見出し画像

「ない」と言うと増えるもの

僕はいつも、「ない」と言う。
「そんなものここにはどこにもないよ。」
「あるはずがないよ。」

( —————。)

なんて、うつくしいんだ、君は。
甘い言葉、優しい抱擁、とろける笑顔。

それでも僕は、いつも決まっておんなじ僕だ。

「ない、ないよ。探したってむださ。」

ある時、君は無邪気に頷く。
ある時、君は訝しげに覗き込む。
ある時、君は種粒を藍色に染める。

「ない、ないよ。ほんとうに、ないってば。」

そして、君はそとずさる。
無数の背中の残像が、奥の奥に刻み込まれる。
ざざざと音を立てながら、香りを残して塵になる。

ない。ないよ。

ない。ないよ。

こだまの真空が僕を吸い込む。

銀色に映る、僕の顔。

ピンと張った弓が、じくじくと紫色に轟いている。


ない。ないよ。

じくじく、じくじく。広がる紫陽花。

ないよ、ないよ!

じわじわ、じゅわわわ。滲む菫汁。

ああ、ああ。おもい。

ここから先は

0字

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?