カットモデルの代償【通常版】

7月。高木沙也加は、新生活に胸を躍らせていた。長い黒髪を風になびかせながら、大学のキャンパスを歩く姿は、誰の目にも美しく映る。

沙也加は今まで実家で生活してきたが、この春から一人暮らしを始めた。

沙也加の部屋は、小さなワンルームマンション。部屋の窓から見える景色は、緑が多く、気持ちの良い風が入ってくる。

部屋にある鏡の前で、毎朝黒髪を丁寧にブラッシングするのが日課だ。その背中を覆いつくす程の長く艶やかな黒髪は、沙也加の自慢だった。

「よし!今日も1日頑張ろう!」沙也加の顔には自然と笑顔が浮かぶ。大学に入学して3か月。

新しい友人もでき、講義やサークル活動に忙しい毎日を送っていた。

ある日、沙也加は友人たちと一緒にカフェで話をしていた。

「ねぇねぇ!夏休みにみんなで沖縄に行かない?」と、一人の友人が提案する。

「いいね!行きたい!」と、他の友人たちも賛成する。

「予算は10万円!夏のリゾート満喫よ!」友人たちは大いに盛り上がっていた。

沙也加もこの計画に心が躍った。しかし、沙也加には不安があった。そう、お金が足りないのだ。

「お金、どうしようかな…」沙也加は心の中で呟いた。毎月仕送りのみで生活している沙也加にとって、10万円は大金だ。

両親には学費と生活費を出してもらっている以上、さらに頼るのは申し訳ない。自分の力で何とかしたいという思いが強かった。

「さすがにバイトをするしかないかな…」そう考えた沙也加は、インターネットでバイトを探し始める。

しかし、どのバイトもパッとしないものばかりで、時給もそれほど高くない。なにより旅行まであと1か月半しかないのだ。普通のバイトでは時間がかかりすぎるし、今からでは到底間に合わないと感じる。

沙也加はベッドに横になりながら、スマートフォンをいじっていた。「何か簡単に稼げるバイトないかなぁ…」

友人たちとの沖縄旅行の話題が頭から離れない。どうしても行きたい。そんな思いが、沙也加を焦らせていた。

翌日の大学。沙也加の友人たちは、大学のカフェテリアで旅行の計画を話している。沙也加もその輪に加わりながらも、頭の中はお金のことでいっぱいだった。

「ねえ、沙也加、どうかした?ぼーっとしてるけど」友人の一人が声をかける。

「えっ…あぁ、ごめんね。ちょっとお金のことで悩んでて…」沙也加は正直に答える。顔に浮かぶ悩みの色が、友人たちに心配をかけたことを感じていた。

「そっか、沙也加はまだバイトしてないもんね。ごめん、気が付かなくて。」と一人の友人が申し訳なさそうに言う。

「ううん!全然大丈夫だよ!あと少しで仕送りも入ってくるし!旅行まではもやし生活だな!」沙也加は元気よく返し、友人たちの心配を和らげようと笑顔を見せた。

「お金といえば!こないだSNSでカットモデル募集の広告が流れてきたよ。高額報酬って書いてあったけど、いくらくらいもらえるかな?」友人が楽しそうに話題を振る。

「沙也加の美髪だったら100万くらいいったりして!!」別の友人が冗談めかして言うと、皆が笑い始めた。

「そんなにいくわけないでしょ!」沙也加もつられて笑うが、心の中ではその話が気になっていた。

ランチが終わり、友人たちがそれぞれの授業に向かう中、沙也加は一人で考え込んでいた。「カットモデルか…ほんとに髪を切るだけで大金が手に入るの?」疑問が頭を巡っていた。
その晩、沙也加は一人で部屋に戻り、ベッドに横になった。スマートフォンを手に取り、SNSを開く。沙也加はカットモデルの情報を探し始めた。

探し始めて10分程だろうか、それはすぐに見つかった。

「カットモデル募集!高額報酬!」沙也加はその広告に釘付けになった。

「報酬5万円以上!髪の長さに応じて金額UP!」と大きく書かれている。沙也加はその広告をクリックし、詳細を読み始めた。

「5万円以上か…私の髪だったらもっと高い値段がつくかな?でも…お金のために髪を切るなんて...」沙也加は心の中で呟いた。

長い間大切にしてきた黒髪を切ることに対して、強い抵抗感があった。しかし、沖縄旅行のことを考えると、どうしても諦めきれない気持ちがあった。

沙也加は、鏡の前に立って自分の長い黒髪を見つめた。髪は艶やかで、沙也加の美しさを一層引き立てている。

「この髪をお金のために切るなんて…」沙也加は心の中で悩んだ。

その時、沙也加のスマートフォンが鳴った。友人の一人からのメッセージだった。

「沖縄旅行のために新しい水着買っちゃった!楽しみー!」部屋の鏡に新しい水着を着て堂々とポージングをする友達の写真が送られてきた。

そのメッセージが、沙也加の心に火をつけた。

「私も行きたい...!水着も着たい!」沙也加は決意を新たにし、スマートフォンを手に取った。広告に記載されていた連絡先にDMを送ることにした。 

「カットモデルのバイトに興味があります。詳細を教えてください。」

送信ボタンを押した瞬間、沙也加の心臓はドキドキと高鳴った。

数分後、沙也加のスマートフォンが震えた。「ご連絡ありがとうございます!カットモデルのご希望とのことで承りました。そうしましたらお顔のアップと、現在の髪の長さがわかる写真を送ってもらってもいいでしょうか?」というメッセージが送られてきた。

「すごっ…返信が早いな…」沙也加は驚きながらも、すぐに内容を確認した。

「写真が必要なのね…そりゃあそうだよね。当たり前か…」沙也加は鏡の前に立ち、髪の長さがわかるように、何枚かの写真を撮ることにした。 

長い黒髪をさまざまな角度から撮影し、それを送信する。

「これでいいかな...」沙也加は少し不安な気持ちで写真を送った。

その数分後、再び返信が来た。

「とても綺麗な髪ですね。ぜひモデルをお願いできればと思っております。カットモデルについての詳細なお話しをしたいので、3日後の13時に表参道駅前のカフェ・ソレイユという喫茶店でお会いできますか?スタイルと報酬金額の交渉がまとまれば、当日カットまでしたいと思っております。」

「表参道ならここから30分くらいか。カフェで話を聞くだけなら大丈夫か。」沙也加は少しホッとした。

実際に会って話を聞くだけなら、それほどプレッシャーは感じない。もし条件が合わなければ、その場で断ればいいと自分に言い聞かせた。

沙也加はすぐに返信を打った。「よろしくお願いします。カットモデルを引き受けるかはわからないですが、お話しだけでもよければお伺いします。」

数分後、「ありがとうございます。そうしましたら、当日は撮影を見越して、少し綺麗めな格好で、メイクはほどほどでお越しください。お会いできることを楽しみにしております。」という返信が来た。

沙也加は一連の連絡が終わると、深く息を吐いた。「ふぅ...」少し緊張が解けたように感じたが、それでも心の中にはまだ不安が残っていた。

沙也加は再び鏡の前に立ち、長い黒髪を撫でながら考えた。

「大丈夫...ただ話を聞くだけ、条件次第では断ればいい。」そう自分に言い聞かせながら、沙也加は眠りについた。

次の日、沙也加は友人たちと大学のカフェテリアで昼食をとっていた。友人の一人が沙也加に声をかけた。

「沙也加、何か悩んでることあるの?」友人の一人が心配そうな表情で尋ねた。キャンパスのカフェテリアでお昼を過ごしている時、沙也加は少しぼんやりしていた。

「え?なんで?」沙也加は驚いた表情を浮かべた。思いもよらない質問に心が揺れた。

「最近、なんだかぼーっとしてることが多いからさ。何かあったのかなって思って。」友人は優しい目で沙也加を見つめた。

沙也加は一瞬言葉に詰まったが、心を決めて正直に答えることにした。

「実はこないだ話してたカットモデルなんだけど、DMしてみたんだ。」沙也加は微笑みを浮かべながら言った。

「えっ…本当に?」友人は驚きの表情を浮かべている。

「本当だよ」沙也加は軽く頷きながら答えた。
「大丈夫そうな人?」友人は少し心配そうに尋ねる。

「うん。DMの感じは丁寧でちゃんとしてる人だと思う。とりあえずカフェで会って話を聞くだけだから大丈夫だよ。」沙也加は友人を安心させるように言った。

「そっか。ならいいんだけど。沙也加髪切っちゃうんだ〜もったいな〜い。こんな綺麗なロングヘアなのに〜」友人は冗談めかして言うが、その声には本当に惜しんでいる気持ちがこもっていた。

「まだ決定じゃありませーん」沙也加は笑いながら応じた。

「どんなスタイルにするの?」友人は興味津々に尋ねる。

「えっ…切るって言っても、そこまで短くしないよ!ミディアムか、短くても肩くらいのボブかなー?」沙也加は自分の髪を軽く触りながら答えた。

「沙也加なら絶対ボブ似合うよー楽しみー」友人は嬉しそうに言った。

沙也加はその言葉に少し照れながらも、心の中で少しだけ安心した。

「でも、ちょっと緊張してるのは事実だよ。髪を切るのって大きな決断だし…」沙也加は正直な気持ちを打ち明けた。

「大丈夫だよ。沙也加なら絶対似合うって!それに、新しいスタイルも楽しみだよね!」友人たちは励ましの言葉をかけてくれた。

その後もカフェテリアでの楽しい会話は続き、沙也加は少しずつ心の中の不安を和らげていった。しかし、頭の片隅にはまだカットモデルのことが残っていた。

約束の日、沙也加は不安と期待の入り混じる気持ちで目を覚ました。

朝の光がカーテンの隙間から差し込み、沙也加の部屋を明るく照らしている。

緊張のためか、普段よりも早く目が覚めた沙也加は、ベッドから起き上がると深呼吸をした。

「とうとうきてしまった…」
沙也加は洗面所へ向かった。鏡に映る自分の顔を見つめながら、心を落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返す。

沙也加はクローゼットの中からお気に入りのワンピースを取り出して着替えた。

「少し綺麗めな格好で、メイクはほどほどに…」と指示されていた通り、派手すぎないメイクを心がけた。

準備が整うと、沙也加は出かける前にもう一度鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。長い黒髪をブラシで整え、ふわりと香る髪の匂いに少し安心感を覚える。

「大丈夫、ただ話を聞くだけだから…」そう自分に言い聞かせて、沙也加はドアを開けた。外に出ると、初夏の爽やかな風が沙也加の頬を優しく撫でた。

喫茶店へ向かう途中、電車の揺れる車内で窓の外をぼんやりと眺める。駅に着くと、指定された喫茶店までの道のりを歩く。道中、緊張と不安で上昇する心拍数をなんとか抑えようと必死だった。

喫茶店に到着すると、すでに約束の時間が近づいていた。店内に入ると、30代後半の優しい雰囲気の男性が一人、テーブルで待っていた。男性は沙也加に気づくと、にこやかに微笑みながら立ち上がった。

「高木沙也加さんですか?山下と申します。本日はお越しいただきありがとうございます。」男性は丁寧に頭を下げた。

「はい、高木です。今日はよろしくお願いします。」沙也加も固い笑みを浮かべながらお辞儀をした。緊張していたが、山下の優しい雰囲気に少し安心感を覚えた。

二人はテーブルに座り、注文を済ませると、山下は沙也加に対していくつかの質問を投げかけた。

「早速ですがカットモデルに興味を持ってくださった動機をお聞かせいただけますか?」山下は穏やかな声で尋ねた。

「実は、友人たちと沖縄旅行に行くためのお金が欲しくて…でも、普通のバイトだと時間がかかりすぎてしまって。そのタイミングでこのカットモデルの募集を見つけたんです。」沙也加は正直に答えた。

「なるほど、沖縄旅行ですか。それは楽しみですね。白い砂浜、青い海。まさにリゾートですね。僕も沖縄大好きです。」山下はにこやかに頷きながら、話を続けた。

「カットモデルについてですが、スタイルはこちらで指定したスタイルにしていただきます。なおかつカットの様子を動画で撮影させていただきます。そして撮影した動画は一般の方向けに販売させていただきます。」男は丁寧に話を続けた。

「具体的にはどのようなスタイルになるんでしょうか?」沙也加は少し不安げに尋ねた。

山下は少し慎重な表情で答えた。「お願いしたいスタイルは刈り上げボブになります。」

「刈り上げボブ…ですか?」沙也加は驚きの表情を浮かべた。想像の斜め上のリクエストに戸惑いを隠せなかった。

「はい。襟足を短く刈り上げたボブヘアになります。刈り上げボブと聞いてどうですか…?」

「えーと…正直言うと戸惑ってます。今までショートにしたことすらありませんので…いきなり刈り上げはちょっとハードルが高すぎるかなって…」

「そうですよね。だからこそ高額報酬をお渡ししております。基本的には報酬は5万円。高くても8万程度です。ですが、沙也加さんの髪は本当に綺麗ですし、なにより美人です。今回は特別に10万円差し上げたいと思っております。いかがですか?」中山は優しくほほ笑んだ。

「10万円ですか…ちょっと考えさせてください…」沙也加は悩んだ。10万円あれば沖縄に行ける。ただし刈り上げなければならない。

「どうしよう…沖縄には行きたいけど、刈り上げなんて絶対に嫌だ…」心の中で自問自答を続けた。

これまでずっとロングヘアを保ってきた沙也加には難しい決断だった。

「えーっと…ごめんなさい。…やはりこの話はなかったことにしていただけないでしょうか。」沙也加は申し訳なさそうに言った。

山下は少し驚いた表情を見せたが、優しく頷いた。「そうですか…残念です。差し支えなければ理由をお聞かせいただけますか?」

「刈り上げなんてしたことがなくて…恥ずかしいです。それに…そんなに短くする勇気もないです…」沙也加は自分の黒髪を撫でながら答えた。

山下は少し考えるような仕草を見せた後、柔らかい声で言った。「沖縄に行きたいんですよね?」

沙也加はその言葉に再び心が揺れた。沖縄旅行の夢が頭に浮かび、友人たちと過ごす楽しい時間が想像された。しかし、やはり髪を切ることへの抵抗感は強かった。

「すみません。沖縄は行きたいけど、刈り上げだけは無理です…」俯きながら言葉を発した。

「わかりました。そうしたら…報酬を20万円にしましょう!」山下は静かに、しかし確信を持って提案した。

「20万!!」沙也加は驚きの声を上げた。これまで考えていた額の倍の報酬に、心臓が高鳴った。20万円あれば、沖縄旅行だけでなく、他にもやりたいことができる。沙也加は再び心の中で葛藤を感じた。

「はい。20万です。」山下は微笑みを浮かべながら繰り返した。

「アルバイトで稼ぐとなると3-4ヶ月はかかりますよね。それを髪を切るだけで貰えるなんてすごいと思いませんか?」山下は毅然とした態度で言い放った。

沙也加はまた深く考え込んだ。

「どうしよう…」沙也加は心の中で呟いた。髪を切ることへの不安と、報酬の魅力が交錯する。

「急ぐ必要はありませんので、コーヒーでも飲んでゆっくりお考えください。」山下は優しく言いながら、沙也加の気持ちを尊重する姿勢を見せた。

沙也加は大きく息を吸い込み、再び自分の黒髪を撫でた。この髪にどれだけの思い出が詰まっているか…

「わかりました。」沙也加は静かに決意を固めた。「20万円貰えるのならば、挑戦してみます。」

「ありがとうございます。それでは、契約についてお話しさせていただきます。」山下は微笑み、静かに話を続けた。

「まず、こちらが契約書になります。」山下は丁寧に書類を取り出し、沙也加に手渡した。

「契約書にはカットの内容、報酬の詳細、撮影の許可、そして動画の販売について記載されています。内容をしっかり確認してください。」

沙也加は緊張しながら契約書を手に取り、読み始めた。

山下は沙也加の様子を見守りながら、必要な説明を丁寧に行った。

「質問があれば、遠慮なくお聞きください。」山下は優しく言った。

「撮影された動画は、どこで販売されるんですか?」沙也加は少し不安そうに尋ねた。

「動画は私の所有するWEBサイトで販売されます。プライバシーには十分配慮しますので、ご安心ください。」山下は落ち着いた声で答えた。

「わかりました。」沙也加は少し不安げに頷いた。
「他にご質問がなければ契約書にサインをお願いできますか?」山下はペンを差し出しながら言った。

沙也加は深呼吸をし、ペンを手に取った。「これで沖縄旅行に行けるんだから」と自分に言い聞かせながら、契約書にサインをした。

「ありがとうございます。」山下はサイン済みの契約書を受け取り、確認した。

「これで契約は完了です。それでは、報酬の20万円をこの場でお支払いします。」山下は小さな封筒を取り出し、中から現金を取り出して沙也加に手渡した。

「本当に20万円…」沙也加は驚きと感謝の気持ちでいっぱいだった。沙也加は封筒を受け取り、中身を確認した。20万円の現金がしっかりと入っているのを見て、沙也加の心は決まった。

「さてと…それでは切りにいきましょうか。」山下はにこやかに微笑んだ。

契約書にサインを終えた沙也加は、山下と共に喫茶店を出て、10分ほど歩いた。駅前にはおしゃれな美容室が軒を連ね、どこでカットするのか気になっていた。

しかし、遠くから赤と青のサインポールがくるくる回っているのが見えたとき、嫌な予感がした。

「お願い…せめて美容室であって…」山下はそのサインポールの下で足を止めた。嫌な予感が的中した。

「えっ…ここで切るんですか…?」と不安げに尋ねる沙也加に対し、山下はにっこりと微笑み、「大丈夫、安心して」と優しく励ます。

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