ヴァンテアン、プリンセス

 先日北九州を離れたヴァンテアン号ですが、仕向先が変更されたのか11月30日にマニラではなく那覇港に入港、昨日12月2日16時15分にドバイへ向け出港しました。ヴァンテアン号真の最後の地は那覇だったというわけです。今度こそ本当に安航を願うばかりです。さて、今回遂に新天地に向けた再登録が行われたので、詳しく見ていきたいと思います。

ドバイイランのプリンセス

 ヴァンテアン号はこの度新船名「PRINCESS」として、モンゴル船籍として再登録が行われました。便宜上、連載における本船の呼称は以降もヴァンテアン号としますが、ヴァンテアンの名はこれをもって31年余りの歴史に幕を下ろすことになりました。では登録情報を見てみましょう。尚、日本籍から外れたことにより、国内の制度である船舶番号は失うことになります。

 登録情報を見る前の前提知識として知っていただきたいものに「便宜置籍船」というものがあります。この便宜置籍船というのは、船主とは別の国に船籍を置かれる、便宜置籍が行われた船のことを指します。これまでのヴァンテアン号は、日本に法人を置く東京ヴァンテアンクルーズが船主で、ヴァンテアン号自体も日本の東京港を船籍としていました。一方現状はアラブ首長国連邦の会社もしくは回航を担当するいずれかの海洋国家の会社が船主ですが、船籍はモンゴル、恐らくウランバートルの船籍となっています。

 便宜置籍船を最も身近な例で示すと、ニュースなどで「パナマ船籍の船が~」という報道を耳にするかと思いますが、十中八九こういった船は便宜置籍船に当たります。日本郵船や商船三井のような、日本の輸出入を支える外航貨物船もあえて日本国外、それこそパナマのような国に船籍を置くケースが多く見られます。便宜置籍のメリットは様々あります。例えば船内における法律は船籍国のものが適用されますから、規制のゆるい国家の法律を元に船を運航させることができます。主なものとして、自国の乗組員での運航を義務付けることが多い先進国の法律ではなく、外国人乗組員主体の運航が可能な国の法律を適用することで賃金を抑えることができる。また決済通貨を船主国もしくは船籍国のもののどちらかを選べる、などがあります。いわゆるタックスヘイブンに当たるような節税策としても知られてはいますが、先進国ではこのあたりは対策がされておりこういったメリットは薄れつつあります。また、船籍国にとっては外貨を得る機会にも恵まれるので、船主と船籍国どちらにとってもWINWINな制度といえます。

 便宜置籍船の多くは外航貨物船や、世界をまたにかけるクルーズ客船ですが、今回のヴァンテアン号のケースではこれとは少し違います。というのも、便宜置籍は船を他国に売却する際の回航時だけ行われる場合もあるからです。先日バングラデシュへ売却された東海汽船の貨客船「さるびあ丸」も、回航時は横浜港にて一時的にツバル船籍として再登録され、現在はコモロ連合船籍となっています。まだ決まったわけではないにしても、ツバル船籍は回航のため、コモロ連合船籍はバングラデシュにおけるクルーズ客船用途のためという見方ができるでしょう。そのため、ヴァンテアン号もドバイに到着後はアラブ首長国連邦、もしくは便宜置籍国の別の船籍として再登録される可能性は充分にあるといえます。
【追記】実際にはイランのブーシェフル港へ辿り着き、イラン船籍に変更されました。

 ヴァンテアン号の母港とされているウランバートルですが、そもそもモンゴルは海なし国なので、ウランバートルにも当然港は存在しません。内陸国で便宜置籍を積極的に活用している国はボリビアとモンゴルの2国がメジャーです。ただ便宜置籍も法の網目をくぐるような制度なので、世界秩序の面ではデメリットも存在します。モンゴルの事例を取ると、モンゴル船籍とする船の中には北朝鮮のものもあり、国籍隠しのような使われ方もされるほか、国際条件の基準を満たさないサブスタンダード船の温床にもなっています。ヴァンテアン号はそのようなことにはならないとは思いますが、外航というのはそういう世界でもあるわけです。

信号符字:JVPR7
 ヴァンテアン号は現在モンゴルに籍を置く便宜置籍船という扱いになるので、コールサインもモンゴルのJVが冠されたものが与えられています。

IMO船舶識別番号:8901717
 この番号は前回も紹介したとおり、廃船まで不動の番号となります。そのためモンゴルに船籍が移っても変更はありません。

MMSI番号:457900508
 この番号は頭三桁が国籍を表しているため、モンゴルに割り当てられている457から始まる番号が与えられています。再登録前の431000431、431が子番というのは実に日本的な番号だったと変更後の番号を見て実感しますね。シンメトリー的な美しさもありました。(日本に割り当てられている頭三桁は431)

プリンセスがこれから進む航路

 那覇を出港したヴァンテアン号は、恐らく東シナ海、南シナ海を南進しマラッカ海峡を経由すると思われます。マラッカ海峡は、インドネシアのスマトラ島とシンガポール、マレーシアのマレー半島を隔てる海峡で、国際的なシーレーンとして知られています。スマトラ島をはじめとしたインドネシアの諸島を迂回せずに済み、シンガポールのような設備の整った国際港もある、近道かつ中継地点としても優れた航路です。欧州や中東からアジアへ向かう貨物は基本的にマラッカ海峡を経由しているため、我々日本国民とも無縁ではありません。一方非常に狭い海峡のためボトルネックでもあり、浅く狭いこの航路を通行できるサイズはマラッカマックスなどと称されています。このような世界的に重要な航路は外交や軍事的にも有用なので、マラッカ海峡を巡っては制海権争いの火種ともなっています。東南アジア諸国としては、各国それぞれ大きなメリットやデメリットをすり合わせていかなければならず、悩みのタネの一つとも言えます。

 さるびあ丸がいるバングラデシュにも面するベンガル湾、インドやアラビア海を経て最終的にオマーン湾に入っていくという形になると思われます。船舶の航続距離は航空機のそれよりも長大と言われていますが、元は港内のクルーズ船ということも考慮すると、場合によってはどこかの国を中継する可能性もあります。ヴァンテアン号が無事ドバイにたどり着くまで、引き続き注視していきます。
【追記】実際には無事イランにたどり着きました。

 本誌では北九州、那覇でのヴァンテアンの写真も募集しています。特にIMOや新船名への塗替えが行われたあとの写真が本誌には必要です。ご協力頂いた方々に対しまして、PDF形式での献本、印刷版の割引頒布をさせていただきます。情報提供、写真の掲載をして頂ける方は、Twitterもしくはメール[nokuchi201@gmail.com]にてご連絡をお待ちしております。

 今回はひとまずヴァンテアン号改めPRINCESS号の現状と、今後の動きについてのまとめということで、画像の類の用意がありませんでしたが、次回は多少そのあたり充実した記事になるかと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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