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『おっちょこちょい』最終回



「いえ、別に‥。ごちそうさま」

 俺は振り返って曖昧に笑って答えた。その時、無意識に引き戸を開けて、前を見ずに足を外に踏み出してしまった。とたん・・。

 敷居につま先をひっかけ、外へつんのめった。そこへ申し合わせたようにダンプカーが突っ込んできて、頭のてっぺんをダンプの側面が擦って走り抜けていった。

「危ねえなあ・・・」

 大将が言った。研究所員達も振り返り、口ぐちに、
「ああいうのがいるから事故がなくならないんだよ」
「こんなとこあんなに飛ばす奴いるかよ」
などと言い合った。
「大丈夫かい?」
という大将の言葉に、俺は頭のてっぺんを手で撫でながら照れ笑いを浮かべた。

 どうやら助かったらしい。メールの忠告のおかげで、倒れる寸前無意識に戸の桟を掴んで体を支えたようだった。

 俺はほっとした。メールの中身がイタズラにせよ本物であるにせよ、まあ、痛い目には合わなかったのだから良いではないか。
 仮に、500年後は波乱万丈の人生があったのかもしれないが、最後がブラックホール送りでは怖すぎる。いずれにしても助かったわけだ。ドジでもおっちょこちょいでも、この生を生き切ろう。

 そう決心し、力強く一歩外に踏み出した。

❇︎  ❇︎  ❇︎  ❇︎

 極刑のブラックホール送りになった俺は、処刑艇に乗せられ暗い宇宙の落とし穴にぐんぐん吸い込まれつつあった。500年前の自分に監視の目を盗んでせっせとメールを送ったのだが、見てくれているのだろうか?見てくれてダンプに轢かれるのを回避してくれれば、今の俺はいなくなる筈だ。
 
 そうすればきっと、あの侘しくも懐かしい三鷹台のカビ臭い六畳一間の万年床に戻れるのではないか。つまらないことや辛い事もあるだろうが、焼き鳥とサワーの幸せをかみしめながら、そこそこの一生を送れるのではないのか。
 そんな儚い願いに全てを賭けて忍ばせてあった時空通信器を使って必死にメールしたのに‥。

 だが、今のところ何の変化もない。ブラックホールはもう目の前だ。物質も光も皆巨大な黒い渦の中心へと吸い込まれていく。

 何故だ。あ。そう言えば‥。

 二台目が来るんだ。一台目をやり過ごして安心した俺は二台目のダンプに跳ねられるんだ。
 今更思い出しても時空通信器は取り上げられてしまっていた。きっと、俺は、轢かれたのだろう。どうしてこういう大切な事をど忘れするんだろう? おっちょこちょい。
 つくづく俺は、子供の頃から損ばかりしていた。

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