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妄想、野良猫、首長竜

 僕の通っていた小学校にはケンちゃんという男の子がいた。
彼はいわゆるちょっと遅れた子で、僕たちはよく彼をからかって遊んでいた。彼が転んだら大笑いし、遠足の時は同じ班にならないよう押し付けあったりしていた。
 彼がそこまで煙たがられていたのは、彼がどんくさかったからだけではなく、たびたび虚言を吐くせいだった。
しかもその内容は、昨日おばけに人が食べられるのを見ただとか気が付いたらお父さんとお母さんの中身が知らない人になってる、といった反応に困る不気味なものばかりだった。
 ある日学校へ行くと、ケンちゃんが大騒ぎしながら教室へ入ってきた。僕たちがいつものようにからかってやろうと近づいていくと、ケンちゃんは何やら石のようなものを手にしているのだった。
彼はどもりながら僕たちにこれは恐竜の化石なんだと説明してきた。

 僕たちは大笑いした。日本のような島国は恐竜のいた時代は海の底で化石は見つからないとこの前先生が言っていたのを僕たちは授業で聞いたばかりだったし、自慢げに差し出されたそれはどこから見ても小さなただの石でこれが大きな恐竜の骨だとは全く思えなかった。
そんなわけで完全にいじめっ子モードになった僕は彼が大切そうに見せてきていたそれを奪うと教室の窓から思いっきりぶん投げた。
突発的なウケ狙いの行動で投げてい、やりすぎだったかと後悔したがそれを見てクラスメート達は大いに笑い、私の中に生まれた懸念はすぐになくなった。
ケンちゃんは私の行動を啞然として見つめており、何が起こってるかわからないといった風にしばし呆然としていた。そしてニヤニヤしながら見られていることに気が付くと、顔を赤くし、声にならない声をもごもご言いながら教室から出ていき、その行動を見ていた僕たちはますます笑いあうのであった。

 ケンちゃんが死んだのはそれから数か月たった後だった。
車に轢かれそうになっている野良猫を助けようと車道へ飛び出し、結局野良猫もケンちゃんも轢かれてしまったらしい。
その話を母から聞き、まるで自分の今までの言動がケンちゃんを殺してしまったような後ろめたい気持ちともう彼の不気味な戯言を聞かなくていい安堵感が合わさった妙な気持ちになったのを覚えている。

 それから数年がたち僕はケンちゃんのことなどすっかり忘れていた。
高校生になった僕はある日新聞を読んでいた。普段はそんなもの読んだりしないのだが、あいにくの雨で友人たちとの遊びが反故になり、暇を持て余した結果、机の上に置きっぱなしになっていた新聞に目をやってみることにしたのである。
そこには日本の高校生が恐竜の骨を見つけたという記事が大きく載っていた。
それを見て僕は驚いて、そしてケンちゃんのことを思い出した。あの時はありえないと断じた恐竜の化石ももしかしたら本物だったのではないか?
だがもう何年も前のことだし、仮に本物だとしたから何なのだ。
そう自分を説得し忘れようとした。しかしそれから何日経ってもその疑問が頭から離れることはなかった。
とうとう我慢ができなくなった僕は親に頼み込み、冬休みに発掘された場所へと行く許可をもらった。

 電車で一時間ほど揺られると目的の駅に着いた。駅舎から飛び出すと僕は一目散に例の恐竜が発掘されたという川に向かった。多くの人がその化石を見ようと向かっていたため迷うことはなかった。
当然ながらすでに発掘は終わっており、近くでは発掘された恐竜の化石を展示するのであろう博物館の建設が進んでいた。
どうにか一目でも化石を見なければ
そう思ってあたりをうろついていると観光客らしき人々がむかう大きな東屋のような建物があることに気が付いた。
そこへ向かってみるとそこは博物館ができるまでのつなぎに恐竜の想像図や発掘した少年のインタビューの記事の切り抜きなどを展示しているようだった。ひときわ人の集まっている個所に博物館の目玉になるであろう恐竜の全身骨格があるのに気が付くと僕は前の人をかき分けてその前に何とかたどり着いた。
それはフタバスズキリュウの骨格だった。
首長竜という種族らしい恐竜のそれは近づくと見上げるほど大きく、恐ろしく感じた。
そして首長竜のひれの先端の骨は、ケンちゃんの持っていたものと全く同じだった。

 どうやって帰ったか覚えてないほど僕は動揺していた。
ケンちゃんは嘘つきではなかったのだ。きっとケンちゃんは他の骨も見つけており持ってきやすい小さな骨を選んで持ってきただけだったのだ。考えれば考えるほど動機が早くなっていく。ただのバカだと思っていた彼が一人で化石を発掘し、恐竜のものだと断定できほど賢かったとなるとある疑惑が湧いてくる。他の虚言も本当だったのではないか?
たびたび夜中聞こえる悲鳴のような声は猿の鳴き声なんかではなく人が化け物に食われた際の断末魔なのではないか?中学生の時に急に転向した親友は噂のように骨も残らず食べられたのではないのか?そして母が僕の五針も縫い痕に残ってる怪我の理由を忘れていたり、左利きだったはずの父がいつの間にか右利きになってるのもケンちゃんが言っていた通り何者かが入れ替わっているせいなのではないか?堰を切ったように疑惑が止まらない。

 まとまらない思考が頭の中で渦巻いているうちに家の近くまで帰ってきてしまった。どうするべきか考えていると後ろから声をかけられた。
「おかえりなさい、思ったより早かったわね。」
いつもと変わらない母の声だ。
「ただいま」
僕は答える。考えるのはもうやめた。たとえケンちゃんが正しくても僕はもう何もできない。当たり前が異常だったと認められるほど僕は強くはない。
そう思うととたんに気が楽になってきた。
買い物帰りだったのか母の持つバックからもぞもぞ動く音がする。覗いてみると土で汚れた太歳が蠢いていた。晩御飯は太歳の爛鞘焼きだろうか。
そんなことを考えてたらお腹がぐぅ、と鳴り、お母さんに笑われてしまった。
「すぐ晩御飯作るから先にお風呂入っちゃって」
と言う母とともに僕は家へ帰るのだった。


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