「今」をお伝えします。

さて、この話から「note」はじめるつもりでは全くなかったんですが、いい機会と割り切って書きます。

【感染のこと】
1月13日にPCR検査を受けて陽性が判明、症状が出た日の翌日起算10日間の「自宅療養」となりました。
幸い症状も軽く熱もすぐに引いたので、保健所の指示通り18日から通常生活に戻れることになりました。
「幽閉」中の生活は、いいのか悪いのか(笑)普段とほぼ変わることなく感染ストレスは皆無でした。
たくさんの方にご心配とサポートいただきましたことこの場を借りて心より感謝申しあげます。


【老母のこと】
91歳になる同居の母は不幸中の幸い、私が感染する前にショートステイに預けていたので接触を免れました。

とは言え、自力歩行できなくなり、私が完全介護しきれなくなってショートステイのお世話になることを決断した事情からすれば、都度都度変化する状況に応じて本人にとってベターな選択をしできる限りのサポートをすることが私の役目です。(などとしおらしく言っておく)


【自分のからだのこと】
里山移住4年5ヶ月、当初は肉体的に酷使して不調になったことが多少ありましたが、大きなケガ、病気を患うことなく健康体で暮らしてきました。

その要因は、里山の豊かな環境の中で生かしてもらってるという感覚によってストレスフリーでいられたからだと思います。

今回のことは私にとってはむしろ自然の一員であることを再確認でき、さらには自己免疫性能を高めてくれたと感謝しています。
なので何が起きても(外圧にも屈せず!)医者いらず薬いらずで生きていくことに決めています。


【あらためて、、、自分がこの里山で家族と離れてまで暮らすワケ】
人は誰も幸せを望みます。(望まない人がいたらこそっとご連絡ください)年齢、地位、立場、権力の有無、貧富関係なく。ただ、何を「幸せ」と思っているかはそれぞれです。
私は過去の自分と決別して「自分が自分であること」をいつも確認したかった。幼少期からの忌まわしいトラウマ(何かは聞かないで!)
に苛まれるのが耐え難かった。長い時間と葛藤を経てようやく安住の地にたどり着いたのです。
幸運なことに3人の子どもたちは今はみな独立してしっかり自分と向き合って立派に生きています。妻とは今はそれぞれの想い、やりたいことを尊重すべきと合意の上で別々の場所で暮らしています。(仲悪いんじゃないですよ)
人生で初めて100%能動的に自分に道筋をつけることができ、それがこうも自然環境や周囲の人たちといい距離感の関係でつながることができ、これ以上の幸せを望むことはありません。ホントに。


【世の中に思うこと】
相当の確率で自分は「天邪鬼」だと思います。そう思って聞いてください。

もう「社会」は存在しません。壊れました。一定の倫理、秩序が前提でその上に制度や仕組みができバランスを常に意識して変化を繰り返しながら進化するのが社会です。どうでしょう。この前提がもうほとんど崩れたと思いませんか。あえて具体的事象をここでは言いませんが…。

戦後の日本の歩みを否定する気は毛頭ありません。恩恵も受けてきました。すべては「経済成長」という錦の御旗の下でなされてきた結果。ただ、恣意的であれ不可抗力的であれ「変化」に対して本質を見ないようにして表層的な成果だけを追い求め、破綻したあとも失敗を認めず、取り繕ってきたツケが、忖度しないv-i-r-u-sちゃんのおかげで完全に露呈しました。

実体的経済成長のもはや来ない時代、しかも近代史のなかで初めてのスタグフレーションが起きて、パイの食い合い、収奪が露骨になって、どんどん貧富の差、分断が広がって人々の「人間性」が破壊されている現実をどう受け止めますか?この状態でどうやって「幸せ」を感じられるというのでしょう。

これは一人一人の問題です。自分自身に向き合えるか、その一点にかかっています。

命のありよう、人権、個の尊厳というものをこの国の教育体系では身につけることはできません。
「社会」を取り戻すためには「教育」の質を変えるしかないと思っています。

(さてどこから手をつけるか・・・えっ?手をつけるの??? フフフ😎)


【どこまでも当事者・実践者であること】
他人の、あるいは世の中の尺度で動く、つまり選択の自由や自己決定権を放棄することは自ら安定安寧を放棄する自虐行為と言えます。いつも不安と不信につきまとわれます。

そこで「正常性バイアス」が作動します。

不安や不信を覆い隠す、感じないようにする生理的反応として、無関心を装う、逆に強者への服従・盲従、他者へのネグレクト、誹謗中傷、場合によっては暴力や虐待行為になることもあります。

どんどん「幸せ」から遠ざかります。

もちろん、現実社会で生きている限りいろんな不具合不条理は尽きません。
社会課題として問題意識を持ち制度や仕組みの改善を働きかけることはとても大切。ただ社会の重い構造的欠陥をただすには気の遠くなるような莫大なエネルギーと時間が必要です。
ではどうするか。

まずは足元を固めよう。自分の暮らしを守る、そして知的・文化的・環境的資源を次世代につないでいくためにできることをやる。自分の場合、それが、自給自足的な暮らしであり、だれもが無条件に関われるあるいは関わらなくてもいい自由な居場所を恒常的に提供するということなのです。
なんとかスキマを見つけてニヤッとしながら「実践者」として生きています。


【で、これからのこと】
次の5年・・・というスパンで目標設定をするタイミングがきました。
最初の5年で「シェアコミュニティーの確立」を目指してきて、達成度7割という感触。
この先5年で地域の環境が劇的に変わると予想します。一番は農林業の担い手の消滅。二つ目はそれに伴って農地、山林の放置もしくは乱開発による荒廃。三つ目は超高齢化超少子化労働人口の流出による行政機能・公的サービスの劣化。
これらは日本中どこの地域も同じ課題。なので通り一遍の行政対策では絶対解決しません。ではどうするか。視点を切り替える以外になし。
人口減に応じた「降りてゆく生き方」にシフトすること。
具体的にロールモデルが示せれば、あとに続きやすくなるはず。どういう形で実現するか、自分の能力、キャパシティー、感情のコントロールを考えながらじっくり急ぎます(笑)
プロジェクトが明確に立ち上げられる時期が来たら改めてお伝えします。


【最後に言い訳とお願い】
考えていること、動いていること、伝えたいこと、たくさんあるんですが、自分の中で交通整理がままならない状況です。(キャパ小さっ!楽しいけど😜)
興味ある方はぜひ私にクサビを打ち込みに来てください!
お礼に自家自然栽培スペシャルブレンドハーブティーをサーブいたします(^_-)-☆

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