見出し画像

ヴァンテアン大航海

 ヴァンテアン号は11月の東京最終出港以来、九州でのモンゴル船籍引き渡しを経て12月に日本を離れました。以降はPrincess号として沿岸諸国に寄港しつつ、事業撤退から一年が経った本日現在は、目的地ドバイの対岸に位置するイランのバンダレ・アッバースに停泊しています。通過した海域は8つ、チョークポイント3つ、5ヶ月にわたるヴァンテアン号史上最も過酷な大航海を振り返ります。日本出港時に投稿したヴァンテアン、プリンセスと併せてお楽しみください。

平水船が大航海をするためには

 日本の国内法では、船舶が航行する海域を4つの区分で定義しています。

平水区域:湖や河川、港周辺の海域。
沿海区域:海岸線や平水区域から20海里までの海域。東海汽船グループの航路では御蔵島以北が該当。
近海区域:東経175度、南緯11度、東経94度、北緯63度の線により囲まれた海域。スマトラ島やパプアニューギニア、カムチャッカ半島の周辺までの4辺が該当。八丈島や小笠原諸島へはこの近海資格が必要。
遠洋区域:以上3区域以外の全ての海域。

 ヴァンテアン号はこのうち平水区域での航行のみ認められており、沿岸区域の航行を認めるような特記もありません。普段航行していた東京湾は富津岬、観音崎灯台までが平水区域となるので、チャーター実績のある木更津や君津、横浜といった湾内の航行は適法となります。一方定期ドックは新潟造船三崎工場で毎年行われていますが、三浦半島の先端は沿海(沿岸区域でもある)区域となっており、平水区域外となります。この場合は臨時検査ならびに航行区域変更の手続きを行うことで、装備が区域の基準に合致していれば沿海資格を得ることができます。30日間限定で簡易的に沿海資格を得られる臨時航行区域変更という制度もあります。レストラン船や遊覧船のほとんどが平水船ですので、ドック入りの際何かしらの手続きを踏んでいると思われます。
 さて、11月6日に東京港竹芝を出港したヴァンテアンですが、北九州戸畑には10日に入港し、安瀬へのシフトを経て24日に出港、那覇には30日に到着しています。東京~北九州~那覇は全て沿海区域が連続しているため、沿海資格を取得すれば回航ができます。10月30日の試運転で臨時検査を行い、航行資格を変更、もしくは臨時航行区域変更が行われたと考えられます。(ぶっちゃけ資格面の事務手続きやなにやらについてといいますか、何から何まで素人ですのでちゃんとはよく理解できておりません。事実と違う点など認められましたらコメントしていただけると幸いです。)

画像4

10月30日 北九州回航前の試運転の様子

 12月2日に日本船籍を喪失しモンゴル船籍「Princess」号となったことが確認されました。これと同時に新たな船主へ引き渡され、株式会社沖縄エキスプレスが運航者になったとみられます。以降は海域の区分のような国内法における制限は無くなり、IMOの定める国際条約やモンゴル海事法などを準拠法として外航不定期航路扱いで外洋に出ることになります。長大距離の回航とあって、外から判別できるだけでもドラム缶による簡易的な燃料槽の増槽が行われた他、日本の通信会社であるNTTドコモのワイドスター用のアンテナが撤去されました。また那覇出港後の様子が一切確認できていないため憶測にはなりますが、外航においては船体にIMO番号ならびに船籍国の国旗掲揚、この場合はモンゴル国の国旗の掲揚が必要になります。船名も塗りつぶされた上で新船名Princessの表示が行われたものと思われます。

アセット 2-100

ブリッジ左舷側上部に設置されていたワイドスター用アンテナ

アセット 1-100

ワイドスター用アンテナ撤去後の様子(北九州戸畑にて)

画像3

燃料増槽用と見られるドラム缶

画像5

IMO番号や新船名が表記された船の例
さるびあ丸(現:BAY ONE)

大航海のルート

11月  6日 14:00 東京港竹芝桟橋Nバース出港

11月10日   9:55 足摺岬周りで太平洋、関門海峡を渡り北九州港戸畑地区YT05C岸壁入港

11月19日 15:00 北九州港戸畑地区を離岸

11月20日   8:20 北九州港安瀬地区(SOLAS対応岸壁)AN85C岸壁へ着岸

11月25日 16:10 北九州港安瀬地区を出港

11月30日 19:00 那覇港浦添ふ頭8号岸壁入港、内航不定期航路終了

12月  2日     モンゴル船籍「Princess」に登録変更、日本船籍を喪失

     16:15 那覇港浦添ふ頭を出港、以降は外航不定期航路

12月15日     東シナ海・南シナ海を渡りシンガポール沖に到着

 1月22日     シンガポールを出発、マラッカ海峡を通過

         ペナン沖に到着

 2月  7日     10日にかけて周辺海域を周回

 3月20日     ペナンを出発

 3月27日     アンダマン海・ベンガル湾を渡りスリランカを通過

 4月  7日     ムンバイ沖に到着

 4月11日     ムンバイを出発

 4月18日     アラビア海・オマーン湾を渡りバンダレ・アッバースに到着

 4月23日     バンダレ・アッバースの漁港に入出港

 7月20日     バンダレ・アッバースを出発

 7月23日     イラン・ブーシェフルに到着

         ホルムズ海峡・ペルシャ湾に入り、アラブ首長国連邦ドバイ港に入港予定

 以上がヴァンテアン号の大航海の実績となります。北九州、那覇、シンガポール、ペナン、ムンバイ、バンダレ・アッバース、ブーシェフルを経て、残すはドバイ入港を残すのみとなりました。 イラン本土の運航を経てキーシュ島で運航となりました。
 特筆すべき寄港地・ルートとしては、国内では瀬戸内海を通らず、四国の足摺岬まで迂回して豊後水道、関門海峡に入る航路をとっています。一見瀬戸内海を通る航路も近道に見えますが、瀬戸内海は船舶の交通量が非常に多く操船の手間も増え、岩礁に起因した座礁事故なども発生しています。その代わりに荒天時でも太平洋程荒れないという利点もあります。東京新門司間を結ぶオーシャン東九フェリーの実例を見ても、足摺岬を回るものを基本航路とし、瀬戸内海は荒天時に用いる第二航路となっています。
 一方国外ではシンガポールとペナン、イランに1ヶ月以上滞在している点が挙げられます。シンガポールにはモンゴル船籍を扱う企業が置かれている他、当面クルーズの設定がない豪華客船の泊地としても用いられています。世界情勢的に整備補給目的での各地の入港手続きにも時間を要したとのことで、イランからの動きがないのも新船主の受け入れ体制がなかなか整わない現状があるのだと思われます。航行中はペナン停泊中にミャンマーでクーデターが発生するなどの動きもありましたが、ひとまず外洋を渡りきることができ一安心といったところです。ブーシェフルからの動きが見られないまま、東京出港から1年を迎えることとなりました。

Princessとしてのこれから

 ヴァンテアンはレストラン客船に特化して建造された経緯もあり、操業を行う場合は少なくとも何らかの旅客船の用途には就くものと思われます。最新の舟艇技報では、「用途はよくわからないが、プライベートでの活用のようである。」と言及されていることから、個人のクルーザー的な用途に就く可能性もあるようです。また事業撤退直後に示唆されていた解体の可能性も、0になったわけではありません。先にバングラデシュに渡ったさるびあ丸のように、引き渡し先に到着してから去就が公になると思われます。溝口Infantryでは引き続き情報に注視するとともに、ヴァンテアン本の制作を続けていきます。

事業撤退から一年

 東京ヴァンテアンクルーズ株式会社は、2020年6月30日をもってレストラン船事業から撤退しました。以降は精算会社として活動を行っていましたが、約半年後の2020年12月17日をもって登記が閉鎖されました。東海汽船が保有する東京ヴァンテアンクルーズの債権6億5100万円分の放棄が同日発表されたことにより、これをもって清算結了となった模様です。先月は同業者であった安宅丸も撤退し、東京港の様子は大きく変化しました。東京ナショナルランドや東海汽船伊東代理店ではグッズ販売などが行われ、往時を偲ばれる方が少なくないことが伺えます。この節目に、ヴァンテアン号30年余の航海をしっかりとまとめあげる決意を新たなものとし、ヴァンテアン本の発行を目指してまいります。

追記
ヴァンテアン号は現在ドバイではなくイラン船籍となり、キーシュ島でクルーズ船「Royaye Darya」として運航しています。詳しくは最新の記事もご覧下さい。


 本誌では北九州、那覇、海外でのヴァンテアンの写真も募集しています。特にIMOや新船名への塗替えが行われたあとの写真が本誌には必要です。ご協力頂いた方々に対しまして、PDF形式での献本、印刷版の割引頒布をさせていただきます。情報提供、写真の掲載をして頂ける方は、Twitterもしくはメール[nokuchi201@gmail.com]にてご連絡をお待ちしております。

 編集作業が回りはじめ、日にちがかなり空いております。今回は国内と違って船の所在以外の情報が一切無いため、かなり憶測も交えた記事となりました。国内法の制度面にも触れましたが、なかなか事務面が明かされることも無いので誤りやご指摘等ございましたらどしどしお寄せいただければ幸いです。

ありがたくサポートをいただいた場合、Adobeソフトやフォントの維持、印刷費、ヴァンテアンに関連した資料や施設に対する取材費に充てさせていただきます。