作詩「映画館へ」

瓦礫の上に座り耳をすませた。垂らしたブーツに積もり始める。君が口を開いた。どこへ行こう。世界に取り残された2人。その手はつなげないけれど、そこに在った。ついてくる君の声は耳鳴りで、瓦礫を飛び越えて歩く。どこまでも。

映画館に着いた。お気に入りの映画が上映されていた。例のシーンでいつも泣いていた君が、また泣き出した。この映画は家で何回も観たけど、君は同じ場面で泣くんだ。純粋無垢なあの子が、悪い大人に傷つけられるシーンだ。

映画が終わると夕暮れになり、また歩いた。駅周辺にも人はおらず、君の笑い声が聞こえた。

交差点の角にある珈琲店からは良い香りがしてくる。電車の来ない踏切。レールの位置さえわからない。
違う誰かの家。家の周りは植物だらけ。アパートに造りかえられて面影も無い。ここが、僕の家だ。「ただいま」と言えば「おかえり」と聞こえる。誰も居ない家。今日のことを話し続けて、小さな団欒を味わって、休む頃には、君は人間から影に戻り、帰って行く。

明日も君の好きなあの映画を観よう。耳鳴りはやまない。君が居る。
誰もいて君がいない世界で、君がいて誰もいない世界は今、何が起きているのかさえ、僕は知らない。

ただ、毎日がこんな風に過ぎていくだけ。昼間は数字と図形に頭を使い、夜は君との会話を楽しむだけ。

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