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カメのミシミシ、ウォータースライダーを滑る

すっかりデッキプールが気に入ったミシミシは正規の乗客として認められたということもあって、毎日プールに通うようになりました。
もう、船内新聞につつまれて、誰かに見つからないようにびくびくしなくても大丈夫。
ジョンがいなくても廊下を歩いて一人でプールまで行けるのです。 
なんなら廊下を歩いているミシミシを見かけた親切なクルーがプールまで連れて行ってくれることもあります。
今日はラッキーなことにルームサービス用のワゴンに乗せてもらえました。

「カメの足だと歩みが遅いから、助かります」
「お手伝いできて光栄です、ミスター」
クルーもなんだか嬉しそう。 
その浅黒い肌のクルーは南方の出身で、故郷の村にはおおきな池があり、カメを神様の使いとして大切にしていると話します。
「カメは大切、お客様も大切です。ミシミシさんはとてもとても大切」
「ぼく、カメでよかった」
ワゴンからプールサイドにおろしてもらって、クルーと別れます。

今日のミシミシには挑戦したいことがあるのです。
すいっと大きなプールを準備運動代わりに一周泳ぐと、おもむろにプールサイドに上がります。
デッキの端には上の階層に行くための階段があり、そこを登るとひときわ見晴らしの良い展望エリアです。
ビュッフェの料理をここで食べる人もいます。 

そして、この階層から下の階層へ向かうチューブはいわゆるウォータースライダーというものです。
人々が叫びながらスライダーから飛び出してくるのを見て、やってみたいなあとミシミシも思っていたのです。
「ウォータースライダー、お願いします。カメ、いっぴきです」 
そこにいたスタッフにそういうと、スタッフはすこし思い悩む様子です。
「……ライフジャケット、つけます?」
「あ、大丈夫です。溺れたりしないので」
「だよね」
ミシミシはウォータースライダーの入り口に立ちました。 

スライダーの中で立ち上がってはいけない、途中で止まってはいけない、スライダーから出たら、速やかに出口から離れること。
などなどの注意事項を聞いて、いよいよ出発です。
「ウォータースライダー、初めてです?」
「うん、初めて!」
「じゃあ、楽しんで!」
スタッフもなんだかも楽しそうです。 
とん、と甲羅を押されると、次の瞬間ものすごい速さの水勢に流されていました。
こんなの、故郷のピッピ川が大雨で氾濫した時みたいです。
しかもスライダーにはもちろん角度が付いているので、止まることなくどんどん滑り、流れていきます。
直滑降、右カーブ、左カーブ、また直滑降。
そして螺旋状にくるくる、と何回か回って、最後にはぽーん、と直滑降から外に飛び出しました。
飛び出した時、空の青さがよく見えました。
「あ、ぼく飛んでる!」
飛んだのは一瞬で、そのあとはプールに着水します。
もちろん、言いつけ通りすぐにその地点から泳いで離れました。 

なんだかすごく、何かをやり遂げたような気持ちになって、ミシミシは部屋に帰りました。
ジョンは気だるい様子で読書中です。
「おかえり」
「ただいま!」
ミシミシは甲羅の間に残っていた水滴を、ジョンに拭いてもらいます。
「あのね、ウォータースライダー、やった」
「気は確かか」 
「すごく面白かったんだよ!しゅーって滑って、さいご、くるんくるんってなって、すぽーんって発射したの!」
「発射?君がか?」
それは面白い、と、ジョン。
「ジョンも明日やろうよ」
「僕は、いい」
なら明日も一人で行こう、とミシミシは思いました。
「それより腹が空かないか?」

おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります