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カマキリの卵を見つけたら(72侯/蟷螂生)

カマキリの卵ってみたことがある?
泡みたいなものに包まれて、その中に卵がたくさん入っているんだ。
孵化するといちどきに何千匹も、小さなカマキリが出てくる。

ある日突然、カマキリの卵が産み付けられていて、村は朝から大騒ぎだった。
その大きさはちょっとした小屋くらいあって、いつか孵化したときにどれだけ恐ろしいことになるかは、誰も話さないけれどみんな分かっていた。
「…燃やすか」
ぼそりと、誰かが言った。
ざわざわ、と、賛同のざわめきが広がる。
その時に遅れてやってきたのが、爺い様だ。

爺い様は村では一番の年嵩で、物知りで、昔のことをよく知っているが今日食べたもののことは覚えていない。
「おお、これは、カマキリの卵だな!百年ぶりに見たなあ!」
爺い様は久しぶりに見たものは何でも百年ぶりと言うので、実際のところは分からない。しかし、他の村人たちがカマキリの卵が村に産み付けられたことを知らないのは確かだ。
「爺い様、この卵、燃やそうと思うんだが」
「燃やすか!かーっ」
爺い様はすぐ痰が絡む。
「カマキリはな、益虫なんじゃ。そんなことをしたら罰が当たるぞい」
村全体のコンセンサスが取れていたところに来て何を言うんだこの爺いは、という雰囲気に全体が包まれる。
「しかし、成虫のカマキリは危険です。いつかも村の者が狩りで出会って、ひどく怪我をした」
「俺な」
当人が腕をまくって見せると、そこには大きな傷跡が残っている。これは確かに、カマキリの恐ろしさを実感するところだ。
「カマキリ様を怒らせるようなことをしたんじゃろ」
爺い様はにべもなかった。
「かつて、多分百年前、この村にカマキリの卵が産み落とされたことがあってな」
爺い様の長い昔話が始まった。

あれは前の年が猛暑だった翌年のこと。
村外れの木に、大きな大きなカマキリの卵が産み付けられた。
その時の長老は婆あ様といって、百年くらい前に遠い村から嫁いできた巫女だった。
婆あ様はカマキリの卵の保護を命じ、村人たちは卵にアリなどが寄り付かないように気を配った。
ある日突然卵は孵化して、中から何千匹もの小さなカマキリが出てきた。
小さなカマキリは害虫 アブラムシを食べ、村人たちはたいそう喜んだ。

ざっと要約するとそんな話だったのだが、ここまでに二時間かかっている。
「と言うわけでな、カマキリは益虫なんじゃ。大カマキリになったら、アブラムシより大きな害虫を食べてくれるぞ」
「俺たちだって食われるかも知れないぞ。肉食だろ」
ちちち、と爺い様は立てた指を振り振り、その反論を制止する。
「カマキリを飼いならすんじゃ」

村で孵化した小さなカマキリたちは、村人が敵虫に気をつけていたとはいえ、他の虫に食われたりしてどんどん少なくなっていく。
成長するにつれ、行動範囲が広がって村から離れていくカマキリもいただろう。
そこで、頃合いを見計らって、成長途中のカマキリの中で良さそうなのを何匹か、村で飼いならすことになった。
というのも、婆あ様の生家は虫使いの家系で、婆あ様も虫を飼いならすのに長けていたのだった。
比較的賢く、獰猛過ぎない個体を何匹か選んで印をつけ、毎日村人が餌をやるようにすれば、やがてカマキリは懐いてくるという。
ゆくゆくは繋いでおいて、人のやる餌だけを食べさせていれば、村人や家畜を襲うこともない。

そういった話を、爺い様が小一時間かけてしてくれた頃には、集まっていた村人たちは半分くらいになっていた。
女たちは家事があるから帰ったのだろう。子供たちは飽きてどこかに行ったのだろう。
じっさい男たちも飽きている。
「そんなことしたって、上手くいくとも限らないし…」
爺い様はふたたび、指をちちち、と振った。
「上手くいけば、カマキリライダーになれるぞい」
「カマキリライダー…?」
「カマキリに鞍をつけて乗って、狩りに出たり、戦に出たりするんじゃ。かっこいいぞ」
「それは…」
「かっこいい…」
残ったのが男たちだけなのが良くなかったのだろう。結局、村の会議は満場一致(女と子供は欠席)で、カマキリ育成プランを採択することになった。

「カマキリに乗って戦えば、猫もニンゲンも怖くないぞー!」
「おおー!」
トレーニングと称して、日々ランニングに励む男たちを見る目は冷ややかだ。
今のところまだ、卵は孵化しない。

おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります