『おっちょこちょい』第六回
三件目のメール
件名『日本一を出る前に必ず嫁!』
本文「大変だ! まだ、生きてるか? たぶん、まだカウンターにいるな?
このメールは、前回のモノから2年後に送っている。
俺はお前にしきりに自分の未来の栄光を自慢したが早まるな。盛者必衰の理は、宇宙全体に遍く行き渡っている普遍の原理だった。時代がかわろうと、空間が変わろうと、生きとし生きる物は、皆、無常の定めだったのだ。
何があったか話そう。
ついに宇宙連邦警察に捕まったのだ! クルーの中に密偵がいたのだ!
裁判が行われ、俺はブラックホール送りに決定された。船もお宝も、クイーン・ベルベットとも永遠の別れだ。
ブラックホールだと? クソ! いっそ昔の海賊のように縛り首にされた方がよっぽどマシだ! ブラックホールなんて、きっと吸い込まれるまでに気が狂ってしまう!
こんなことなら、俺はお前の時代で、相変わらずドジで間抜けでも、平凡な一生を送った方がはるかに良かった。
俺よ。頼む。店を出る時、絶対につまづくな!
ダンプカーの音が聞こえたら、すぐによけろ!」
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メールを読み終え、思わず考え込んでしまった。
イタズラにしては、かなり面倒なことをやっている。かといって、これをそのまま信じるにはあまりにも荒唐無稽だ。だが・・。
俺がおっちょこちょいであることも、今、「日本一」にいることも、そして、そこに〇〇研究所の人たちがいることも、皆、指摘してあるではないか。あながち全くのデタラメではないのではなかろうか?
もしも、これが本当のことなら俺はどうすべきだろう。
このまま店を出るとダンプカーにひかれるだろうか? そして、500年後に蘇生して、宇宙海賊になるのだろうか?
たしかにそれは面白そうだ。今の生きにくい毎日に比べれば、はるかに刺激的で有意義な人生かもしれない。でも、最後はブラックホール送りになる・・・。
では、店を出るとき、用心して轢かれないようにしたらどうなのか? 今まで通りのドジで間抜けな人生が続くのか‥。どちらが良い人生か。ちょっと答えが出せない問題だ。
残っていた冷めたつくねを一つ頬張り、ぬるくなった梅サワーを喉に流し込んだ。
何をごちゃごちゃ考えているのか。イタズラに決まってるじゃないか。こんなもの。ばかばかしい。
俺は、カウンターの大将におあいそを頼んだ。そして勘定を済ませて立ち上がった。その時、ちょっと足元がふらついた。瞬間、脳裏に、メールは本物ではないか、という考えがよぎった。
チラッと研究所員のグループを横目で見た。「冷凍保存にするなら」とか「解凍技術がまだそこまで‥」など会話の断片が耳に飛び込んで来た。それで、思わず話しかけてしまったのだ。
「あの、すいません。人間を冷凍保存して、解凍する技術ってあとどれくらいでできるんですかね?」
「500年後だね」
頭にコンピューターが入ってそうな顔の男が間髪入れずに返してきた。
「ほえー」
俺は間抜けな返事をしてしまったが、彼らは何も感じなかったらしく、また自分達の議論に熱中しだした。
メールの中身に嘘はない。と、すれば、やはり‥。
俺は、ぼんやり考えこみながら、店の出口へ歩きかけた。
「お気をつけて!」
大将の威勢の良い声が響いた。俺は、引き戸に指をかけたところで躊躇した。
俺は、ここでつまづくだろうか? 分かっていてつまづくだろうか? まさか。分かっていてつまづくドジがどこにいる。
ここにいるのかもしれない。俺はやるなよ言われたら大抵やらかす性分だ。
俺が店の引き戸に手を掛けたまま逡巡していると、
「どうしました? 忘れ物ですか?」
大将が声をかけてきた。
つづく
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