆動時間の制限、技術機な問題に伴う不便さも指摘されている。長崎県立大学の学生が実際に電子教科書を使用して良かった点にはPC、スマホがあればどこでも利用できる、他の学生の意見や感想を閲覧、共有できる点などが挙げられた。しかし、デメリットにはアプリ、PCの起動やページの移動に時間がかかってしまうこと、そして自分で書き込んだコメントやマーカーが反映されるのに時間や手間がかかるということが挙げられた。
また、「もし今後ら購入予定の教科書が紙版と電子書籍から選べるとしたらどちらを選択するか」という問いに対して24%の学生が紙の教科書、26%の学生が電子教科書、50%の学生が講義によって選び分けたいと回答した。電子教科書の方が向いていると思う講義については、アウトプットが多い授業やグルーワークがメインの授業(コメントの共有ができるため)であると回答があり、逆に数式等を書き込む授業や講義形式の授業では紙の教科書が良いと回答されていた。
 
〈総評〉
  使用する教材をデジタル、あるいは紙媒体に全振りするのではなく、上手く使い分けるのが良い。自身の研究の調査対象を大学生とするのか、あるいは小中学生とするのかといったことや、デジタル教材の使用を授業内とするのか予習復習の時間にするのか等、対象や条件を絞っていかなければならないと感じた。


2024.0502


佐野太亮、布引治、中田康夫、高松邦彦、畠榮(2020)「細胞診断学の学習におけるデジタル教材とアナログ教材の比較~細胞検査士資格認定試験一次試験の筆記試験対策~」『神戸常磐大学紀要』第13号、136-148頁


〈内容総括・選択理由〉

 前回の書評では国語の授業におけるデジタル教科書の学習効果について調べたため、科目による学習効果の違いがあるのかを調べるために本文献を選択した。理系資格試験の学習においての実験である。アナログ教材とデジタル教材とで得点に大きな差は見られなかったが、デジタル教材は車やバスなどでの通学・移動時間や自宅外での空き時間に使うのが有効的で、アナログ教材は長時間勉強する時や学習のまとめを行う際に使うのが良いというアンケート結果が得られた。

〈内容〉
 現在、高等教育を含む教育現場ではICTやデジタル教材の導入・活用が求められている。しかし、導入検討の際に重要となるはずの、同一のテーマに対するアナログ教材とデジタル教材が学習者にどの程度の学習効果量の差を生むかに対する情報の蓄積が不足している。本論文の研究においては、同一のテーマに対するデジタル教材とアナログ教材が学生に対して便利な環境の提供、学修効果・学修意欲の向上や教育の質にどの程度寄与するかを明らかにすることを目的としている。
 調査の結果、小テストの項目ごとおよびその合計、そして総括テストの全ての得点においてデジタル教材群とアナログ教材群の間に有意義な差は無かった。デジタル教材の良かった点について「紙では膨大な量となってしまうが、デジタル教材ではタブレットだけで沢山の教材を見ることができることが効率的である」「画面が明るいので眠気防止にもなった」「自分が間違えたところをまとめてくれて、そこだけやり直しができるところが良かった」という回答があった。一方、良くなかった点としては「操作に対する手間や操作自体を覚える時間が必要となる」「データのアップデートが手間に感じる」という意見が挙げられた。
 他方、アナログ教材の良かった点には「紙を広げてすぐに勉強できる」「紙に直接文字を書き込み、線を引いたりしてグループで覚えられる」、悪かった点には「文字の量に圧倒される」「字が小さくて見づらい」ということが挙げられた。 また、デジタル教材とアナログ教材の使い分けに関して、デジタル教材は電車やバスなどでの通学・移動時間や自宅外での空き時間に使うのが有効的で、アナログ教材は長時間勉強する時や学習のまとめを行う際に使うのが良いというアンケート結果が得られた。
 総務省の通信利用動向調査によると20代のスマートフォンの個人保有率は2017年時点で94.5%で、現代の若者は抵抗感なく気軽に学修できる教材として有用なのではないかと筆者は述べている。しかし、スマートフォンは主にメールのやり取りやSNSが用いられているためeラーニングの利用数値は低い。そのため、デジタル端末を使い慣れていることとデジタル教材を使って効果的に学修することとは区別して考えた方が良いと考察している。

〈総評〉
 スマートフォンやゲーム機器の取り扱いに慣れている若者だからデジタル教材を使いこなせるというわけではなく、デジタル端末を使い慣れていることとデジタル教材を使って効果的に学修することとは区別して考えるべきであるということが分かった。現在、教育現場においてデジタル教材が効果的に用いられているのか調査していきたい。

2024.0509

高橋純(2016)「国内外における教育の情報化の現状とデジタル教科書」『日本印刷学会誌』53巻6号、441-449頁

〈内容総括・選択理由〉
 学習者用デジタル教科書と指導者用デジタル教材にはそれぞれその活用が期待されているが、学習者用デジタル教科書はその整備率の低さと紙の教科書との併用が条件であることからあまり効果が出ていない。海外におけるデジタル教材の利活用に関する知見を得ることが本文献の主な選択理由である。

〈内容〉
教育の情報化は①児童生徒の情報活用能力を育てる情報教育、②教育指導におけるICT活用、③校務の情報化の3つに整理されており、高橋は①と②の授業に関わる話題を中心として述べている。
まず、教員によるICTの活用について、その目的は教科の目標を達成することにあり、教科書や教材等を大きく映すことに多く用いられている。映しながら話すことで、内容理解の前提となる教員の指示がスムーズに通ることで無駄な時間をなくし、本質的な学習活動の時間を確保することができる。次に児童生徒によるICT活用について、その目的は教育の目標を達成するため、そして情報活用能力の育成である。情報活用能力は、情報活用の実践力、情報の科学的な理解、情報社会に参画する態度の三つの目標から構成されており、こつした能力を育むのが「情報教育」である。
教員と児童それぞれのICTの活用が期待されているが、現在多くの学校に普及しているのは指導者用デジタル教材である。学習者用デジタル教科書は紙の教科書との併用か使用条件であり、紙の教科書が基本、デジタル教科書は部分的に使用するのが適当であるとされている。
また、ICT環境の整備率の地域差も大きな問題となっており、教育用コンピュータ1台あたりの児童生徒数は最も整備が進んでいる佐賀県で2.2人/台であるのに対し、整備が進んでいない神奈川県や埼玉県では8.2人/台である。豪州や米国のように児童生徒1人1台PCが普及した国では宿題の提出や持ち物、成績、学校での出来事など様々な学習情報がWebで取り扱われている。授業での道具としてではなく、学校生活全体や家庭学習の道具としての位置づけに発展しているのである。しかし、学習指導法に加え機器トラブルへのサポートやメンテナンス、充電の体制作りなどにも対応しなければならず多額の費用がかかる。
 
〈総評〉
 海外においては授業以外の学習・生活管理にデジタル教材が用いられていることが分かった。そうした場合にPCの導入から故障したPCの修理まで含めコストはどれほどかかるのかといったことについて調べていきたい。また、成績等の個人情報をWebで管理するといった際に個人情報の流出といった問題は無いのか、どこまでの成績が記入されるのか(定期テストや模試も点数のみなのか、あるいは小テスト等も含むのか)についての文献も探していきたい。


2024.0516

小河智佳子(2014)「デジタル教科書導入に必要な費用に関する一考察」『デジタル教科書研究』第1号、24-36頁

〈内容総括・選択理由〉
 デジタル教科書の導入には初年度において4,680億円かかると試算されており、2年目以降も修理費や使用年数を超えた際に新しいタブレットを導入しなければならないなど非常にコストがかかる。紙の教科書にかかるコストとの差が大きすぎるために私費負担することも検討していかなければならなくなる。デジタル教科書の導入にはどれほどコストがかかるのかを知ることがこの文献の主な選択理由である。
〈内容〉
 デジタル教科書の導入が遅れている理由には、制度的課題と技術的課題がある。まず制度的課題に関して、文部科学省の検定を経た教科書でないと発行できないという教科書検定制度、そして実質紙で教科書を発行しなければ足らない臨時特別法、最後に義務教育における教科書の無償配布制度といった制度が存在することによるものである。次に技術的課題に関して、デジタル教科書はどのような形態を指すのか、また、どのようなデバイスにするか、コンテンツの提供の仕方や使用する場所に関することが定まっていないことである。
本論文では技術的課題に焦点を当て、デジタル教材の導入に必要な費用をデバイス、コンテンツ、ネットワーク整備、教員支援の4つの観点から試算している。
デジタル教科書教材協議会(DiTT)は全国の小中学校への導入の初年度である2015年には導入にかかる費用として総額4,680億円と試算していたが、この費用を負担するのは公費であることを想定している。デジタル教科書の導入に必要なものの1つであるデバイスについて、安価なタイプが1万円であるとして試算しても導入の初年度には1,008億円かかり、使用年数を過ぎ交換が必要になると267~2,456億円かかると試算されている。更にネットワークにおいては学校とインターネット環境が整っていない家庭とに無線LANを整備し、月額料金もかかるとなると学校と家庭それぞれを合わせた年間費用が126億円となる。また、ICT支援員は中高のみで約3.1万人必要であるとされており、約573億円がかかってしまう。しかし、コンテンツ(デジタル教科書の内容)においては印刷費用の30%が削減できるため、コストは低くなる。
以上をまとめ、デジタル教科書を導入することによって合計でかかる最大費用は14,000億円で最小費用は2,480億円であることが分かった。最小費用は1万円のデバイスを9年間使用し続け、コンテンツは従来の紙の教科書をデジタル化して使用し、学校環境あるいは家庭にインターネット環境がある児童生徒のみが使用し、ICT支援員を各学校に1名配置することにより達成できる。しかし、9年間同じデバイスを使用し続けるとなると新しい形態のコンテンツに対応できなくなってしまう。また、既存の紙の教科書は国費で賄われているが1年あたりの費用は412億円であり、デジタル教科書を導入する際に最小費用を採用するとしても紙の教科書費用より多くの予算が必要となる。公費で賄いきれない場合は私費負担も視野に入れて検討しなければならない。
〈総評〉
 これまでの調査においてデジタル教科書を実際に使用した学生で「紙の教科書のほうが使いやすい」と感じている学生が一定多数存在することが分かっている。何千億円という多大なコストをかけデジタル教科書を全面導入する必要はないのではないかと考える。デジタル教材の導入は部分的でよいことを補強できる論文を探していきたい。

2024.0523

北辻研人(2016)「デジタル教材と生徒の理解度」日本デジタル教科書学会年次大会発表原稿集73-74頁

〈内容総括・選択理由〉
デジタル教材をスクリーンに映し出すと座席位置によって見え方が変わり、内容の理解度にも影響が出てくる。しかし、この問題はプロジェクタの配置を黒板に向かって真ん中より右側に配置することで解決できると筆者は結論付けている。アナログ教材を実際に見せて説明するよりも、デジタル教材としてモニターで見せた方が生徒の理解度が上がったという研究結果も出ており、デジタル教材とアナログ教材を併用することで効率よく学習することができる。デジタル教材による学習が視覚に与える影響を知ることが本文献の主な選択理由である。

〈内容〉
 デジタル教材をスクリーン等に映し出すと座席によって見え方が変わるため、座席の位置によって授業の理解度に違いが出てくる。座席位置における差異について生徒にアンケート調査を行った結果、中央の席では全員が問題なく見えていたが、右側の席の生徒は左側から外光が入り、その反射によってスクリーンが見えにくくなっていた。また、座席の配置によって生徒の理解度に影響があるのかを定期試験の点数を用いて成績の伸びを比較する実験が行われた。すると座席位置による見え方や見易さが生徒の理解度に影響を及ぼしていることが分かり、真ん中や左側といったスクリーンが見易い座席に座っていた生徒の点数の伸びは高かった。デジタル教材は図や資料を示しやすいといったメリットがある反面、座席によって見え方が変わり理解度に差が出てくる。そこでアナログ教材とデジタル教材とを併用した実験が行われた。定期考査の得点において、アナログ教材のみを扱った場合の平均点はデジタル教材とアナログ教材を併用した時の平均点より低いという結果が出た。また、点数に差が出ただけでなく、アナログ教材を実際に見せて説明するよりも、デジタル教材としてモニターで見せた方が生徒の理解度と効果を感じたという満足度にも大きな差が出た。プロジェクタの配置を黒板に向かって真ん中より右側に配置する方がその効果は期待できると筆者は結論付けている。
 
〈総評〉
 自身の研究においてデジタル教材の使用を全否定したいわけではない。これまで調べてきたデジタル教材に関する先行研究において、導き出されていた結論は大きく分けて2つ存在する。第1に、今回取り上げた文献のようにデジタル教材と紙の教科書とを併用するという方法である。そして第2に、暗記系や書き込みをする学習においては従来の教科書を使用する、反復学習やグループワークを行う際にはデジタル教科書を使用するといったようにデジタルとアナログとを場面に応じて使い分けるといった方法である。先行研究のほとんどがこの結論に至っており、自身もこれが結論になると考える。この研究のテーマや意義に関して熟考する必要がある。


2024.0530

栗山泰史(2012)「東日本大震災における損害保険業界の対応および地震保険制度の仕組みと今後の課題」東日本大震災特集号2012巻619号

〈内容総括・選択理由〉
 新しい研究テーマとして「地震保険の課題」を挙げたいと考え、地震保険制度の仕組みと今後の課題についての知見を得られそうなこの文献を選択した。地震保険制度の課題として、大規模な災害により地震保険制度が破綻してしまうことがあることや、充実した保証内容を実現するために保険料が高騰していることが挙げられていた。

〈内容〉
 まず、地震保険制度の概要と変遷について、1964年の新潟地震の発生を機に家計分野における地震保険が誕生した。その後、料率について中身に変更が生じるものの、基本的には建物の構造2区分と所在地4区分をベースとする体系が発足以来続いている。しかし、地震保険制度が創設されて以降、常により充実した補償内容を実現するために地震保険の改定は何度も行われている。
 阪神・淡路大震災以降、地震保険の普及率が上がったことで、東日本大震災における地震保険において損害保険会社は多くの額の保険金を支払うこととなった。震災1年後に支払われた金額は1兆2185億円であり、支払い完了率は100%に近い。
 東日本大震災において損害保険会社は大きく分けて3つの体制構築を行った。第1に「地震保険契約会社照会制度」の立ち上げである。この制度により、津波による保険証券の紛失や保険契約者の死亡等で地震保険の契約先が不明である場合にも契約保険会社を探すことができるようになった。第2に「航空写真や衛星写真を用いた損害調査の導入」である。これにより全損認定地域に所在する物件に関して一件ごとの損害認定を行うことなく保険金を支払うことが可能となった。第3に「相談対応」である。地震発生の直後から「保険金請求手続きはどのようにすればよいか」といった相談が相次ぎ、保険金の請求を勧奨するための農政構築が課題であった。そこで、損保協会はポスターやチラシ、ラジオ等を用いて請求勧奨を実施した。
 震災の発生とともに進化を遂げる地震保険であるが、課題も存在する。一つ大きな課題として挙げられるのが、保険会社の保険契約者に対する「裏切り」である。裏切りには3つの形がある。
 第1に「破綻」である。大規模な災害が発生した場合に被害を十分にカバーできなくなってしまうことがある。第2に「保険の供給不能」である。銀行が自己資本規制の関係で資本が毀損した場合に貸し出し不能となるといった状況に陥るものである。第3に「保険料の高騰」である。保険料が保険契約者の手の届かない水準になってしまうという問題であるが、充実した保証内容を実現するために地震保険の改定は必要なものである。
 これまでのような補償内容の充実による普及率の拡大という単線的な対応は、保険の供給不能と保険料の高騰の両方の観点から、今後は見直されるべきである。
 
〈総評〉
 南海トラフ等の大規模地震が予想され、生活や復興のために確実に保険料が支払われることはもちろん、国民は広く地震保険に加入する必要がある。今後は地震のリスクと地震保険の制度のバランスがとれているのか、保険契約の複雑さを解消することはできないのか、地震保険の加入者を増やすためにはどうする必要があるのか、といったことについて他国の地震保険との比較を行いながら調べていきたい。


2024.0606

池田裕輔(2018)「自動運転が保険業界に与える影響」『自動運転が引き起こす保険業界の変貌とその対応—平成29年度大会共通論題—』2018 巻 641 号 p. 641_53-641_66

〈内容総括・選択理由〉
 「保険」を大きなテーマとして設定した際に、最も関心のある「技術革新が進む中での新しい分野の保険」について知りたいと考え、この文献を選択した。2回生の研究実践フォーラムでの研究テーマが「自動運転の導入とその課題」で、保険制度の構築が重要であるという結論に至ったため、新しい分野の保険についてはまず、自動運転が保険業界に与える影響について知りたいと思った。
 自動運転が保険業界に与える影響には自動運転技術の発展により事故率が低下し、保険料が減少することや製造物責任の再考が挙げられていた。保険業界はこうした課題に適切に対応する必要があり、新たなリスクや需要に柔軟に対応することが求められる。
 
〈内容〉
 自動運転技術の進展は、保険業界に多岐にわたる影響をもたらす。第一に、自動運転車の導入により事故率が低下する見込みがあり、これによって保険料の減少が予想される。ただし、自動運転車においても全ての事故が回避できるわけではないため、一部の事故は保険によってカバーされる可能性が残る。第二に、自動運転車の普及に伴い、製造会社やソフトウェア開発者などが製品責任を負うケースが増加する。これに伴い、製品責任保険の需要が増加する可能性がある。さらに、自動運転車に特化した保険商品の開発も予想される。例えば、自動運転システムの不具合による事故に対する補償を提供する保険などが考えられる。
その一方で、自動運転技術の導入には多くの課題も残る。例えば、技術の安全性や法的責任の問題が挙げられる。まず、技術の安全性に関しては自動運転中の交通事故、及び自動運転システムの安全性を損なうおそれのある事象の原因調査及び安全性確保・向上策の検討等を行う体制整備を検討していかなければならない。また、法的責任の問題は運転の主体が人間からシステムに代わることで、先に挙げた製造物責任の適用範囲について再考しなければならない。
自動運転システムの欠陥が事故の原因となった場合には自動車メーカーとの責任分担を確保するために求償が必要である。しかし、このような求償を行うには、欠陥を立証する必要があり、技術的ハードルが非常に高いとされている。求償は社会的合理性の観点から望ましくないとされる一方で、他の責任負担者に金銭的制裁を課すことや、保険料の適正化にも寄与する。求償に関する課題を解消するためには、保険会社と自動車メーカーの協力体制構築が重要視されている。これにより事故原因を解析し、責任分担を円滑に行うことが期待される。また、求償によって保険制度の適正性を担保する一方で、求償が不要となる方法も模索されている。自動車メーカーを自動車保険の補償対象に含めることで、求償を回避する手段が提案されているが、社会受容性の確保が必要である。今後、自賠責保険や自動車保険における求償についての整理と検討が求められる。技術的観点や実務的な観点を含めて適切な対応策の検討が必要である。
保険業界はこうした課題にも適切に対応する必要があり、新たなリスクや需要に柔軟に対応することが求められる。結果として、自動運転技術の普及は保険業界に大きな変革をもたらす可能性があり、その影響を的確に把握し、適切に対処することが重要である。
 
〈総評〉
 研究実践フォーラムにおいては「自動運転車の製造者」にフォーカスして責任問題等を考えていたため、自動運転が保険業界に与える影響について理解を深めることができた。今後、新分野の保険に関してサイバーセキュリティ保険やエネルギー保険等様々なものをみていきたい。


2024.0613

川口正明(2003)「風災害に対する保険業界の新たなアプローチ」『風力エンジニアJAWE』203巻96号 31-36頁

〈内容総括・選択理由〉
 火災や交通事故などの事故発生頻度は大数の法則に基づいているが、自然災害においては年変動が大きく、損害額も巨額で地域性が強いため、保険が馴染み難い側面がある。このため、損害保険業界は契約条件や支払いの上限の設定などの工夫や再保険などのシステムを構築してきた。特に風災害に対する取り組みでは、事例収集やモンテカルロシミュレーションなどが行われ、デリバティブも大きなリスクをカバーする手段として注目されている。
将来における課題は大都市における大規模な風災害が過去にないために風災害の波及範囲が不明確であることであり、二次・三次災害を考慮した被害想定が必要とされている。
 予測しにくい自然災害における保険に対して、保険業界がどういった取り組みをしている・しようとしているのかを知ることが文献の主な選択理由である。
 
〈内容〉
 日本の損害保険事業は海上保険から始まり、120年以上もの歴史がある。損害保険は「大数の法則」を基にしており、火災や交通事故においてはきわめて多人数の集団についてデータを取る事により、事故発生の頻度はある安定した確率をとらえることができる。しかし、自然災害においては①年変動が大きい②1度の損害額が巨額となる③地域性が強い④損害査定が容易でない、といった理由から保険に馴染み難い側面があった。そこで、損害保険事業は自然災害リスクへの対応として契約の際に条件を設けたり、支払いの上で限度を設けたりするといった工夫や、再保険といった損害保険独自のシステムの構築を行ってきた。風被災害に対する損害保険の取組みとして、強風災害の事例収集、分析以外にもシミュレーションによる風災被害想定等も行っている。特にモンテカルロシミュレーションを用いた損害推定手法が注目されており、これによって未知の大規模台風災害の評価が可能になるという。
 デリバティブが大きなリスクをカバーする方法の一つとして注目されている。デリバティブは代替的リスク移転手段の一つであり、様々な方法がある。デリバティブには、オプションやスワップなどの取引形態が含まれる。従来の保険との主な違いは、原因の特定や支払条件、リスクの移転先の問題などである。保険では損害の発生原因を特定し、実際に被った損害額に限定されるが、デリバティブでは支払条件や契約時に設定した金額により支払われ、損害査定がないため迅速な支払いが可能となる。
 また、デリバティブは不特定多数の市場で取引され、客観的な価格が成立することを前提としている。デリバティブのプライシング手法は統計学的アプローチが主流であり、気象データから確率分布を算定し、リスク評価や解析が行われる。しかし、気象データの取り扱いには注意が必要であり、観測地点やデータの連続性についても考慮する必要がある。デリバティブは、大きなリスクをカバーする手段として注目されており、ある企業では、気温が1度下がると収益が100万円減少するという情報を元に観測期間中の冷夏リスクをヘッジするデリバティブを活用している。デリバティブには風速に関連したものや台風の襲来を対象としたものがある。例えば、風力発電に適用されるデリバティブや、台風の襲来を対象としたデリバティブが販売されている。このようなデリバティブを活用することで、例えばレジャー産業では台風襲来による損失を補うことができ、収益を安定化させることが可能となる。
 風災害における今後の課題は、大都市が過去の大規模災害経験がないために、台風被害がどの程度波及するか不明確であることである。東海地震の被害想定が話題になる中で風災害も社会基盤に大きな影響を与える可能性があり、二次災害や三次災害を考慮したシナリオ型の被害想定が必要である。このような観点から、損害保険業界は今後も風災害に対する取り組みが必要とされている。
 
〈総評〉
 保険業界は風災害に対して事例収集だけでなくモンテカルロシミュレーションを行っており、大きなリスクをカバーする手段としてデリバティブにも注目していることが分かった。将来の課題として挙げられている「二次・三次災害を考慮した被害想定」について詳しく知りたい。


2024.0620

鈴木衆吾(2016)「損害保険業のグローバル化への対応と課題」『日本保険学会創立75周年記念大会シンポジウム〈グローバリゼーションと保険業〉』2016巻632号 99-114頁

〈内容総括・選択理由〉
 日本の損害保険会社は海外市場でのグローバル化を進めており、三井住友海上社を含む大手損害保険会社は海外事業を重視している。海外市場は成長の余地が大きい一方、国際的な規制が厳格化しており、ERMの推進、ガバナンス態勢強化、グローバル人材の育成・確保といったことが課題となっている。そこでMS&ADグループはリスクベース経営を推進し、地域持株会社を通じたガバナンス体制を確立した。また、最も重要な「グローバル人材の育成・確保」においては海外雇用者との経営理念共有や本社出向制度を導入し、グローバル人材育成に取り組んでいる。損害保険業界がグローバル化にどう対応しているのか、ぶち当たっている壁は何かを知ることが本文献の選択理由である。
 
〈内容〉
 日本の保険会社は近年、海外進出やM&Aを通じてグローバル化を加速させている。国内市場の成熟化を背景に、2000年代以降は本格的に海外ローカル市場に進出し、ポートフォリオ分散も推進されている。三井住友海上社を含む大手損害保険会社は海外事業を重視しており、三井住友海上社においては世界42カ国に事業を展開している。1980年代までの損害保険会社は日系顧客企業の海外事業展開先でのリスクを引き受けることを目的としていたが、1990年代以降は新興国市場の拡大を背景として、現地企業及び個人のリスクの引受も行うようになった。
 アジアなどの新興市場は高い経済成長率が見込まれており、先進国・地域と比べて成長の余地が大きい。一方、欧米などの先進国・地域は成熟市場であり、M&Aなどを通じて規模拡大や高度な引受ノウハウの獲得が期待される。大手3グループは海外事業を成長の柱と位置付け、今後もそのウェイトを高めていく方針である。
 現在の海外事業環境では、国際的な規制の強化が顕著となっている。特に監督規制や資本規制のグローバルな統一化が進んでおり、リーマンショックやAIGの経営危機を受け、規制が厳格化された。主な規制は資本要件やERM(統合型リスク管理)に関するもの、ガバナンスに関するもの、人材に関するものである。人材に関する規制においては、保険会社における取締役やリスク管理、コンプライアンスなど、経営の中で重要な役割を果たす人材等に関する法令に基づく資質規定が行われている。
 このように世界的に規制の強化が行われており、損害保険会社の海外事業においては(1)ERMの推進・高度化(2)ガバナンス態勢強化(3)グローバル人材の育成・確保が共通の課題となっている。上記3点の課題への取組みについて、三井住友海上社を例にみる。
 まず、ERMの推進・高度化について、MS&ADグループは「Next Challenge 2017」においてリスクベース経営を推進している。リスク選好方針に基づいてリスク管理と経営戦略を統合し、成長性・収益性・健全性をバランスよく追求し、企業価値の向上を目指すというものである。これは自然災害や金融危機などのリスクの複雑化に対応するためである。リスクとは通常予測できる範囲を超える損失の可能性を指し、MS&ADグループでは200年に1度の確率で発生する最大のリスクを算出し、その額に応じて資本を用意している。リスク分散を通じて資本効率を高め、必要な資本を低く抑えることが可能となる。
 次に、ガバナンス態勢強化について、三井住友海上社では地域持株会社を通じて海外支店・子会社を管理している。地域持株会社の役割を事業戦略立案・意思決定・モニタリングとしており、本社では、ファースト、セカンド、サードラインで多層的な監督体制を確立している。大型買収先にも実効性のあるガバナンス態勢の構築が重要である。
 最後にグローバル人材の確保について、Fit & Proper基準の強化に対応し、国際的な規制も考慮しなければならないとされている。三井住友海上社では海外雇用者との経営理念共有や特別プログラム導入で育成強化し、本社出向制度といったもの導入されている。
 グローバル人材の育成と確保は各種課題に通じる重要なテーマであり、大手3グループは特に重視している。今後も世界的な環境の変化や規制などが更に高度化され、新たな課題が生じていくことが推測されるが、損保各社は引き続き課題に果敢に取組み、海外事業を成長領域と捉えて積極的に展開していくと筆者は予想している。
 
〈総評〉
 損害保険会社は1980年代までは日系企業の海外事業リスクを保険していたが、1990年代以降は新興国市場での現地企業や個人のリスクも取り扱うようになったということが分かった。アジアなどの新興市場は高い成長率が見込まれ、成長の余地が大きい一方で、欧米は成熟市場でM&Aを通じての規模拡大と高度なリスク管理が焦点となっていることから一口に海外市場でのグローバル化を進めるべきであるとは言えない。現行の保険制度の問題点だけでなく、保険業界が抱えている問題や新しい取り組みについても調べていきたい。

2024.0627

吉澤卓哉(2005)「少子社会における保険業-保険業の将来変容-」『平成17年度日本保険学会大会シンポジウム』0巻591号 29-48頁

〈内容総括・選択理由〉
 将来の少子化と産業構造の変化により、日本の損害保険業界は大きく変革する見通しである。消費財やサービス業向けの保険商品開発が重視され、地方経済に応じた営業体制の強化が予想されている。また、顧客ニーズへの柔軟な対応や、付加価値の提供も求められている。つまり、少子化の影響を考慮した長期的な戦略策定が極めて重要なのである。少子化が既存の保険制度にどういった影響を及ぼすのか、今後どのような保険サービスが必要になってくるのかを知ることが本文献の主な選択理由である。
 
〈内容〉
 少子社会とは日本の合計出生率が人口置き換え水準を下回り、年少人口の減少が進行する状態を指している。生涯未婚率の上昇や晩婚化、晩産化が出生率低下の主因であり、将来の少子化をさらに加速させる可能性がある。少子化の影響は次の20年間にわたって深刻化し、労働力不足や年金制度の破綻、経済成長の長期停滞の可能性があるとされている。
 そうした中で、今後20年の間に少子化以外にも様々な要因で保険業が変容していくことが予想されている。保険業の変容の内容について、第1に死亡保障と生存保障が挙げられる。まず死亡保障に関して、日本の生命保険の死亡補償額は諸外国と比べて著しく高く設定されている。しかし、男子の晩婚化が進むにつれて離婚という「生産維持者の死亡」というリスクが低くなる。更に死亡保障の中核層である生産年齢人口自体も減少している。よって、将来的には死亡保障の縮小が避けられなくなる。次に生存保障に関して、少子高齢化が進む今後の社会において公的年金制度を補完するものとして、民間の年金保険や年金自体が購入されることが予想されている。
 第2に財産・事業関連の保険である。少子化が進行することで住宅需要が減少しており、これに伴い住宅火災保険が減少するなど、住宅関連の保険市場も縮小している。また、公共事業への投資も減少傾向にあり、建設工事保険や請負賠償責任保険の需要が減少する見通しである。一方、農業では兼業農家の増加や労働力の高齢化が進行しており、新しい経営形態が求められている。そうした中で、農業関連リスクに対する保険需要が新たに生まれる可能性がある。さらに、人口減少経済下での遊休化リスクも深刻であり、施設や設備の適切な管理と保険活用が重要とされている。
 第3に自動車保険である。まず、自家用自動車保険の保険料単価は、将来的に老年ドライバーの増加や事故発生の増加により低下する傾向が見込まれる。一方、契約件数は乗用車の販売台数に依存し、老年層の運転免許取得率の上昇や世帯の複数台保有率の増加が影響を与えるものの、全体的には増加傾向が続く見通しである。次に事業用自動車保険では、経済成長の停滞や労働力人口の減少により保有台数が減少すると予測され、保険料単価は一部の貨物車種で上昇する可能性があるとされている。
 ここまで見てきた中で、既存の保険商品を前提とすると、少子社会となって全体の保険料規模が縮小すると考えられる。したがって、将来の少子化と産業構造の変化に伴い、日本の損害保険業界は大きな変革が見通されている。消費財やサービス業向けの保険商品開発が重要視され、地方経済の発展に応じて地方営業体制が強化されることが予想される。また、金銭給付以上の付加価値やリスク・マネジメントサービスの提供が求められ、保険業界全体が顧客ニーズに柔軟に対応していく必要がある。更に、少子化が進む中で社会経済も大きく変化するため、将来に向けた長期的な検討・準備・対策が不可欠である。この対応次第で、現在の業界地図が塗り変わる可能性がある。
 
〈総評〉
 少子化は非常に広い分野の保険において大きな影響を及ぼすことが分かった。今後の対応次第で保険業界での立ち位置が大きく変わるということに驚いた。既存の保険商品では保障しきれない部分が多くあるために、どういった保険商品の開発が考えられているのか調べていきたい。また、少子化以外で保険業に変容をもたらす要因についても考えていきたい。


2024.0704

小藤康夫(2023)「人生100年時代の生命保険」『専修ビジネス・ビュー』18巻1号33 -45頁

〈内容総括・選択理由〉
 現行の保険制度は65歳で定年退職し、95歳まで生きることを前提としているが、現実には100歳まで生きることが一般的になりつつあるため、現制度のままでは老後資金が枯渇するリスクが高くなる。そんな中、少子高齢化に悩む我が国において、世代ごとに助け合う賦課方式で運営している公的年金に依存するわけにはいかない。一方、終身型生保商品は世代間でなく同じ世代の人々を対象にした経済リスクの分担方式であり、世代間の年齢構成に依存しないため少子高齢化問題にも十分に対処できることが期待されている。長生きリスクの解消には生命保険料品や生存保険も重要な選択肢として考慮すべきである。
 前回の書評で少子化における保険業の変容を見てきたため、今回は高齢化における保険業の変容について知りたいと考えたことが本文献の主な選択理由である。
 
〈内容〉
 2019年に金融庁の報告書が公表され、それをきっかけに日本のマスコミで老後資金不足の問題が注目された。報告書では、高齢無職世帯の平均収支から、65歳から95歳までの30年間で2,000万円の貯蓄が必要と試算された。この報告書は老後の資金計画を具体的に明示し、若い世代に年金制度や投資制度の活用を促すものであったが、政府や年金制度への不満が高まり、政治的な混乱を招いた。しかし、時間とともに報告書の真意が理解され、経済的な安心を目指す老後設計の有益なアドバイスとして受け入れられるようになった。
 報告書で設定された条件に基づくと、65歳で定年退職し、95歳まで生きることを前提としているが、現実には100歳まで生きることが一般的になりつつある。そのため、現制度のままでは老後資金が枯渇するリスクが高くなるため、100歳まで生きるには何らかの対応策が必要となる。また、長生きは通常の生活支出のほかに、かなりの金額の介護費用も加わるため、老後資金の切り崩しが大きくなる。限られた貯蓄資金で老後の生活を満たすには工夫が必要であり、老年期に入っても現役時代と同様に運用収入や賃金収入の確保に努めるのも有益な対策である。しかし、年齢を重ねるにつれて体力の衰えから持続不可能となる。更に、介護費用を加味した場合、運用収入や賃金収入、生存保険を導入したとしても資金持続には限界があることも考慮しなければならない。
 現在の公的年金制度は世代ごとに助け合う賦課方式で運営されており、老後の経済リスクを分担しあう仕組みとなっている。しかし、公的年金は若い世代が増え続けなければ維持するのが難しくなるため、少子高齢化に悩む我が国において全面的に公的年金に依存するわけにはいかない。一方、終身型生保商品は世代間でなく同じ世代の人々を対象にした経済リスクの分担方式であり、世代間の年齢構成に依存しないため少子高齢化問題にも十分に対処できることが期待されている。 
 最近の生命保険会社は長寿リスクに焦点を当てた新しい種類の保険商品を開発しており、特に「終身個人年金型生存保険」は、トンチン年金の要素を取り入れた代表的な商品である。通常、老後資金の積み立て対象としては銀行や証券会社の金融商品が主流であるが、生命保険商品も重要な選択肢として考慮すべきである。また、長生きリスクの解消には生存保険も有効な手段の一つである。

〈総評〉
 高齢化が進む社会においては普段の生活費だけでなく、介護費用にも莫大なお金がかかる。老後資金の枯渇に対応するためには公的年金制度に頼るのみではなく、生命保険商品も重要な選択肢として考慮する必要があることが分かった。


2024.0711

仁平京子(2016)「少子高齢社会における生命保険市場の戦略的課題―現代若者消費者の価値観と消費マインド―」『生命保険論集』2016巻197号、49 -74頁

〈内容総括・選択理由〉
 日本の保険業界は少子高齢化と人口減少により生命保険市場が成長鈍化し、特に若年層の市場が縮小している。この課題に対処するためには、現代若者消費者の消費行動や心理を理解し、彼らのニーズに合った保険商品を開発し、効果的なマーケティング戦略を展開する必要がある。少子高齢化は生命保険市場にどのような影響を与えるのか、その対応策は何かを知ることが本文献の主な選択理由である。
 
〈内容〉
 日本の保険業界は少子高齢化と人口減少の進行により大きな変革期に直面している。これに伴い、生命保険市場の成長が鈍化し、特に若年層の市場が縮小していることが深刻な問題となっている。そこで、現代若者消費者の消費行動や心理の特質を理解し、そのニーズに応える保険商品の開発や効果的なマーケティング戦略が必要であるとされている。
 まず生命保険市場の縮小について、高度経済成長に伴い生命保険業界も成長を続けてきたが、今日では人口減少が進行し、特に若年層の保険ニーズが低迷している。これに加え、高齢者向けの商品需要が増加しており、市場の構造変化が求められている。若者市場の縮小と高齢者市場の拡大という市場の再構築に対応するためには、特に現代若者消費者の消費行動や心理の特質を理解し、保険商品の開発やマーケティング戦略に活かす必要がある。
 マーケティング戦略の展開において、消費者行動の理解が中心的な位置を占めている。特に、現代の若者消費者は従来の価値観にとらわれず、節約志向や賢い消費を好む傾向がある。松田氏や藤本氏の研究によれば、1980年~1996年生まれの「嫌消費世代(収入に見合った支出をせず、貯蓄する消費者)」や「つくし世代(ネガティブに消費をしないのではなく、ポジティブに〈いかにお金を使わないか〉を楽しむ世代)」そして「さとり世代(欲しがらない若者たち)」などの概念が示され、これらの消費者グループは自己表現や個性尊重に重きを置いた消費を志向している。一方で2000年代初頭に生まれたデジタルネイティブ世代は、情報の迅速な拡散やコミュニケーションの波及性が高いという特性を持つ。これは、保険業界においても重要なマーケティングチャネルとなり得る点である。インターネットやソーシャルメディアを活用した新しいコミュニケーション戦略の必要性が指摘されている。
 保険業界におけるマーケティング戦略の成功の鍵は消費者のニーズと期待に応える商品開発と、それを伝える効果的なコミュニケーションである。消費者行動研究を通じて、市場の細分化や個別化されたニーズに応じた製品開発が可能となる。例えば、若年層向けの新しい保険商品や、価値観やライフスタイルに合わせたカスタマイズされたサービスの提供が求められている。
 また、保険業界が直面する課題の一つに保険商品の理解度や信頼度の向上がある。消費者は複雑な保険商品に対して理解を深める必要があり、そのための教育や情報提供が重要となる。特に若年層はデジタルネイティブ世代として、オンラインでの情報収集や比較が主流となっており、それに適した情報発信戦略が求められる。
 今後の展望として、保険業界は市場の変化に迅速に対応する必要がある。特に若年層の消費者行動や価値観の変化を敏感に捉え、そのニーズに合致した革新的な保険商品やサービスの提供が求められる。さらに、デジタルテクノロジーの活用やデータ分析の強化が業界全体の競争力強化に寄与すると期待されている。このように、現代若者消費者の特性を踏まえた保険業界の戦略的アプローチが重要である。消費者のニーズや行動の変化を正確に把握し、それに基づいた製品開発と効果的なマーケティング戦略の展開が業界の持続可能な成長と競争力強化に不可欠である。

〈総評〉
 世代により消費行動や心理が異なり、ニーズと期待に応える商品開発とそれを伝える効果的なコミュニケーションが必要であることが分かった。生命保険会社が若年層の消費者行動や価値観の変化を敏感に捉えるためにどのような取り組みを行っているのか、行おうとしているのか調べていきたい。


2024.0718

吉澤卓哉(2013)「保険の仕組みと保険契約法」『損害保険研究』損害保険事業総合研究所、69巻1号119 -149頁

〈内容総括・選択理由〉
 保険契約法は、リスクの移転、集積、分散を通じて経済的損失を管理し、契約の公平性と透明性を確保する法的枠組みである。保険契約者と保険会社の権利義務を明確化し、消費者保護を強化する役割を果たしている。さらに、契約の実効性や業界の健全性を維持するための規定も含まれ、経済社会の安定と持続可能な発展も支えている。保険について調べるようになってから1カ月が経ったが、何のために保険があり、どういった役割を担っているのか理解しきれておらず、原点回帰しようと考えたことが本文献の選択理由である。
 
〈内容〉
 保険契約は、民法や他の契約とは異なる独自の法的性格を持ち、特に保険の経済的特徴に基づく規定が重要である。これには、リスクの移転、集中、分散が含まれ、これらが保険契約法にどのように反映されているかが議論されている。
 まず、リスク移転とは、経済的リスクや不確実性を保険契約者から保険会社へ法的に移すことを指す。具体的には、保険契約者が保険料を支払い、その代わりに保険会社が将来的な損失やリスクに対する補償を約束する仕組みである。これにより、個人や企業は自身が負うリスクをある程度軽減し、不測の事態に備えることができる。
 次にリスクの集積とは、多数の経済的リスクを相互に独立して集めることで、統計的な原理に基づきリスクの予測可能性を高める仕組みである。これにより保険会社は大数の法則を活用し、全体のリスクによる経済的損失を予測可能な範囲で管理することができる。 
 最後にリスク分散は、法的には保険者がリスク移転を行うものの、実質的には保険契約者が支払う保険料(純保険料)を通じて個々の保険契約者のリスクが分散されるプロセスである。これにより、個別のリスクが他者の多数のリスクとして集約され、安定したリスクとして処理されることが可能となる。
 保険契約法の規定は契約の性質と経済的要件を明確にし、保険業界における取引の信頼性と透明性を確保する重要な役割を果たしている。この法律は、損害保険や生命保険などの契約に関する基準を定め、消費者と保険業者の権利と義務を明確にしている。具体的には、契約締結時の条件、保険料の支払い、保険金の支払い条件、契約解除の手続きなどを規定している。その中でも特に重要なのは、経済的要件を具体化する規定である。これには損害保険契約における被保険物の定義や、保険契約締結時の不確実性の扱い方が含まれている。保険契約は、契約当事者がリスクをどのように評価し、補償をどのように受けるかを明確にしなければならない。これにより契約の公平性と透明性が確保され、消費者と保険業者の間での紛争が減少する効果がある。
 一方で、保険の経済的要件と直接関連しない規定も存在する。例えば、保険契約の譲渡に関する規定や、保険金の受取人に関する規定がそれに当たる。これらの規定は、契約の実効性や公平性を保証し、保険業界全体の健全性を維持するために重要なのである。保険契約法の基本的な目的は、契約当事者が予期しない経済的損失から保護されることである。法的枠組みが整備されることで、契約の不正や紛争を防ぎ、消費者の信頼を高める効果がある。これにより、保険業界全体の発展が促進され、経済社会における安定と持続可能性が支えられるのである。

〈総評〉
 保険は契約者をリスクから守るだけでなく、経済社会の安定と持続可能な発展も支えていることが分かった。保険についてはまだまだ知らないことが多く、夏休み期間も文献調査を進めて遅れを取り戻したい。また、夏休みは損害保険会社、生命保険会社それぞれで複数のインターンシップへの参加も決定しているため、現場の声も聞き、秋学期以降の研究を有意義なものにしたい。

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