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?「私、気になります」

ある授業で四十代の教授が
「最近の学生のレスポンスで「気になります」が多い。どういう意図で書いているのか」
とおっしゃていた。
これ教員がとても困るレスポンス、人によっては嫌うものだそう。
自分もいわゆる最近の学生の一人であり、「気になります」の使用にそこまで違和感は持たない。

だが、そう言われると確かに「気になります」と述べる意図は不透明だ。
教授側としては「「気になった」事で、どうして欲しいかわからない。教えて欲しいのか、ただ気になっただけなのか、はたまた自分の考えか何かを持ったのか。どうなのかまで記し切ってほしい。」とのこと。

これに対して、学生側の意見は、

「気になります(でも自分で調べるのは面倒くさいしそこなでじゃない。先生が拾ってくれたらラッキーだな)といった感じ。」
「SNSでよく見る「論文でNGなことば→言い換え表現」でよく見る「〜と思いました」を避けられる傾向から、かつ堅すぎない表現を求め、「気になる」が使われるのではないか。」

などなど。


ここで、「気になります」を使用する若者の思考について究明することは省く。
この一連の話題を受けてふと思い出すのは、

「私、気になります!」

このセリフ。

米澤穂信によるKADOKAWAから出された小説『氷菓』をはじめとする古典部シリーズの登場人物、千反田えるのセリフだ。
この古典部シリーズは2000年代から続き、京都アニメーションでアニメ化もされた有名な作品である。
岐阜を舞台とする高校の古典部の部員たちが織りなす青春ミステリー。省エネをモットーとする主人公の男子高校生、折木奉太郎が好奇心旺盛のお嬢様、千反田えるに巻き込まれ、高校で起こる不可解な謎を解決していくストーリーだ。

不可解な謎を古典部に降りかかるが、「やらなくていいことはしない。やらなくてはならないことは手短に」をモットーとする折木は毎度自分から立ち向かおうとはしない。一緒にいる千反田がその謎に興味津々。どうしてなのか、どういうことなのか、そして物語を進めるべく放たれる常套句がこの、

「私、気になります!」

このセリフには、ただただ千反田がその謎について「気になる」ことだけを示すだけでなく、頭脳明晰な折木に謎を推理させることを頼むといった意味も内包される。このセリフによって物語は起承転結の‘起’から‘承’へと移り、推理パートへと進めることができる。省エネの主人公が謎に対して「そんなの知らんがな」と推理を放棄することなくしっかりミステリーを担うことのできる完璧な物語構成だ。

このセリフと、近年の学生が使う「気になります」は性質が極めて酷似している。いや、ほぼ同じ意図で使われているといって良い。
この古典部シリーズの千反田えるの「気になります」の使用から、「気になります」に対して「教えてほしい」の意味を内包する用法が加えられたのではないか。古典部シリーズの刊行やアニメの放映の時期からも現行の大学生は触れてきた作品群であることは自明だ。
最近の学生の「気になります」用法(勝手に名付けた)の使用の起源は千反田えるにあるのではないか……?

しかし、この「気になります」用法において、千反田が先か、用法の普及が先かは正確には判断しづらい。あくまで最近の学生に所属する自分が考察した結果であるために、2000年代以前の「気になります」の用法について詳しく知らないからだ。

とはいえ、現代の学生が使う「気になります」の文化が作品に顕著に出ているの、面白いな……。




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