『萌え絵』はどこで見ればよいのか? 〜ゾーニングについての考察〜
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『萌え絵』はどこで見ればよいのか? 〜ゾーニングについての考察〜

南鳳 翼

はじめに

建築業界では毎度おなじみのゾーニングですが、ただ分けるだけに見えて意外と奥が深い。
そんなゾーニングについて、『表現規制』と絡めて考察してみました。
きちんとした研究プロセスを経て書いた文章ではなく、読み物的な記事です。その代わり業界用語は極力省きました。ネット検索で読めます。
表現規制に反対する立場から書いた文章ではありますが、現状の整理や、よりよい生活環境づくりのための改善点の模索などに役立てていただけたら幸いです。
なお、『創作物におけるゾーニング』論ではないことをあらかじめお断りしておきます。

ゾーニングって何?

ゾーニングが本来持つ機能は、子供を過激な創作物から守ることでも、誰かが不快な表現に接さずに済むようになるためのものでもありません。そもそも創作物のレイティングに使用方法が限定されているわけでもなく、不特定多数の人間が目的に応じてアクセスしやすい環境を作るための機能です。備える際は、様々な観点から総合的に見てわかりやすいグルーピングを用い、どのようにゾーニングするかを決定します。そのためゾーニングの基準が、年齢でも過激な性・暴力描写があるかどうかでもない基準からゾーニングされることの方が多いです。
よって、表現規制の観点からゾーニングを問題にする場合は、問題とする場所がそもそも持っている機能についてよくよく留意する必要があるでしょう。
ex. 駅は利用者の輸送のための施設なので、輸送のための機能(事故防止や輸送のための利便性)が第一優先となります。

現状ゾーニングはどうなっているか

建築での配慮

ゾーニングされていない建築というのは基本的に存在しないでしょう。(ゾーニングしないというコンセプトで設計したものがあれば存在することになりますが、当方では具体的な事例は把握しておりません……)。
ゾーニングについては建築士の実技試験でもやるのが当たり前とされるくらいうるさく言われる項目で、そのくらい建築設計においては基本的でかつ重要な要素です。
例えば店舗設計で、お客様が自由に出入りできるエリアと従業員用のバックヤードを分けるのもゾーニングですし、歩道と車道を分ける白線もゾーニングです。
一般の戸建住宅だと、規模が狭い、利用する人間が限られているという理由でルーズにすることもできますが、不特定多数が利用する建築においては、みんなが使いやすいという条件を満たすために必要不可欠です。
規模が狭い、利用する人間が限られているとルーズなゾーニングでも機能する、と述べましたが、これは以下の理由からです。
・規模が狭い:配管などの施工コストの上昇幅が比較的少なく済む。
・利用する人間が限られている:個別最適化ができる。
不特定多数が利用する建築だとこれが逆になりますので、コストやメンテナンス性、何より利便性はゾーニングにおける優先度が高くなります。
自動車運転免許の更新に来ただけなのに警察署のあちこちを移動しなければならなかったら、更新に来た人だけでなく、そこで働く職員の方も困ってしまいます。使っていて誰も得しない建物を作るわけにはいきません。そこで、利便性確保のために似たような機能は集約するのです。
建築でいかにゾーニングが基本的な事項とされているか、おわかりいただけるでしょうか。

とはいえ、ゾーニングだけやっていれば建物が建つというわけではありません。
建築に限らず、設計というのは、設定した様々な条件をなるべく多く満たすよう配慮しながら落とし所を見つけていくことで完成します。
商業施設で言えば、通常の建築基準法以外にも大店立地法やバリアフリー法など、満たさなければならない法律も多いのです。
また、あまり明確にゾーニングされていては困る場合もあります。
従業員にとって効率的に仕事ができる環境を作ることは明確なゾーニングをすることとも整合しますが、カテゴリーの異なる商品を目当てに来店した客が別のエリアにも立ち寄れるようにするには、扱う商品ジャンルの異なる店舗同士が互いにゾーンを侵食し合っている状態でないと、異なるジャンルの存在を客に認知させることが難しくなります。
ゾーニングをどのようにするかは、前述したように、他の設計条件との兼ね合いで決まってきます。災害時の避難経路のように、どうしても優先度が高くなる条件とぶつかった場合にゾーニングの方を優先させるのは現実的ではなく、実際にはより優先度の高い条件によって完璧なゾーニングは捨てられることも少なくありません。
その結果、建築に限らず、ゾーニングしなかった(あるいはできなかった)エリアというものがどうしても存在することになるのです。
また、先程の店舗の例のような理由もあります。
駅ビルや大型ショッピングモールに出かけたことがある方は多いと思いますが、その中に入っている各テナントの店舗エリアの境界線がどうなっているか、思い出すことはできますか?
あまり壁などでキッチリと仕切っている店舗は多くなく、何となく通路と地続きのお店が点在しているような印象を受けるのではないでしょうか。
これが、先程述べた「カテゴリーの異なる商品を目当てに来店した客が別のエリアにも立ち寄れるようにする」工夫です。
これは、ゾーニングを心理的に緩く感じさせる工夫を行なっています。
実際はテナントの賃料などに関わるため、テナント区画を曖昧にしておくことはできず、ゾーニングがぐちゃぐちゃな状態で店舗を運営することはしていません。その代わりに、壁や仕切りを設けないことで、通路と店舗の境界を曖昧にし、顧客が通路を歩く“ついで”のような感覚で店舗に入ることのできる『気軽さ』を演出しているのです。商品を買ってもらいやすくするための工夫です。
このように、その空間を使う目的に合わせてあえてゾーニングを緩く設定することも多々あるのです。

街中での配慮

では街中でのゾーニングはどうなっているのでしょうか。
各土地は用途地域という区分でそれぞれ分けられています。用途地域とは、都市計画法に基づいて各土地の利用方法を定めたもので、全部で13種類あります。

用途地域 - Wikipedia — Mozilla Firefox 2021_11_26 9_18_25

Wikipedia 用途地域:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/用途地域

特に商店などは同じ用途の建物でも規模によって建てられる場所と建てられない場所が細かく定められています。それによって、ゾーニングはされているが実際はグラデーションのように用途の異なる建物が建つようになっていることがおわかりいただけるでしょうか。
要するに、繁華街と閑静な住宅街の間に、その中間ぐらい栄えた地域がいくつも存在できるような区分がなされているということです。
このようなゾーニングになっているおかげで、我々は近所のスーパーに置いてないものを入手するために銀座の百貨店まで出向くということをせずに済むようになっているわけですね。
建物内の特定のスペースのゾーニングだけでなく街中でのゾーニングを問題視する方もいるようですから、いっそ都市計画の段階からゾーニングを見直すのも効果的と思われます。ここで少しだけ変更の余地を考えてみることにしましょう。
現状の用途地域がこうなっているとすれば、『萌え絵』はどの地域からOKとするべきでしょうか?
一番厳しい基準は、風俗店と同じく商業地域にのみ、『萌え絵』を扱う店舗が建てられるようにすることですが、それだけの配慮が必要な表現なら既に法律に基づき対応がされているはずです。よって、そこまでの対策を求めるなら、別途法律も含めた細かな検証が必要になりそうです。
(ちなみに風営法については、ゾーニングのための法律ではなく営業形態について定められた法律のようなので、当記事では触れないこととします。)
次善の策としては、パチンコ屋やカラオケボックス等の建設が許されている第二種住居地域、準住居地域、近隣商業地域、商業地域の中では『萌え絵』が広く掲示されることを認める、という案が考えられます。
しかしこの案だと、第一種低層住居専用地域に建つ個人商店がご当地萌えキャラを使ったPRを行うことは、その店舗の立地上不可能ということになります。ご当地萌えキャラはNGだがご当地ゆるキャラはOKなどといった場合、その理由の妥当性も含めて線引きがどこになるのか、きちんと整備することが求められるでしょう。また、個人商店といえど営利団体ですから、私企業の営利目的の活動を制限する法的根拠なども求められると思われます。

展示場での配慮

美術館の展示に関しては、日本の方が強く性的描写のある絵画を避ける面があるようです。
あまり事例が見つけられなかったのですが、浮世絵の春画を例に取ると、浮世絵の展示は年齢制限がないが、春画のみカーテンで仕切って年齢制限をしていたり、または浮世絵の展示部門だけ丸ごと年齢制限を設けるなどの試みがされてきたようです。

https://www.sankei.com/article/20150509-EDDY6CK7PBKZHFVXA4SP4HKNZY/?outputType=amp

『春画展』なるものも複数開催されていたようで、この場合は、18歳未満は入場できないような案内がされていることが調べるとわかります。
浮世絵の春画に限らず、美術作品には性的とも取れる描写がされることがままありますが、キューピッドや天使のように、裸体が描かれていてもその展示に年齢制限がないものも多く見られます。この違いが局部の露出の有無か、その作品が作られた目的(作者の意図)の違いにあるのかはわかりません。ですが前者だった場合、そもそも現在では性器をモザイク処理等なしで掲示することは法律で禁じられていますから、『萌え絵』に同じ基準を適用することは不可能です。そのため後者の、作者がその作品を性的欲求を満たすための道具として作ったかどうかで『萌え絵』の展示について判断すれば、現状の美術作品の展示方法とも整合するのかもしれません。
『萌え絵』は確かに手軽に性欲を満たすための道具として使われている側面もありますが、一方で芸術的側面を担うに足る作品もあり、一般的な認知も進んでいます。さらに春画が芸術的作品として評価されている昨今ならなおさら、『萌え絵』の展示についてのみ無法地帯ということは考えにくく、現状の法制度等に合わせて何らかの対応がされていると考えることができます。そのため一見肌の露出が多く性的な誇張がなされた絵が人目につきやすい場所に展示されているように見えても、そのパッと見た印象のみでゾーニングがされていないと断ずるのは危険な断定と言えるでしょう。

書店での配慮

書店でのゾーニングは、書架によるゾーニングが特徴的です。
書籍には日本図書コードがバーコードの形で付与、印刷されており、書籍の編纂や内容に沿った分類まで行えるようになっているそうで、どの書店でも棚の並びが似通っているのは、おそらくこのコードを元に配置を決めているからだと思われます。
よく男性向けコミックの比較対象として挙げられるBLコミックや官能小説は、表紙が過激な描写のものは実店舗での取り扱いがなかったりするようです。そうでないものでも性交を匂わせる描写をしているものは棚が分けられていたり、カウンター対応の店舗があるなど、対応はまちまちとはいえ、やたらと人目につかないような配慮はされています。表紙のみでの分類でも、ビニール掛けや、購入時の年齢確認等で、未成年への閲覧や販売は防げるでしょう。となると、男性向けコミックだけ対応がされていないとは考えにくく、年齢制限によるゾーニングはある程度されていると考えるのが妥当です。
ちなみに、この日本図書コードを利用せず各書店ごとに自由にゾーニングを行なっているのだとすれば、書店側は、自分の店で扱う全ての書籍の内容に精通していなければ内容に合わせたゾーニングは行えません。しかし実際に行おうとするならば、入荷される本の全てに目を通し、一つずつ選り分け配架する時間などありませんので、表紙のデザインやタイトルに使われている単語などから内容を類推して陳列を行うことになるでしょう。
例として、私の蔵書の中に『緊縛の文化史』という本があります。緊縛とは、SMプレイで使われるあの緊縛です。中身も実際の写真が満載で、アダルトな雰囲気漂う本なのですが、中身は別にエロくなく、れっきとした文化研究の書です(しかも外国人が書いてる。面白いよ)。年齢制限も特になく普通にAmazonで買えました。

このような本を、写真やタイトルの『緊縛』という文字だけ見て成人向けコーナーにゾーニングしたらどうなるでしょうか。日本の文化や民俗についていたって健全な目的で真面目に調べている未成年の若者が手に取る機会を逸してしまいます。
そこで書籍の内容を知っている版元から書籍が出版される段階で内容ごとに書籍を分類し、書店はそのあらかじめ割り当てられたジャンル分けを元に陳列を行う、という方式で、業務の効率化とゾーニングを図っているのです。
要するに、我々がたまたま見知っただけの情報を元にゾーニングを行うより遥かに精度が高い方法で、書籍は既にゾーニングされているということになります。

目隠しもTPOによる

それならば、せめて目隠しなどを使用してほしい、という意見もあります。
ですが、中が見えないように隠してしまうことは実は弊害もあります。何のための目隠しなのか、中身を確認するまでわからないことです。そのため勘違いで中に入ろうとしてしまい、かえって見たくないものを見てしまうといったことが起こり得ます。
成人向けコンテンツへの理解が浅い子供などは、目隠しと注意書きだけでは意図が理解できない場合もあるでしょう。また、隠してあると逆に見たくなるという心理から、いたずらが発生する可能性も考えられます。
中身が何か推測することができれば、見たくない人は自然とそのゾーンを避けることができますし、周囲が気づいて止めてあげることもできます。
注意書きがあれば解決するのですが、注意書きは読まなければわからなかったり、かえって人の耳目を集めることから、使用を避けたい場面もあります(成人向けゾーンは目立たせたくないと思う方は少なくないと思います)。
また、隠して注意喚起をするという方式ですと、もう一つ大きな問題が生じます。店舗での防犯性です。
防犯性を高めるのに必要な要素は、「見えやすさ」「入りにくさ」の2点からなります。ですが、物品売買を行なって利益を上げることが目的の商業施設では「入りにくさ」を高めることは利益の向上と相反する目的となるため、取り入れることができません。そのため、入りにくくするのはバックヤードにとどめ、販売エリアの視認性を高めることが防犯性を高める主な策となります。
性描写のある創作物を陳列するコーナーはカーテン等で目隠しをし、その中に監視カメラを設けるという解決策もありますが、この場合、常にモニタリングを行う人員を別途配置しなければならないため、コスト面から取り入れるリソースが割けない店舗もあるでしょう。
よって、性描写のある創作物を陳列するコーナーは人目につきにくい場所に設けるが、目隠し等の死角を作る造作物は設けない、というのが現実的な対応策となります。
これらのような理由から、想定されていない顧客がゾーン内に入り込んでしまうことを防ぐためにあえてゾーン内の陳列物がわかるようにゾーニングするというのも、工夫の一つとしてなされることがあるのです。

書店にある本はなんで規制にならないの?

では、書店のゾーニングに瑕疵がないとしたら、書籍の規制方法が問題なのでしょうか。
書籍の規制は、東京都の青少年条例に基づき、出版倫理協議会という団体が自主規制の基準を定めているようです。

成人指定された雑誌等は区分陳列を行うなど、青少年が自由に閲覧、購入できないような配慮がされているようですが、表現規制の話題で問題にされるのは、専ら年齢制限がされていない書籍についてかと思います。
東京都青少年の健全な育成に関する条例では、優良図書類の指定とともに、不健全な図書等の販売の自主規制について定められており、かつ漫画やアニメーション等の実写を除く画像について記載があります。

二 漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
(平四条例一九・平一三条例三〇・平二二条例九七・一部改正)

https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00002150.html

規制にあたるかどうかの判断基準としては、
①『刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為』を“不当に賛美し又は誇張“した表現に該当するか
②『健全な判断能力の形成を妨げ』『青少年の健全な成長を阻害する』ものに該当するかどうか
この2点だと考えられますので、身体の一部を不当に賛美したり誇張したりするだけでは、当条例の規制要件には該当しません。
憲法は、国内におけるすべての法や条例に優先する法ですから、憲法21条で認められた表現の自由を制限するような規制を現状の法制度のまま進めることは、違憲状態を作り出しまた助長することになるので、たとえ自主規制であっても慎重になるべきです。
よって、『萌え絵』表現のさらなる規制を行いたい場合は、条例に基づく範囲内で既に行っている自主規制をさらに強めるような働きかけでは限界があるため、これら都道府県条例の改正や、場合によっては憲法改正も視野に入れた働きかけがなければならないでしょう。

インターネットでゾーニング?

インターネット上でゾーニングにあたる区分ができているかどうかは一考の余地があります。
なぜならインターネット空間は実際の空間ではないので、そもそもゾーンというものが存在しない上、ハイパーリンクという全ての移動距離をゼロにする機能が備わっているからです。また、Webサイトやプラットフォームサービスといった現実世界の建物や場所にあたる概念、記事の一覧やタイムライン等のコンテンツの塊といった書籍や記録媒体にあたる概念、各記事のページや一つのツイートといった書籍のページにあたる概念。この全ての表示形式が同じ体裁であることも、ゾーンを擬似的にすら認識できないという現象に陥らせるのではないでしょうか。
要するに、同じWebサイト、同じアプリで見たWebページは、どれも一冊の本の一ページにしか見えないのです。統一されたUIが、ゾーニングの感覚を薄れさせることに繋がっているのかもしれません。
とはいえ、インターネット上でもゾーニングをしようという試みは実は以前から存在します。BL二次創作界隈では『棲み分け』という文化があり、腐女子でないコンテンツのファンが誤って当該コンテンツを閲覧しないようにする工夫というのが、SNSのなかった個人サイト全盛期の時代から行われていました。
pixivやニコニコ動画を例に挙げると、両者ともプラットフォーム側での棲み分けに対する対応は特になく、ユーザーの自治による棲み分けで対処しているのが実情です。タグを使い分けすることで棲み分けを行う運用が一般的ですが、ハッシュタグの周知がされずアクセスが困難になる場合や、逆にハッシュタグを用いることによりコンテンツ文化に詳しいユーザーにとっては見たくないものでもアクセスすることが容易になっている面もあり、ゾーニングに関して言えば、あくまでもユーザー頼みの運用方法となっています。
一方情報の交差点とも言えるほど雑多な情報や広告が集まるTwitterでは、ハッシュタグはゾーニングの道具としては使われていません。というよりは、Twitterの特性上ゾーニングをすると、持ち前の情報拡散力や宣伝効果の高さが損なわれるデメリットの方が高いと想定されます。そのため過度なゾーニングはせず、グレーのまま維持するほかないと思われます。
故にTwitter利用時に不快な表現に接しない自由を我々個人ユーザーが行使するためには、TL構築を工夫したり、またミュートやブロックなどの擬似的にゾーニングのようなはたらきをする機能を上手く利用して自衛するほかないでしょう。
まして当人が意図的に見つけにくくしているR18作品をリツイート等の機能で広く周知してしまう行為は、元々為されていたゾーニングを壊す行為となるので避けるべきです。擬似的なゾーニングしかできないが故に、ユーザー一人一人の使い方でゾーンをコントロールすることがゾーニングを維持する上で肝要です。
またフィルタリングを施したデジタル端末を子供に与える場合は、子供が故意に、または誤ってフィルタリングを解除し、過激な創作物に触れてしまうおそれがあります。こういった場合の備えとしては、プラットフォーム側の対策に期待しても子供自身が対応してしまう場合は無駄になります。学校で教えてもらうことは期待できますが、一律の教育だけでは不十分な子供への、勉学以外のフォローまで求めることはできないでしょう。
そのためルールを守ることの意義や、性への理解についての教育が各家庭内できちんと行われることが重要でしょう。

子供のために隠すと

家庭内での教育と書きましたが、性教育といったデリケートな話題はなかなかする機会が設けにくかったり、機会があっても上手く説明するのが大変だったりといった問題があり、真面目にやろうとしている親御さんほど頭を悩ませているかと思います。
ですが、そのために創作物があるのです。
親からセックスの仕方……教わってない方が大半だと思います……。
性的な何かを“匂わせる”程度の表現までアダルトコーナーの奥に隠してしまったら、いかに経済的、精神的に自立した大人であろうが規定の年齢が来るまで性的なものには一切触れることができなくなるか、あるいは性にまつわることは親が全て説明するかのどちらかです。
表現規制を厳しくした場合、このような内容について、親の代わりに啓蒙する方法が創作物以外に必要になってきます。また、その方法が後の未来の子供たちも利用できる方法でなければならないでしょう。
代替案がないうちは、現状のように、マイルドな表現のものは誰でも見られる状態で陳列しておくことを認めるべきだと思います。
子供の思考力や判断力は、18歳になったら急に身につくものではありません。子供たち自身が自らの学びや遊びの経験を基に徐々に身につけていくことができます。逆に言うと、大人の介入によって、それを阻害することもできてしまう恐ろしい面も持っています。
表現規制に限らず、細かな面まで大人が決めてしまうより、子供の判断力に任せてあえて放っておくことも子供の健全な発育のために必要なのではないでしょうか。そのためには、社会で一律のルールを定めることより、子供一人一人に合わせることのできる親や周囲の身近な人間のかかわりが重要だと考えます。

まとめ

始めに述べたように、不特定多数が利用する環境では、みんなが使いやすい場所になるように設計することが必要です。みんなが使いやすい場所にするには、ある特定の人にとって多少不便な点があっても許容する、全体最適化の考えが不可欠です。
つまり、全体最適化が必要な設計においては、『快・不快』のような一人一人異なる基準をゾーニングの条件に含めることはできないのです。
そして、一見ゾーニングが行われていないように見える場所にも、そのような環境になるに至った何らかの理由があります。
その状態を崩すのであれば、何故そのようなゾーニングの在り方になったのか、その意図を明らかにし、他の条件と見比べ、適切な在り方を新たに定める作業を丁寧に行う必要があるでしょう。
また、一人一人の、そのゾーンに入る(見る)あるいは入らない(見ない)という選択の一つ一つが、ゾーニングをより強固なものにしていきます。
したがって、ゾーンの中に隔離してあるものをSNS等を用いて広く周知する行為は、その行為がかえってゾーニングを破壊することに繋がらないかどうか、熟慮の上行われるべきだと考えます。

おわりに

法律を扱う人、街やものをつくっている人、言論や表現に携わる人、その他様々な分野ではたらき、暮らす人々全員の成果によって私たちの身の回りのゾーニングは形成されています。
既にあるものを壊してしまうのではなく、皆が苦しまない、平和的でゆるやかな変化によって、世の中がよりよい形になっていくことを願っています。

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気が向いたら書きます。超低浮上。