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言葉先行の罠

言葉ばかりが先行しても、良くないと思うぞ byコアラ

HSPについてあれやこれや述べてますが、言葉先行でその中身がついてきていない悪さ、というのも日常的に散見しています。

認知されるのはいいんだ。でも、言葉ばかりが先走って、イメージでついた誤解が合わせて認知されつづけてるのも人の世。

いい加減にしてください、って言いたくもなるもんです。

その辺をかいつまんで話してみようかな、と思います。

今回は少し厳し目です。トゲトゲのトゲ人間担ってると思います。予めご了承くださいませ。


HSPという言葉の話から

この言葉は数年前から知ってました=今ほど表に持ち上げられる前から、こういう人がいるという概念は知られてました。

その頃は、他に騒いでましたからね。

うつ病、ニート、引きこもりという感じで。精神疾患なんて、他にも不安障害やパニック障害、PTSD、双極性障害、統合失調症etc、いろんな症状があって中には関係性があり○○という疾患と誤解されやすいとか、診断には慎重を期すとかそういうのもあります。

ニート=NEETにしたって本来外来語。意味を突っ込んで調べれば、相当に条件で狭められるだけでなく、明らかに自分の意思で働かない人だったのですが、「働けるのに働かない人」とだけ取り上げられてしまい。

引きこもりだって、何故そういう状態になってるのか?という当事者本人には触れず、困ってる周囲の人だけとりあげて、通院してるような症状は無いか?そうあるなら医師の見立てはどうなのか?等が完全に置き去り。

そして、HSPも同じくです。

なんかよくわかんない、日本独特の言葉を紐付けて持て囃してる。

HSPって言葉は、心理学上の概念で……みたいに始まる話は少なく、そうあったとしても即座に、繊細さんとか敏感で繊細な人とか、何故そうなる?という話にしかならず。

いやいや、それはあくまで掻い摘んだ簡単な物言いでしかなく、HSPの本質からは遠い言葉ですよ?

勝手に言い換えてるだけで、中身も無い。

中身が無いから、HSPという言葉が意味するところは置き去り。

ほんとこう、ネットの普及に合わせて炎上だなんだやたら滅多に断罪しようとする人ばかりではなく、自分がいいように言葉をすり替える人も増えててなんだかなぁ、なんですよね。


それは何故か?どうしてそんな言葉が出てくるのか?

悪い意味での情報慣れ

そういうのも、発生してるだけでなく根付きつつあると思います。

まぁ、単刀直入にいえば、「想像力が欠如してる」ってところですかね。

言葉にしろ、情報にしろ自身が目にするところまでに来てるというのは、何らかの作用があって出てきてるという側面もあります。

どうしてそんな事件が起こったのか?

どうしてそんな言葉が生まれたのか?

言葉だって人間が生み出さなきゃ出てこないんですよ。勝手に、自然と、生まれてくるものじゃないです。人工物みたいな物ですからね。

なので、何故そうなるのか?みたいな、原因も必ずあるわけで。

それが自分に心地いいから、都合がいいからって、流石にねぇ。

都合のいい言葉だけを、自分に準備された言葉みたいに扱うのは、調子良すぎって話にもなります。

現実の事件は、そういう事件が発生したという事態があるのでまだわかります。とはいえ、その事態になるまでの経緯や、人の気持ちの動き、経験やそれを積み重ねた環境というのが置き去りなのは良くないとは思いますが。

言葉だって、そういう言葉が生まれるまでの何かが必ずあるんですよね。

故事成語というのが、まんまそれ。過去にあった事態、事象からその様な様を当てはめて表現するようになったというもの。

逆に見ていけば、故事成語としてそういう表現をされるようになったのは、起因する事態、事象があったから、という感じにもなるんですよね。

なので、逆転の発想というか、過去や経緯をたどれば色々見えてくるものがあるものでもあります。

そういう意味では、まんま受け取るよりは、自身で調べて考えて自分の中に取り入れてから使わないとダメなのでは?と思います。

それをする上で都合の良し悪しなんかは除外で。

よく、そんな事言ってたらブーメラン、なんて表現も目にすると思いますが、そういうことだと思いますよ。

都合の良し悪しを過分に盛り込んでたり、調べもしないまま適当に扱ってたりして自分より知ってる人に出くわす。

その、自分より知ってる人は何故知ってるのか?

興味があって調べたり、触れたりしてるからでは?ってね。


何事にも裏がある

ま、何事にも裏があるもんです。

本音と建前とまでは行かなくとも。

というか、個人的には目の前に出てるものは現実でしかなく、伝わってくる情報に真実なんてないと思ってます。

真なんて言ってしまうと、真偽っていう言葉があるように真か?偽か?というに、善悪二元論みたいな1か?0か?っていう、両極端かつ大層な事になってしまうのではないでしょうか。

そこまで行くと、それが絶対っていう感じでね。

裏や隠れた意図がある内容なんて真実の真からは程遠いですし、目に見えてしまってる時点で現実の中に吸い込まれてしまうという感じで。

それ以上に、真実って言葉を使ってるだけで、蓋をされてる臭い物を隠してる事が殆どなんですよ。言わんとする事の趣旨に合わせて切り貼りしてるみたいにね。

それ故に中身が無い、言葉も軽くなってる。そういう軽さみたいなのも感じてしまいます。

かといって、全部が全部疑ってるというわけでもなく。

掘り下げていくと視野が広くなりもしますので、気が付けば広くなった視野に吸い込まれてしまってて、大して引っかからない内容になってたりもします。

とはいえ、HSPについては触れすぎという相反する物を、自分で実感してたりもしますけどね。


まとめ&後記

まとめだけじゃなく、後記じゃないかな?書き終わった後の〆を書くのって。

という意味で、後記とか付け加えたりして。

まぁ、気持ちは分からなくもないです。

とはいえ、過剰にハマり過ぎるのは良くないと思います。

無知は罪という言い方もあります。知らなかった、じゃ済まされないみたいな。

HSPなんてのは、その人の根幹みたいな部分に触れかねないような内容だと思います。その人が、その人である所以、そう言う部分というね。

それを、適当な言葉で、中身は知らぬ存ぜぬ、都合の良い部分だけ扱うってのは、繊細さんって言いつつ他者を傷つけてるっていう、どうしようもない矛盾も生みかねません。

繊細じゃなくて、弱い自分可愛そう、ってだけじゃん。時として厳しい事も言うのはその為です。

こういう部分があるので、HSPに限らず言葉の扱い方は考えた方が良いのでは?みたいな話も出てくるわけで。

時にそれが、ネットマナーや、ネットリテラシーみたいな言葉になる事も。

ネットだってある種のツール、道具なんです。使い方を覚える前に手を付けれるような時代なので仕方がない面があるのもわかります。かと言って、あれもこれも時代だから仕方ないって片付けてるようだと、間違いなく誰かの心を踏みにじる事になります。

そして、それが集団化する事でそこで発する心地よさから、ネットでの叩きやイジメ、誹謗中傷があるんだと思いますよ。

事があれば騒ぐけど、喉元過ぎれば熱さを忘れる、とんでもない時代にもなったなぁ、という相反する物がどうしても否めないのでした。

それでは。

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