サイレントウェーブ
2
大通りから小さな路地に入ったところにいくつかの飲食店が並んでいる。その並びの一角に待ち合わせの焼き肉店があった。初めて足を運ぶ場所だった。長田あいという元クラスメートのお兄さんが新しく始めたお店らしく、安く飲み食いできるらしい。
「初美~ぃ」
駅の改札口でわたしの名前を呼びながら、肩を軽く叩かれた。振り向くと、クラスメイトの一人、小久保葵だった。
「葵ちゃん、久しぶり。綺麗になったね~、一瞬わからなかったよ」
本音でも嘘でもない思ってもいない言葉が口からこぼれた。実際のところ派遣会社に就職して、デパートの受付をしている彼女は高校生の時よりも
ずっと大人っぽくなった。
「初美見るとホッとする。」
「それって子供じみて変わっていないってこと?」
「相変わらず嫌味っぽいな初美は。」
そういいながらも笑い深刻には受け止めていない様子にわたしは毎回救われてきた。
「香奈がさ、初美にいい話があるってさ。よかったね。」
「えぇ?何の話?」
「それは香奈から聞いてくれる?」
葵のにやけ顔から、きっと男を紹介するという話だろう。お店に向かうわたしの足が少し重くなる。
「どうしたの?早く行こうよ、みんな待ってると思うよ」
「うん」
辺りには食欲をそそる匂いが充満している。その中で一番香りが強いのが、今から足を運ぶ焼き肉店の匂いでニンニクが混ざる香ばしい匂いにわたしのお腹が鳴ったが、まばらな人通りの中でも葵の耳には届いていないようでホッとした。
焼き肉店の扉を明けると、カウンター越しにあいの姿が見えた。
「久しぶり~待ってたよ。香奈が10分ほど遅れるから先始めておいてって」
なんでだろう、心拍数が上がる。わからない、香奈が遅れてくることに、わたしは何をドキドキしているのだろう。香奈はこういう集まりには必ず顔を出す。そういう人だった。
「どうしたの初美、何かあった?」
席について場の空気になじめない雰囲気のわたしにあいが話しかけた。
「なんかすごいと思ってさ。あいのお兄さんのお店って。ここ坪単価絶対高いと思うけど」
「よく知らないんだけどね、そういう事情は。でもなかなかのお店でしょ?」
「うん」
そういいながら、わたしもどうでもいいことを聞いたなって思った。するとあいの知り合いらしき女性がおしぼりを運んできてくれた
「みんなあいちゃんの友達?是非ひいきにしてね。未成年だからお酒はダメだって。営業許可取り消されたら商売できなくなっちゃうって、わかってね」
そういいながら、厨房によばれて女性が戻るとあいは
「言わなきゃわからないのにね」
といった。店員の女性はあいの義理のお姉さん、つまりお兄さんの奥さん。
「何にする、全員とりあえずウーロン茶で大丈夫?」
わたしと葵は頷く。そういうとあいは席を離れて厨房の方に向かった。あいはホームセンターに就職し働いている。
ウーロン茶が運ばれてきて久しぶりの乾杯が終わり、ウーロン茶を飲み始めているところに、香奈がごめん、遅れて!と言って入ってきた。
「今始まったばかりだよ」
とあいが言う。そして香奈はわたしの顔を見るなり一言
「よかった、初美来てくれて。来なかったらどうしようかなっておもってさ」
そういわれるとわたしの心拍数がまたあがる。
「なんで?久しぶりだもんみんなに会いたいし来るよ」
「そっかそっか、だよね」
「とりあえず、座りなって。ウーロン茶でいい?」
とわたしは言った。あいがまた厨房の方へ注文をしに行った。
「うん。」
なんだか今日の香奈は一段とにこやかで明るい。こういうところが彼女がみんなから好かれているところだろう。嫌味っぽく少し陰気な雰囲気のわたしとは違う。
「初美にいい話があるんでしょ?」
葵が切り出した。
「うん。」
厨房から、あいが香奈のウーロン茶をテーブルに置きながら言った。
「なんの話?」
「待ってとりあえず乾杯、ごめん遅れて」
そういうと、あわててきて喉が渇いていたのかウーロン茶をグビグビと飲んで見せた。
「あのね、今、初美本屋でアルバイトしてるよね?」
「うん。」
と言ったわたしの心拍が上がる。
「仕事しない?」
えっぇ????思わず驚いたのと拍子抜けしたので、テーブルのウーロン茶をこぼしそうになった。
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