選んだ道を、正解にする。
この前noteで出会った言葉の中に
選ばなかったことがその人の人生を物語る
という言葉があった。
もちろん、''選んできた''ことの積み重ねでその人の人生はつくられていて
今があることはたしかで
一方で、その裏に必ず存在する''選ばなかったこと''こそが強烈にその人を物語ると。
なんだか考えさせられる。
裏に想いを馳せるのと同時に、それでもこれから表での選択した人生を歩んでいくのだとして
それならば私は、その選択に、自信を持っていたい
先週末、ほぼ卒業ぶり(5年ぶり?)に地元の母校の高校へ足を運んだ。
OBOGガイダンスといって、高校2年生向けに、卒業生が講義をする催しがあって
是非出てくれませんか、とお声を掛けてもらったのだ。
その時真っ先に頭に浮かんだのは、高校時代の恩師である。
もうその方は現場を去られて、数年前から先生の先生、つまり研修センターのようなところで
県、ひいては国の教育に携わっていらっしゃる。
この方はとにもかくにも「恩師」であり、3年間あたたかに見守り前に導いてくださり
私が一番辛い時に、誰よりも本音を吐き出せた、そんな人だった。
私がセンターで大コケし、第一志望の東大を受けられない状態に陥った時
それを報告しに行って、家族の前でも友人の前でも泣けなかった私が思わず泣き出してしまった時
「今、東大を諦めることを、宝物にすることもできる」という言葉をかけられた。
本当にその、文字通りの言葉を。
その時の私には腑に落ちなくて、強がりで言い聞かせてきた言葉だったけれど
今となっては、痛いほどに染みる。
今、その選択をしたことを、この先どう受け取るか。
受け取り方と、解釈の仕方次第で
その出来事を宝物にまでできるのだと。
そうであるならば
この先
生きていく上でする、一つ一つの選択どれにおいても、
それを宝物に、正解に、
選んでよかったと、そう思わせてくれるのは、思うのは、自分しかいないと。
だから私は、選んだ道を、正解にするように
ここから堂々と楽しく、日々を過ごしていこうと思う。