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ポストコロナの持続可能なアート

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、2月下旬から文化施設は相次いで臨時休館となった。以前は毎月のように美術館へ足を運んでいた私は、在宅勤務の合間にギターを練習しながら日々を過ごしていた。

 ところが、ここに来て国内の感染者数が落ち着きを見せ始め、文化施設は相次いで再開の動きを見せている。まだ予断は許さないから、少し様子を見ていたのだけれど、延期になっていた東京都現代美術館の「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」が6月9日に始まることを知り、初日に行くことを決めた。最低限の滞在時間にとどめ、寄り道をしないという自分なりのルールを課して。私にとっては「ピーター・ドイグ展」(東京国立近代美術館)以来、約3カ月ぶりの展覧会だ。

 ここでオラファー・エリアソンと本展のことを簡単に紹介したい。

 アイスランド系デンマーク人アーティストのオラファーは1967年生まれの53歳。アートを通じてサスティナブル(持続可能)な世界の実現を目指すべく、現在はデンマークとドイツを中心に活動している。彼の作品はインスタレーションからドローイング、水彩画、建築などの公共空間まで幅広い。それらを可能としているのが技術者や建築家、研究者ら100人余りからなる彼のスタジオ(スタジオ・オラファー・エリアソン、SOE)だ。SOEでは、アルミニウムをつくる際に生じる有毒廃棄物を無毒化して作品に利用するなど、素材開発やリサーチを絶えず行っている。

 日本では10年ぶりとなるオラファーの個展「ときに川は橋となる」。そのタイトルは「目に見えないものが、見えるようになるという物事の見方の根本的なシフト」を示しているのだという。人間が生活する以上、二酸化炭素は排出される。だからこそ生きるためのシステムをデザインし直し、未来を再設計しなければいけない。だからこそ、従来と違う視点でモノを捉える必要がある、というわけだ。それをアートという形で具現化したのが本展、ということになろう。

 社会的なテーマであるから、難関さは覚悟して会場に足を踏み入れたが、予想は良い意味で裏切られた。どの作品も直感的で、楽しさすらある。

 例えば、「太陽の中心への探査」は暗い部屋の真ん中に置かれた、巨大なガラスの多面体で表現した太陽が、万華鏡のように色彩豊かな光を壁や床に投影している。この作品の光や動きは太陽光エネルギーによるものだ。これにより人間が生きていく上で、太陽が不可欠な存在であることを喚起している。

 また、「クリティカルゾーンの記録(ドイツ―ポーランド―ロシア―中国―日本」は、円形の台紙に無秩序に描かれた線のように見える。ところが実際は、本展の作品をベルリンから日本まで輸送する際の揺れを記録する装置によるものだ。なお、二酸化炭素排出量を抑えるため、作品の輸送には飛行機でなく、鉄道と船を用いている。

 そして、本展のタイトルでもあり新作の「ときに川は橋となる」では、空間の真ん中には水が張られた容器があり、周囲にある12のスポットライトから光を照らされている。水の揺らめきに反応するようにスポットライトの間には、二度と同じ形にならない水のゆらめきが映されていく。まさに、前述の「目に見えないものが、見えるようになるという物事の見方の根本的なシフト」だ。

 新型コロナウイルスが収束・終息しても同じ世界は戻ってこない。例えば、ケガで生じた傷口が塞がって、新しい皮膚ができても、以前の皮膚とは違うように、ポストコロナで人間の営みは変わってくるだろう。作品「ときに川は橋となる」で表現された水の流れも二度と同じ形にはならない。

 そして、この作品から、鴨長明の「方丈記」の有名な出だし「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」を想起した。約800年前、あの随筆が書かれた当時も地震や飢饉といった天災が相次ぎ、作中にも関連した描写が出てくる。その時代背景は、自然災害や新型ウイルスの脅威に晒されている現代と通ずるものがありはしないか。

 本展のことを知ったとき、私は「理屈抜きに行ってみたい」と感じた。ベースには、コロナショックという今の状況が、本展の投げかけるテーマに深く関連していると思ったことがあるのだろう。おそらく、今回の出来事を機に、人々の生活や働き方は変容していくことになる。そんなタイミングでこの展覧会を観る機会を得られたのは、ある意味で幸運なことだと思う。

 蛇足だが、私が東京都現代美術館に到着したのは開館の午前10時の10分前だったのだが、すでに数十人の行列ができていた。それぞれの人は押し合うことなく、現在の社会が置かれている状況を意識するように適度な間隔を空け、職員の指示に従いながら館内に入っていった。その様子に「これがポストコロナ時代の、新しい展覧会の在り方なのだな」と感銘を受けたことも書き留めておきたい。

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