船に乗ったら世界が変わった話【2】

いよいよ事前研修編である。

事前研修の日はオンライン研修で知り合った班のメンバーを召集し、最後の陸でのメシと言ってサイゼリヤを食べた。ちなみにその後帰宅するまでサイゼリヤなるものは食べられていないので、実際問題これが航海前の最後のサイゼリヤであった。

そしていよいよ皆で船の待つ港へ向かった。船は思ったよりも大きく、白い船体が青い海に映えてとても綺麗に思った。世はまさにコロナ禍だったこともあり、乗船は順番に抗原検査を済ませてからであったので思ったよりも時間を要した。
全てのことが予想外で否が応でも期待は高まる。

そして、割り当てられた居室に班のメンバー全員で向かい、各々のボンクベッドを割り当てる

ボンク。この中で1ヶ月眠る。

膝の悪いものは下、やれ私は上がいいだのと言いながら存外あっさりと決まった。この時には既に班のメンバーは家族のようになっていた。そして荷物を整理していた頃、

「研修学生、研修学生、後部甲板(こうはんと読む。かんぱんではない)に集合」

と船長のイケボが響き渡る。この航海中何度もこの船長はイケボを船内放送してくれた。なお、船内では「1600(ヒトロクマルマル)」とか時間の読み方も異なっている。水の使用方法、シャワーの使い方、通路の歩き方など全てが陸地とは異なっている。(後述するが七日間以上船にカンズメになった時にはすっかり身体が船仕様になってしまって、陸地に適応できなかった)そのため、まずは船のそれらの生活に慣れること(しかも揺れていない状態で)が大切で、そのためにある事前研修といっても良かった。

さて、話は戻って後部甲板に着いて何をするかと言うと事前に送っていた荷物を各居室に運ぶのである。船内は狭く、台車が使えないしエレベーターもないので、バケツリレー形式で運ぶ。とてつもなく大変だったがいい汗をかいて楽しい思いをした。

そのあとは船側との対面式があり、乗組員の皆さんから一言ずつもらった。乗船日のその日はとても忙しかった。

翌日、翌々日とBLSの練習や避難訓練(これは客船に義務づけられているものである)などどんどん船の生活に慣れるためのプログラムが組まれていた。船から出ることは許されなかったので、陸に係留されてはいたけれど、陸の生活とはすっかり切り離されていた。なお、スマホも船内は分厚い鉄の中なのでなかなかきかないものである。

そしていよいよ明日出港という日になって、各班の班長だけが集まる班長会議で重大なことが知らされた。

「出港日は大時化です」と。

初めての長期船旅がいきなり時化からとはなんだか波乱の予感であるがまぁきっと耐えられよう。そう思っていたのも束の間、荷物を縛らないと吹っ飛んで行くとか笑い事にならない話がやってきた。そして翌朝、すべての学生が入っている居室を甲板長(ボースン)直々に見回って安全な航行に努めるとのことだった。

これはマジでやばいやつだ。

かくして班員に素早く伝達した。今回の研修団の中で最年長であり、班長である私のことを「姐さん」「姉さん」と呼んで仲良くしてくれていた可愛い班員たちはすぐに従った。みんなで固縛(荷物を縛ること)して、案外すぐに終わった。その日は、明日から始まる未知なる船旅に少し期待を寄せながら、「揺れていないベッドはしばらくお預けかなあ」と少し陸での生活を懐かしみながら寝た。

翌朝は出港式の日で、朝から忙しかった。事前研修の期間に出たゴミをすべて陸に下ろし、さらには件の固縛をチェックしにボースンが部屋を訪問するという突発イベントが生じた。やっとのことで全てが終わると、もう出港式のために陸に一時的に降りる時間になっていた。

次回、出港の日である。

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