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カメのミシミシ、ビュッフェに行く

赤ピッピから来たカメのミシミシは、故郷に戻るための船旅の最中です。
道連れはニンゲンのジョン。
ジョンはミシミシをスイートルームの同室に誘ってくれた、いいやつなんです。

出港から数日。
海は荒れることもなく、空は青く、雲は出てきたり引っ込んだりして、平和です。 
ご飯は毎日、ジョンがどこかから持ってきます。
甘くてみずみずしいフルーツや、皮がパリッとしたウインナー。
恐ろしく完璧に半熟のゆで卵。
「食べられないものがあったら、僕が食べるから残して」
とジョンは言うのですが、どれもこれも美味しいものばかり。
食べ過ぎで最近、甲羅がパツパツです。 

「嫌いなものなんてないよ。僕は雑食だし、それに、ここのご飯はぜんぶ、何でもすごく、美味しいよ」
「それは良かった」
ジョンが言うには、船の中にレストランがあるのだそうです。
船に!
レストラン!
「すごいなあ」
レストランで食べても、ジョンのように部屋に持ち帰っても良いのだとか。 
しかもレストランは何軒もあるそうで、まるで晩餐会のように様々な料理が順々に出てくるようなお店や、目の前で肉や魚を丸ごと焼き上げてくれるお店もあるのだとジョンはいいます。
「でも、そんなところに一人で行っても肩身がせまいからね」
ジョンか持ち帰ってくるのはいつも、ビュッフェの料理です。
「ビュッフェはいいよ、好きなものを好きなだけ食べられるし、嫌いなものはパスできるし、気に入ったらおかわりもできるし、誰にも気兼ねないし、何より部屋に持ち帰ってふたりで食べられる」
話しながらジョンはふと、なにかを思いついたようです。
「そうだ、ミシミシ、君も明日はビュッフェに行ってみる?」
「え、いいの?」
「そんなに混んでいないし、大丈夫だよ。食べたいものを自分で選ぶのは楽しいものだ」
「それは楽しそう」
ミシミシは、ジョンが選んでくれた食事を部屋のバルコニーで優雅に食べるのもとても気に入っていますけれど、きっとジョンとビュッフェというところに行くのも同じくらい楽しいと思うのです。

あくる朝、ミシミシは船内新聞に包まれて、ジョンの小脇に抱えられて、初めてビュッフェに行きました。
「ついたよ」
と言われて、そっと新聞紙をめくり上げて見てみると。
すごい!
ジョンが話していた通り!
長いテーブルにいろんな食べ物がずらりと並んでいます。
「なに食べたい?」
「えっとね、えっと」 
焦らずとも、順番に見ていけば良いのです。
まずは果物と野菜のコーナーから。
大好きなのはバナナとマンゴー。
小さな青リンゴは丸ごとひとつ。
美しくスライスされたトマトからは青い香りの水気が滴っています。
「ミシミシはヘルシー好みだね」
「そうかな」
きゅうりとレタスも取ってもらいました。 

次は卵料理のコーナー。
待ち構えている料理人が一人ずつの好みに合わせて作ってくれるのです。
「黄色くて雲みたいでふわふわでとろんとろんの」
「それはスクランブル・エッグだね」
ジョンが話しかけると、料理人はすぐに卵を片手でこんこんと二つ割って、ちゃっと混ぜて、小さなフライパンにバターをしゅわわ、と溶かします。 
素早く白いお皿の上に盛り付けられたスクランブル・エッグはほかほかと湯気を立ててバターの良い匂いです。

そのまま進むと、その先はウインナーやハムのコーナー。
普通のウインナー、少し辛いウインナー、薄いハム、厚くて焦げ目のついたハム、と一つずつ取っていきます。
ついでにチーズもひと切れ。
「取りすぎたかな」 
「ぼく、ハム好きだから」
「僕も好きだ」

最後にパンのコーナーです。
丸くて白くてふかふかのパンを二つ。
「パンは焼く?」
「うん、少し焼く」
小さなトースターでジョンが焼いてくれます。
カゴに入ったバターとジャムも貰います。
「こんなものだね」
「すごい、朝からご馳走だね」

料理とミシミシを手に持ったままジョンはテラスに出ます。
ちょうど誰もいない時間でした。
「飲み物を取ってくるよ」
と言ってジョンが再び船内に戻っていったので、ミシミシは広い海を眺めます。
部屋のバルコニーから見るよりも、もっともっと広く見えます。
波のない穏やかな海は鮮やかな青色で、空はもう少し明るい青色でした。
やがてジョンが両手にコップを一つずつ持って戻ってきて、ようやく朝ごはんです。
「うわあ、このジュースもすごくおいしいね」
「その場で絞ってくれるオレンジジュースだよ」
「スクランブル・エッグも美味しいね! 出来立てはほかほかで、すごくいい匂いがするんだね」
「ここはオムレツも絶品なんだよ」 
明日はオムレツがいいな、とミシミシは思います。

テラスの下の階層には大きなプールがあって、ミシミシとジョンが食べ終わる頃には何人か泳ぎに出てきていました。
「あの大きなプール、いいなあ」
と、ミシミシ。
「泳ぎに行きたい?」
「でも、密航してるカメがあんなところにいたら、みんなびっくりしちゃうよ」
「大丈夫じゃない?」 
ジョンが改めて持ってきてくれた食後のエスプレッソを啜りながら、水着姿の人びとを眺めます。
「あの滑り台みたいなの、面白そう」
「きみ、カメなのにウォータースライダー滑るの?」
「変?」
「すごくいいと思う」
きゃあきゃあ騒ぐ子供たちの声はとても楽しそうです。 

最後におやつ用にオレンジを一つ貰って、ミシミシとジョンは部屋に帰ります。
「すごく美味しかったね!」
と、ミシミシ。
「なんなら明日も行こう」
と、ジョン。 
素敵な朝ごはんで、素敵な一日が始まりました。

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