コネコとシイナさんとお盆の話:1 帰れない精霊馬
おぼんぼんぼぼん…おぼんぼんぼぼん…。
お盆のテーマソングを歌いながらコネコが帰ってきました。
「ターミネーターでは?」
とシイナさんは力なく突っ込みます。夏バテ気味なのです。
「道できうり拾ったにゃ。齧るにゃ?」
コネコが握りしめる胡瓜には、竹ひごで脚が4本、ついています。
「これ、精霊馬じゃないかなあ」
「にゃにゃ?」
「お盆で帰ってくるご先祖様を乗せる馬だよ」
「きうりなのにゃ?」
早速冷蔵庫から天山寺味噌を出そうとしていたコネコが首を傾げます。
「そうなんです…。私、お盆の国から来た精霊馬です…」
弱々しく、小さな声で、ウマは話し始めました。
「まだお盆は始まっていないけど、どうしてこんなところに?」
「あの…競馬っていうのを見てみたくて。日本以外の国へは、お盆の国からはなかなか行けないものですから」
「お馬がお馬、見にきたのにゃ」
「ニンゲンだってニンゲン、見てるじゃないですか」
芸能って大体それです。
「それもそうにゃ」
「最終レースまで見ていたら天候が崩れ始めて、急な落雷に打たれてしまって」
「大変にゃ」
「飛べなくなってしまったんです」
「…それは、大変だ」
醤油皿に入った水を、精霊馬は美味しそうに舐めます。
「本当ならお盆の前にこっそり帰ろうと思ってたんですけど…」
「飛べなかったら、帰るのはどうするにゃ?」
「もうすぐお盆だから、相方が迎えに来てくれたら、いいんですけど」
「相方?」
「牛です。あ、茄子ですけどね」
馬のにおいをかぐと、青い胡瓜のにおいがしました。
「カマキリとか寄ってきそうにゃ」
「齧られるの苦手なんですよ」
とりあえず金山寺味噌は冷蔵庫にしまいます。
ひと晩経ち、馬は少し元気になりました。トゲもつやつや。
「お盆の国ってどこなのにゃ」
「あの世とこの世の間ですよ」
「どんなとこ?」
「胡瓜の馬と茄子の牛が沢山いて…帰る人や戻る人がいて…。バスタ新宿みたいな感じです」
「にゃ」
コネコはバスタには行ったことが無いのです。
「あの世のひとたちは、基本的にはひとりでこちらには来れませんからね。牛や馬に乗らないと」
「行きが馬で帰りが牛なのにゃ。知ってるにゃ」
昨日、シイナさんに聞いた知識を早速ひけらかすコネコです。
「必ずしもそうじゃないといけない、ってことでもないんですよ」
「にゃにゃ?」
「馬の方が速い、ってだけの話でです。牛の方が積載量は多いですよ。それに片道しか乗ってもらえなかったら、迎車と回送ばかりでたまったもんじゃないです」
「そういうものなのにゃ」
「配車に偏りがないように、基本的には一頭こっちにきたらもう一頭あっちに帰るようになるんですけど」
お急ぎの方やせっかちの方は胡瓜の馬で、空の旅を楽しみたい方や酔いやすい方は茄子の牛で、お好みに合わせて利用しているんですね。
「ご子孫の方達は、行きは速くて帰りは遅く、なんて言いますけど。そう上手く行く時ばかりでもないです」
「亭主元気で留守がいい、みたいな話なのにゃ」
「豪華なフルーツセット売ってたのにゃ!」
「それはお供え用…」
お盆が近くなると、近所のスーパーにもお盆用品が並び始めます。
台に乗った砂糖の塊とか、カゴに入った果物とか。お線香とか。菊系の花束。
「ご先祖様はこういうのが好きにゃ?」
「昔の人だからねえ…」
「甘党なのかにゃ」
【つづく】
おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります