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コネコとシイナさん、熱海のうろんな温泉にゆく【第3話】 #コネコビト

熱海では海に向かう斜面を下り、海沿い飲食店が点在しており、まずはコネコが空腹を訴えるので目についた海鮮丼ののぼりのはためく店に入ります。
丼以外に刺身や焼き物もあり、酒類の品揃えもなかなか。
「コネコ、お食事券があるから海鮮丼にしますにゃ」
「とりあえず、海鮮串盛り合わせとー、サーモン昆布締めとー、老舗豆腐店の厚揚げと、ぐり茶割り、でお願いします」
「ぐり茶? ぐら茶もあるにゃ?」
たぶん、ありません。
ぐり茶は渋みの少ない伊豆お茶。甲類焼酎で割ると甘さが際立ちます。
お食事ももれなく美味しくて、コネコもシイナさんも大満足となりました。
愛想を振りまくコネコが店員さんにアイスをサービスしてもらっているので、シイナさんも追加の飲み物を頼みます。
「ひれ酒、ください」
磯自慢と迷ったのですが。
蓋のついた茶碗に入って出てきたひれ酒は、卓に置かれるなり店員さんがマッチを擦って火でアルコールを飛ばしてくれます。
一瞬ぼわっと燃えて、燐のにおいがなんだか花火の日みたい。
「今日の花火もね、楽しみですねえ」
着物を着た店員さんが誰にともなく言いながら、蓋を開けてくれます。
ふわんと広がる海の香り。
ひれ酒は、海の栄養と芳醇なアミノ酸の味がしました。

店を出てコネコとシイナさんは海沿いの道を歩きます。日は暮れたけれど、少しだけ海の向こうに明るさが残っています。お腹はくちくなったけれど、せっかくの熱海だしもう一件行ってみたい気分。
山から流れてくる川を渡り、今度は川沿いに斜面を登ります。
この川沿いはちらほらとライトアップもされていて、水の音が聞こえて、風情のある道です。
ふと路地を覗き込むと光るような白い壁のバーがあり、その店でもう一杯を楽しむこととします。

「いらっしゃいにゃあ」
なんとその店は、コネコビトの店でした。
デニムのエプロンをつけた、白黒斑模様のコネコビトがカウンターの向こうでグラスを磨いています。
「どちらから来たにゃ? 観光ですかにゃ?」
「温泉にきたのにゃ」
「とーじ、にゃ」
「にゃにゃ」
コネコビト同士、何かが楽しいのかうにゃうにゃと笑い、お通しには小袋に入ったナッツが出てきます。
「おひとりで?やられてるんですか?」
「にゃあ。ニンゲンがいるんだけど、飲み歩きに行って帰ってこないのにゃ」
ネコだからできないメニューもあるけれども、と言うので、とりあえずシイナさんはハイボールを。コネコはおすすめだというレモンスカッシュを頼みます。
「このレスカすっぱいにゃあ!」
「ガムシロップで好きな甘さにして飲むのにゃ」
一口もらって飲んでみると、レモンを絞ったままの強烈な酸っぱさ。二日酔いや夏ばてに効きそうな味です。
コネコはシイナさんからグラスを取り返すと、無言でガムシロップを全部入れました。

「どちらにお泊りにゃ?」
と聞かれるので、もちろん【山猫軒】と答えます。
「にゃにゃ。コネコビト連指定のとこにゃ」
「知ってるにゃ?」
「知ってるにゃ。お化けがでるのにゃ」
店の外で、花火の上がる音がします。
「おばけって…」
「ボイラー室の隣の小屋に、お化けみたいに大きなうろろんがいるにゃ。あんまりに大きいから、ふだんは小屋の中にみっしり詰まって眠っているにゃ。何年かに一度、うろんをすすりに目覚めるのにゃ」
「うろんを啜られたひとは…?」
「すっきりするにゃ」
単なる温泉の効能のような気もします。
「うちのオーナーも見たことがあるのにゃ。あいつ、いったいどこで飲み歩いてるのかにゃ」
どーん、どーん、と立て続けに花火が上がったあとは静かになりました。
どうやらこれがクライマックスで、今日の花火は終わりのようです。
お会計をして外に出ると、花火の後の火薬の匂いだけ、海の匂いに混じって空気中に漂っています。

おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります