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情熱の塊

私の周りで彼女ほど情熱的に生きている人はいないんじゃないかと思う。彼女を色に例えるなら、間違いなく燃え盛る赤。情熱の赤。

私は日本舞踊を習っている。やりたくてやっているわけではなく、上司に進められて致し方なくやっていた。だから練習の当日しか踊らないし、予習も復習もなし。イヤイヤ行って、先生の長い雑談も(早く終わらないかな)と思っていたし、好きでもないことに月謝としてお金が取られることも嫌だった。

やるまでわからなかったが、この世界のことはお金が非常にかかる。お月謝だけでなく、お中元、お歳暮、お年賀は全部お金(うちではお月謝と同額と決められている)。

舞台に出ようもんなら、一人うん十万円はくだらなく、上手い人は複数の演目に出ると100万オーバーになってしまう。それ以外にも裏方さんへの御礼、先生の御礼、全部、金金金金。

先生は衣装も地方さん(うしろで三味線とか、「ぃよぉ~、ポン」とかやる人)も顔師(現代風に言うとメイクさん。日舞バージョン)もかつら師も超一流どころを東京から呼ぶ。

ここは田舎の地方都市なのに、先生の号令で絶対ド素人を相手にしない人間国宝級の人たちがやってくる。間違いなく一見さんおことわりの世界。

だから、高い。これでも相当値引きしてもらっているらしいが、諭吉が何人も財布から飛んでいく。私達生徒は三流、いや五流の踊りをするが、それを支える人々は歌舞伎座で海老蔵なんかを相手にするような一流どころだから、なんともちぐはぐな感じになっていると思う。

生徒としてはそこまで求めていないのに先生は妥協を許さず、その乖離が溝を生み今までも何人もの生徒が辞めていった。特にお金のからみで辞めていったと思う。

私も何度もやめたかったが、今に至る。幸いなことに、先生に期待されるようなお金持ちではないので、先生も私に対してお金のサポートを依頼することはあまりない。お月謝はスタート当初の倍になったが、お給料もあがっているので続けられている。

彼女は御年80過ぎ。未だに生徒に教えていて、口だけでなく自分が踊って見せて教えてくれる。半分の年の私達生徒よりもしっかり腰をいれてビシっとキメ、背中をつかってしなやかな曲線を出し、手指の先まで使って心情を表す。目線も色っぽく、本当にそこに相手の男がいたり、花が咲いていたり、水をくんだり、泣いたり、笑ったり、そんな情景が彼女の踊りから伝わってくる。

踊り手としては間違いなく一流。さすが、若かりし頃は国を代表するような名だたる一流舞踊家達と一緒に国立劇場や歌舞伎座で舞台を踏んできただけのことはある。

うちの生徒のなかで一番うまい人でも、先生の美しい踊りには足元も及ばない。今更になって、本当にきめ細やかに計算された美しさを表現できる先生の素晴らしさに気がついて、最近やっと日本舞踊の美しさ、楽しさというものを感じ始めることができた。

そんな超一流の彼女がなぜこんな地方都市にいて、街のお師匠さんをやっているのかはいろいろあったようだが、とにかく踊りも、見た目も、日々の振る舞いもまるで街のお師匠さんではありえない。

ザ・芸能人なのだ。着るものも一流、食べるものも一流、交流を持つ人達も一流。お金はないので、パトロンから援助してもらう。昔のヨーロッパの芸術家達がパトロンを持って自分の芸術に集中できていたように、先生の生き方もそんな感じ。芸術を愛してやまない、踊りを愛してやまない。それがすべてで、そのためならどんなことでもしてみせるという人。

「わたくしから踊りをとったらなにも残らない。」と先生は言うけど、先生は芸術的センスも素晴らしいし、ビジネスの才覚もあるし、ネットワークは広いし何でもやっていけそうなのに。

それでも先生がネットワークを作ってきて、ビジネスを学んで、人とのコミュケーションに長けているのはすべて彼女が愛する踊りのためなのだ。

だから、彼女が一度決めたら「NO」は言えない。言わさない雰囲気がただよっている。何が何でも自分の思い通りの素晴らしい舞台をするという気迫がすごい。

だから彼女の周りにいる人は嵐のように巻き込まれて、大変な思いをするし、去っていく人もいる。

先生と出逢って10年。私も10年経って、だいぶ大人になったと思う。先生の気質は全く変わっていないけど、最近私はお稽古が楽しみだ。先生が雑談で話してくれる昔話の内容がどれもぶっ飛んでて、先生の歴史を聞くのが楽しみだ。

政治家や大手企業の重役の奥様など権力者のような方々に教えていたり、教科書にでてくるような人々との交流や、先生のフランス人みたいな恋愛模様(相手の男はもちろん一流の男たち)、どこを切り取ってもおもしろい本が書けそうでワクワクしてしまう。

そして、先生からは人情みたいなものがにじみ出ている。人をコマのように使うときもあるけど、自分の生徒には愛情深く健康や日々の生活など気にかけてくれるし、どんな人にも頂いた恩は倍にして返すというポリシーがある。

先生といると、80過ぎなのに次から次へとやりたいことがでてきて、いつも生き生きしていて、自分はまだこんなにも人生に時間があるのに、なにつまらないことで悲観しているんだろうと思えてくる。

「好きなことを見つけて生きよう」

そんな言葉が最近おおくの本などで取り沙汰されている。でも、好きなことを見つけるのも難しい。それを実行し続けるのも難しい。

先生は踊りというものに出逢ってすべてを捧げて生きてきた。どんなにお金に困っても、窮地に立たされても、踊りを続けるために絶対にへこたれなかった。ほとばしる情熱と彼女の相手に有無を言わさない気迫で皆を巻き込んで、自分のゴールのために邁進してきた。

そんな彼女も80をいくつか過ぎて、人生の幕引きのために最後の舞台を計画している。コロナ禍とか関係ない。だって、コロナが落ち着くのを待っていたら、彼女は生きていないかもしれない。いつ踊れなくなるか、いつあの世からお呼びがかかるかわからない。時間がない。観客がゼロでも彼女は一度決めたらやりきるだろう。

お稽古に行くと、先生との雑談が1時間から1.5時間。実際のお稽古が1時間。だから2-3時間は覚悟して行く。現代人の2-3時間拘束は結構キツイ。

でも私は先生と過ごす時間があとどれくらい残っているかわからないし、何より、こんなにも情熱的に生きている人を知らないから、私の時間を先生に捧げようと思っている。

先生からはお金には変えられないものを受け取っていると思っている。べらぼうに諭吉がでていく舞台も、普通じゃいくらお金を積んでも実現できない。一流とは何か、そういうことを教えられる人はそうそう巡り会えない。

私も少しでも先生のように情熱を捧げられるものを見つけて、駆け抜ける人生を生きられたら。そのヒントをいただきに、来週もお稽古に行こう。


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