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赤薔薇の花香る頃に白百合の花咲く【後編】

 それからというもの二人の関係は一層親密になり、誰もが羨むものとなった。

 朝の登校は手を繋ぎ、夕の下校も手を繋ぎ。
 あのれいこ様が手を繋ぐ子。
 きっとれいこ様に見合う素敵な子なのだわ。

 そう、ゆりへの周囲の目が変わってきた。

 太陽が月を輝かせ空を彩る如く、ゆりもれいこに引けを取らぬ存在へと成長していったのだ。

 今まで無視していた少女達も、ゆりに深々と頭を下げ、お友達になって欲しいと話しかけてくるではないか。

 あの頃は、悲しさしかなかったが、どんな隣人でも赦して愛そうとゆりは思って、彼女たちの手を取った。

 そうすると不思議なことに、彼女たちの顔が明るくなり、次第におべっかを使うのではなく、本当にゆりと打ち解けたのだった。

 よくよく思えば、彼女たちもゆりと同じ立場になりたかっただけかもしれない。でも並べなかったから、それがれいこがいうところの嫉妬の意味だろう。
 ゆりが堂々とすれば、これもれいこの言うとおり、皆もその凜とした美しさに感服し、果てには最近お取り巻きまでつくようにもなった。

 新しい季節が巡ってきたのね。

 ゆりはようやくここで初めてこの学院に入学した気持ちになったのだった。

 穏やかな春は皆の心も溶かし、この学院にも穏やかな時間が流れ始めた。

 そんなある日。

 ゆりの靴箱に送り主のわからない手紙が入っていた。
 お友達にこれを入れたのかと聞いても、みな知らないと言う。

 手紙を読むに、今日の17時に薔薇園に来て欲しいとのことだ。どうしても伝えたいことがあると。

 「これは何かの告白じゃないのかしら?」
 「きっとそうよ、ゆりさんに憧れている子でもいるのじゃないかしら。」
 「行ってあげなさいよ。その子のお話を聞いてあげるべきだわ。」

 お友達がおせっかいにもみんなそう言うものだから、ゆりはしぶしぶと薔薇園へと向かったのだった。

 そうして、約束の時間に薔薇園に行くと、一人のおさげ姿の似合う愛らしい少女がいた。
 同じく学年には見たことがない顔だったので、おそらく年上だろう。
 彼女は震えながらゆりに告白するのだ。

 「私はれいこ様が好き。貴女、どうやってれいこさんをたぶらかしたの。」
 「たぶらかす…?」

 あまり聞きなれない単語だったものだから、ゆりがきょとんとしていると、彼女はどんどんと間合いをつめてきた。
 そしてゆりを睨むのだ。

 「貴女はれいこ様とどういう関係なの!?」
 「わ、私はただ…。」

 そこまで言うとゆりは黙り込んでしまった。
 いつもなら、そのまま弱腰になるのだが、以前にれいこに堂々となさいと言われたことを思い出した。
 私はれいこさんのお友達。自信を持たなくては。

 「私はれいこさんの誰よりも特別なお友達よ!れいこさんだってそう言ってくれるに違いないわ!!」
 「特別ですって?」

 おそらくも何も、彼女はれいこのことが好きなのであろう。
 しかも、ここまでの強行をするくらいだからその気持ちは強く、また気が短い。
 感情に任せ、少女はゆりに手を挙げた。

 そしてそのままパンっと高い音を立てて、頬を叩いた。

 ただ、その手の振り下ろした先はゆりのではなく、れいこの頬。

 ゆりが恐る恐る顔をあげると、そこに片方の頬を赤く染めたれいこが立っていた。
 ゆりのお友達に聞いたのだろう、れいこは慌てて薔薇園へと駆けつけたのであった。

 爪でも当たって引っかかれたのか、れいこの頬から一筋の血も流れていた。

 「れいこさん!?」

 見るとれいこの肩は震えていたし、歯を食いしばって下を向いていた。

 ごめんなさい、怖い思いをさせてしまって。
 ごめんなさい、痛い思いをさせてしまって。
 怖かったのね。痛かったのね。

 ゆりが慌てて駆け寄ろうとすると、れいこは今までにない表情で、少女を睨みつけていた。

 「許さない。私の特別なお友達に手を挙げるなんて。綺麗なゆりさんに。許さない。私の顔に傷をつけたなんて。綺麗な私に。」
 「れいこさん…?」
 「許さない…こんなこともう一度してみなさい。その時は殺してやる。跪かせて殺してやるわ。私のことを好きになることも許さない。今後、私の名前を口にしてみなさい、その時も殺してやる。」

 そこで、ゆりは気づいた。
 れいこは怖くて悲しくて、震えていたのではない。
 ただただそこにあるのは、絶対的なプライドと誇り。

 「早く消えて。私の前から消えて。貴女なんて大嫌い。」

 立ち直ることなどできないほどの罵声を次々に浴びせると、少女は泣きながら去っていった。
 (あとから風の噂で聞くに、その少女は退学してしまい、行方知れずになったというが、れいこ曰く知ったことではない)

 とはいえ。

 「れいこさん、なにも殺すだなんて。物騒だわ。」
 「何が物騒なものですか。あんな子がいる方が物騒よ。それに殺したいと本当に思っているのだから、隠す必要なんてないわ。いいこと?私とゆりさんを傷つける子なんて全員殺してやるんだから。私のプライドを傷つけたのだから、その倍にして殺すのは当たり前よ。」

 れいこの言っていることは理にかなっているようでかなってないし、やはり物騒なことには変わりない。

 ただ、それよりもゆりが感じたことといえば、れいこの揺るぎない自尊心。
 彼女のプライドを崩すものあらば殺すと言う。

 ゆりにはそれがなぜか、気高く羽根を広げる天使に見えた。
 逆らう悪は大天使ミカエルの如く剣を振りがさす。
 その頃のゆりは、自分が一度正しいと思ったものや人に対して分別なく、盲信する癖があった。

 それ故に、ゆりはれいこにただただ感嘆し敬服した。

 なんて、れいこさんは気高いの!

 「れいこさん、貴女、凄いわ。貴女ほど、高潔で美しい人は見たことがない!!」
 「私、一番綺麗で優れているの。そうでしょ?私の理想は、私の手で絶対不可侵な美しい花園を作ること。そのためには、みんなひれ伏すといいのよ。貴女は私を理解してくれる?」
 「ええ!ええ!れいこさんの考えは素晴らしいわ!誰よりも綺麗で聡明だわ!」

 ゆりがれいこを羨望の眼差しで見つめていると、彼女はゆりの手をとって言った。

 「ねぇ、今夜22時に森の教会に来て。」
 「教会?そんな夜中に?」
 「ええ、誓い合いましょう。これからの私たちのことを。」
 「でも、そんな真夜中に暗い森に行くなんて…。」

 ゆりが少し躊躇っていると、れいこはゆりの手をさらにギュッと力を入れて握った。

 「怖いなんてことはないわ。私が待っているから、必ず待っているから何も怖いものなんてないわ。」

 れいこはそれ以上、何をするか教えてはくれなかったが、ゆりの恐怖心は次第に薄れていった。

 れいこさんが待っているから大丈夫。
 きっと私たちは美しい誓いをするのだわ…と。

 22時。
 月が輝く夜。
 ゆりは、そっと寮を抜け出して、れいこの待つ森の教会へと向かった。

 今から入る暗い森の中には、悪い獣が潜んでいて引き裂かれ食べられてしまうかもしれない、見えない底なし沼に落ちて苦しみながら溺れてしまうかもしれない。

 それでも、絶対にれいこさんがいて、何があってもれいこさんが助けてくれるのだと信じて、ゆりは向かったのであった。

 「ゆりさん、待っていたわ。」
 「れいこさん!」

 暗い森を抜けて教会にたどり着くと、すでにそこにはれいこがいた。
 教会の電気は消されていたが、いくつかのキャンドルが灯っており、ほのかに明るく、またそれは幻想的なものであった。

 れいこが微笑みながら手招きするので、ゆりはひょこひょこと早歩きしながられいこに近寄った。
 ゆりは昔から早足が苦手で、普段からの歩みはゆっくりとしたものだった。
 それをれいこもよく知っているので、クスクスと笑う。

 「ゆりさんは、早足がやっぱり苦手なのね。そんなにひょこひょこと歩いたら転けてしまうわよ。」

 そんなことないわと、ゆりが一生懸命ひょこひょこ歩くと案の定、足がもつれて転げそうになった。

 「あらあら。」

 ぼすりと音を立てて、ゆりはれいこの胸の中に埋もれてしまった。
 漂う薔薇の香り。
 れいこは、背が高いものの、華奢な体型でもあるので、その薄い身体と細く長い腕に包まれると、ゆりはなぜかどきどきとしてしまった。

 とはいえ、れいこの胸に埋もれていても、彼女の心臓の音は至って波打って聞こえなかったので、自分だけがどきどきしている音を聞かれたらどうしようと、ゆりはれいこを引き離した。

 しかし、れいこがまた引き寄せるものだから、再びれいこの胸の中へと逆戻りしてしまった。

 しばらくそのままにされた後、れいこはゆっくりとゆりを引き離し、ポケットから何かを出してきた。

 「ロザリオ…?」
 「ええ、これをあげるわ。私とお揃いよ。」

 れいこの手にはキャンドルの光に反射して輝く金色のロザリオが二つあった。

 「私たちはずっと一緒。私たちは特別なお友達と神様に誓うのよ。」
 「誓う……。」
 「嫌かしら?」
 「いいえ、いいえ!いいえ!!私、嬉しいわ!」
 「よかった。貴女なら理解してくれると思った。」

 れいこは学校に映し出されるステンドグラスよりも美しく微笑んだ。

 「私たちはずっと一緒。ずっと同じ想い。ゆりさんは私の半分。私の全て。」
 「ずっと…ねぇ、でも怖いわ。れいこさんがもし、私を嫌いになったらどうしよう。もし、心が離れたら、私怖いわ。」

 すると、れいこはロザリオの先端をゆりの胸に突き刺した。

 「その時は私を殺して。同時に私も貴女を殺す。相打ちで死ぬの。私たちの気持ちが別れる前に、この世から別れるのよ。だから、私とゆりさんの気持ちは死ぬまでずっと一緒よ。ゆりさんは私の半分。私の全て。半分ずつ失えば全てを失う。ねぇ、怖い?」
 「…怖くなんてないわ。ずっとれいこさんと一緒なのね。それなら怖くなんてないわ!」
 「よかった。貴女なら理解してくれると思った。」
 「れいこさん!」
 「れいこでいいわ。私、気に入った子にしかそう呼ばせないの。私もゆりって呼んでいい?」

 ゆりは涙ぐみながら、何度も頷いた。

 れいこはゆりの涙を拭うと、手にしたロザリオにキスをした。
 ゆりもしてと、もう一つのロザリオを渡した。
 ゆりはそれに震えながらそっとキスをする。

 れいこはそれを確かめると、ロザリオを交換してと言いだす。
 これは私のものになったのではなかったのかしらと思いながらも、ゆりは先ほどキスしたロザリオをれいこに渡した。

 すると、れいこはおそらくゆりがキスしたであろう同じ場所に再び唇で触れたのだった。
 その瞬間、ゆりはあまりにも神聖なものを感じ、身震いをした。

 「これで私のもの。」

 この言葉を聞いた途端、どういうことか理解する前より先に、ゆりはれいこと同じようにしたのだった。

 「私、れいこと同じことをしたわ。交換したわ!ずっとこれを大切に持っている。ずっとお互いに交わした想いは一緒ね。」
 「貴女にしては物分かりが早いのね。貴女、いつも私のことを理解してくれる。」
 「ねぇ、私たちこれからもずっと特別なお友達なのよね。」
 「もちろんよ。私とゆりは特別なお友達。神様に誓ったのよ、ずっと一緒と。」

 二人は向き合うと両手を繋ぎ合わせた。
 そして自ずと額をお互い合わせて、神様に二人の想いを固く誓いあった。

 月夜の日の出来事。
 2人の特別を誓った生涯忘れえぬ夜。
 美しい少女たちの秘密の誓いは、赤薔薇が朽ちようとも白百合が汚れようとも永遠に消えない。

「神様に選ばれた私たちは特別なお友達。」


~完~

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