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なんかこう解せないのよ

うーん。ううーん。

うううううーん。

解せない。というか、余りにもあからさまなので、違和感も凄い。

どうしてもこうキツイ内容の記事を書いてしまうのは、〇ん☆ばちこーん!ばりに、相当に嫌な物を受け取ってしまうからスイッチが入るみたいな感じで。

という事で、個人的に解せない、拭えない違和感の理由を書いてみようと思います。


テンプレでもあるの?

あくまで個人的に目にする様になったのが昨年。

敏感、繊細、生きづらいの3ワードが闊歩してる有様を目にしたのがスタートなのでーすが。

1年経った今でも、

HSPという言葉を知って自分の生きづらさが分かりました!楽になりました!

ううーん?

あのさぁ。テンプレとかで書いてたりしない?

知って楽になったとか、安心出来たとか。

オススメの本だ、読んだ本だ、オススメの動画だ。

うーん?

昨年と変化してないってどういうこと?

普通に考えて、繊細さんだろうが、敏感でいきづらいだろうが、もう1年近く同じような内容をよく見かけるし、note側のおすすめに上がってくるのも、定期的に「知って楽になりました!」っていう内容も多い。

なんかもうこれは、心理学上の概念どころか、HSPという言葉や流行りから連なる特定のワードすらも隠れ蓑として悪用されてるんじゃないの?

という、見方が出来てしまうくらいに、違和感が凄いんですよ、ね。


これってもしかして?

偽装サークルですか?みたいな。

あとエキサイトからも

うん。

敏感、繊細、生きづらいの3ワードだけでなく、知って気持ちが楽になった、安心した、自分を知る事が出来たetc

流石に個人のらしさが出るより先に、テンプレっぽさが出るというのは、おかしすぎるんじゃないかなぁ、とは思います。

うん。

ただ、あくまで特定のごく一部かつ、もしかしたらこういう可能性があるのでは?という問題や疑問の提起、そして注意喚起というだけでしかありません。

あくまで可能性として、です。

それ故に、これを理由に全否定とか排除とか、流石にそれもやってしまえばただのおバカさんというのは分かってるので、やりません(笑)


ちょっと話を変えてみて

何はどうあれ、noteだろうがなんだろうが、流石に個人として意見を発信するに当たり、みたいな部分をちらっと触れようかな、と。

まぁ、記事だろうが、文章だろうが、やっぱり得手不得手が出てしまう物で、苦手な人が書くには難しさはあろうかと思います。

でも、自分の中に落とし込まないのはアウトだと思います。

簡単なワードだろうが、なんだろうが、自分が自分として意見を言えないとダメ。

記事だろうが、文章だろうが意外と難しいというか。

SNSにしろなんにしろ、自由に使うのは良いんですが、自由に使い過ぎるとその分のツケって跳ね返るんですよね。

それ以上に、日本は匿名性重視なので、気が緩むんですね。

道具を使う側として、使い方を覚えて扱わないといけないのに、こんなの簡単だし、どうせバレないしwって迂闊な扱い方をして、大事故になる。

道具を使ってるつもりが、道具に扱われてる、振り回されてるっていう姿を露呈するわけです。

で、それが行き過ぎると好き勝手やってるが故に指摘をうけるわけですが、自分の迂闊さが原因なのに、他者の責任にしようとして大暴れ。

ここ数年で、顕著になってきてるネットあるあるな話なんですよね。


高度経済成長の過程で、扱う為のマニュアルの不備や、事故が無いが故のなぁなぁが原因で大事故になるってのがね。ちょこちょこあったんですよ。

経済成長の過程=様々な機器も絡んだ事故なので、命に係わる様な事例もそれなりにあって。

今となってはそれで失われた命があるからこそ、マニュアルだ、教育だが充実してるとも言える。

とはいえ、事故が完全になくなるわけでもないんですけどね。

個人としての興味で、こういう動画も見てたりします。

感覚的にピンと来たら触れてたら、いつのまにかこう言うのもよく見るようになってただけなんですが、それでも記事を書くときに役に立つ部分があるんですよ。

なので、興味の有無に限らず、ピンときたら色々触れてみるのも良いと思います。

そうあると、感受性も少なからず伸びるかもしれません。

それ以上に。

色々知っておくというのは、こういう記事や文章を書くときに意外と役に立つんですよ。

そして、そういう知るという事を積み重ねていく事で出来るのが人間の成長っていうんですかね。

人生とは学びの連続でもある。

意外とそういうものって実感できるので、楽しめるかもしれないですよ。


あとがき

もしかしたら?という可能性から、違った方向性で触れてみたわけですが。

なんていうかねぇ。

ブームのあるあるワードって、なんかやっぱりこう嫌な物を感じてしまう原因が寧ろ見えてしまったというか。

学術的な内容は難しさがありますが、突っ込んで触れなきゃ理解出来ないって物でもないので、上辺だけに踊らされず、中身に触れるのはやっぱり大事だと思います。

知っているからこそ出来る応用ってありますし、その応用が出来る様になるためには、色々触れて知って考えるという事を繰り返す必要もあると思います。

そういう意味で、自分が普段触れてる事故事例を扱った、Youtubeのチャンネルも挙げてみました。

知るってのは、何かをする、行動を起こす為の、最初の一歩なんですよね。

場所を知ってても、道を知らなければ辿り着けないし、道を知ってたとしても移動にかかる時間を把握出来て無ければ遅刻もする。

ミスを回避するには、経験で思い知るのが一番でもありますが、それだとダメージが大きくなりすぎる事もあるので、知ってる事から想定=シミュレーションするのも大事だと思います。

そして、それを成し得る助けになるのも、感受性とそれによる気づき、察しだったりします。全部ではないですが。

そういう意味でもね。

生きづらいっていうなら、知って触れて学んで。

そして、自分に取り込んで活かす。

そういう物だと思いますよ。

という事で今回はこれにて。

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