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プロジェクト・デザイン事始め その1 ILOプロジェクト・デザイン・マニュアルを吟味する

このノートは、多摩大学大学院の講義で使用してきた教材を下敷きに、その大幅改定のためのドラフトを、クリエイティブコモンズ[©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)]として公開するものです。

8月1日にPMBOKの第7版(以下PMBOK®7thと記す)が発行され、私は8月26日に「PMBOK®7thの先へ プロジェクト・デザインでプロジェクトの発意・形成と実行をつなぐ」をノートに公開しました。
そこで主張したかったことは下図に集約されています。

日本の中では、PMBOK無条件肯定派とPMBOK無視派の二つに分極化してしまっているようで「尊重はするけれども批判的に取り入れる」との立場をとる人が少ないように思えます。
私は「尊重と批判」という立場を前進させていきたいと考えているのですが、如何せん多勢に無勢です。そこで、前回のノートをDeepLの力を借りて英訳し、交流の機会のあったドイツStuttgart工科大学でMaster Programme International Project Managementを主宰するJürgen Marc Volm教授に送ったところ「PMBOKに重要な欠落があるとの指摘には完全に同意する。」という非常に好意的な返答を頂きました。

First of all I would like to express my deepest respect for your very detailed analysis of the 7th edition of the PMBoK. I think you have touched the right points. I completely agree with you that there are important aspects missing. You call it Project Design, I rather call it project initiation, however I think that we perceive the same gap. It is the right project set-up that requires a deep understanding of the real needs for the projects (rather the why) and a sensitive response to these requirements.

■プロジェクト・デザインの方法論検討を始めました
そこで、何人かのプロジェクト・マネジメントの実践者たちと私的な研究会を立ち上げ、プロジェクト・デザインの方法論の検討を始めることにしました。ここで検討している内容を、番外編として随時皆さんに公表し、ご意見を頂ければと思っています。
全体としては、下図の構成を予定しています。

先ず、これまでに提案された方法論を検討します。
プロジェクトの立上期/プロジェクト・デザインの方法論提案はさほど多くはないのですが、その中で最も具体的で分かり易いと思われるILO国際労働機関が発行しているプロジェクト・デザイン・マニュアルをベースとして、デザイン思考Design ThinkingやBRM、アジャイルなどのアプローチを検討して行くことにします。
2の事例分析の結果も考慮して、欠けていると思われる視点を抽出します。

事例分析を行います。
実践に有効な突っ込んだ分析を行いたいので、研究会メンバーが参画したプロジェクトを対象に事例分析を行います。①プロジェクトの目標(目的、要求を含む)、②プロジェクトの要素と全体構成、③ステイクホルダーの3つの軸で、プロジェクトの実行に至るまでの発展過程を分析することにしました。この様な3軸での分析は、類例が余りないと思われます。

方法論を提案します。
以上の2つの検討を経て、プロジェクト・デザインの方法論を提案する予定です。現時点では、方法論は①基本的なプロセス、②主要問題の解決方略の二本立てとすることを考えています。
主要問題としては、実践で遭遇することの多い以下を想定しています。
プロジェクト・オーナーが基本的なプロセスを踏もうとしない場合
・主要なステイクホルダーの間にコンフリクトがある場合
・目標が一般的で分かり切った課題解決策しか導かれない場合
・目標が曖昧でステイクホルダーによってバラバラな解釈がなされる場合

■ ILOプロジェクト・デザイン・マニュアルの紹介と問題点の提起
今回のノートは、事始めその1として、ILO国際労働機関が発行しているプロジェクト・デザイン・マニュアルの紹介とそれを補う着眼点について述べていくことにします。
https://www.ilo.org/global/topics/cooperatives/publications/WCMS_159819/lang--en/index.htm
今回のノートでお伝えしたいことは、下図に集約されています。

ILOの様な国際機関は、農業法人の能力を高めて生活水準の向上を図るといった、発展途上国における開発プロジェクトを念頭においていて、プロジェクトを同定する「Identification」までの手順として、上図の左半分が提示されています。詳しい説明は後述しますが、大雑把には下記の手順で進めて行きます(以下の文章の①~④は上の図中の番号に対応しています)。
ここで、Identificationが用いられているのは、そのプロジェクトが何故その様なプロジェクトでなければならないのかという固有の要素を見定めていくことがプロジェクトの同定に他ならない、と考えているからと推測されます。
①     先ず、様々な観点から問題を分析します。ステイクホルダーの抱え得ている問題、ステイクホルダーの強みや弱み、類似事例の分析などです。
②     これに基づいて、解決すべき問題を系統的に整理した「問題の樹」を作成します。
③     問題の樹が解決された状態である「目標の樹」を策定します。
④     目標を実現するために必要な行動を明らかにし、「WBS業務分割構成」を策定します。

RBM: Result Based Management(結果重視のマネジメントで国連の定義は本ノートの最後の補足を参照して下さい)に立脚したもので、問題の樹の策定を重視するなど良く考え抜かれた手順であり、開発プロジェクト以外の領域に普及しなかったのが不思議な気がします。

残念なことに、これでプロジェクト・デザインを行う際の全ての問題が解決される訳ではありません。図の右半分では、現実に発生している対応が必要な問題として、3点を取り上げています。
1.      ステップを踏まないプロジェクト・オーナーが出てくると、折角のプロセスも画に描いた餅になってしまします。
2.      ステイクホルダーが対立していると問題の樹を作成することさえ困難になります。
3.      目標が一般的だったり抽象的だったりすると、ステップを上手く進めることができません。

これらの問題を解決する方略についても、一つ一つ提案していこうと準備をしています。このノートでは、ILOの手引書を説明事例も含めて、詳しく紹介することにします。


ILOのProject Design Manual

A Step-by-Step Tool to Support the Development of Cooperatives and Other Forms of Self-Help Organization 2010

ILOプロジェクト・デザイン・マニュアル 表紙と目次

本冊子はILOが、国際協力プロジェクトに関する提案の質を高めるために2010年に公表したものです。プロジェクト・サイクル・マネジメントに立脚しており、様々な国際協力機関によって開発されたツールを統合したものであると述べられています。
ところで、プロジェクトのビジョンやコンセプトの構築は、プロジェクト・デザインの重要なプロセスですが、それに先立って「望ましい状態の実現を阻んでいる問題は何か」を明確にすることは、
①     本質的な問題の解決を志向するという点で、ビジョンやコンセプトの有効性を高める
①     根拠となる問題認識が、ステイクホルダーがビジョンやコンセプトを共有することに貢献する
との効果を有すると期待されます。
本マニュアルでは、下記の点で非常に参考になると考え、紹介することにしました。
ステイクホルダーの関心事を丹念に掘り起こす
・解決すべき問題の構造を明らかにした上で(問題の樹)、目標の構造(目標の樹)を構築する
・目標の構造に基づいて業務の分割構成(WBS)を策定する


ILOプロジェクト・デザインの構成と本ノートでの紹介範囲

4ステップからなり、モニタリング・評価計画が含まれているのが特徴
プロジェクト・デザインの構成を下図に示します。
プロジェクト・デザインは、下記の4ステップで構成されています。
①    プロジェクトの同定Identification
②    プロジェクトの形成Formulation
③    プロジェクトの実行計画策定Implementation Planning
④    モニタリング・評価計画策定 Planning of Monitoring & Evaluation


■RBMに立脚しています
このマニュアルは、国際連合が提唱するRBM:Results Based Management結果重視のマネジメントに立脚しています。RBMとは、従来のマネジメントの方法論が、分析や計画を重視して成果に対する関心が足りないとの反省に基づいて提案されたものです。RBMではLFMロジカル・フレームワークが重視されており、プロジェクトの目標の達成状況や成果を確認し評価するためのM&E:Monitoring & Evaluationモニタリングと評価計画がプロジェクト計画の中の重要な要素となっています。

 ■このノートで紹介するのは、プロジェクトの同定からWBSの策定までです
ILOのフロー図はやや分かり難いので、このノートで紹介する範囲を抜き出して下図に示します。「プロジェクトの同定」という日本語はこなれが悪いので、「課題と目標の設定」に改めました。このフローの中でも、空色のトーンをつけた部分が、プロジェクト・デザインの中軸であるので、力を入れて紹介しました。

WBS業務分割構成の策定からは、通常のPM2.0と同様ですので、この講義の「第1講:そもそもプロジェクト・マネジメントとはなにか?」の「3.事例を用いてWBS, Gannt Chart, EVM, クリティカル・パスを理解する」を参照して下さい。
https://note.com/nakawaketakeshi/n/n162758ccd033

 ■プロジェクト・デザインの実践において肝となる成果の流れ
同じようなフロー図が続いて申し訳ありませんが、プロジェクト・デザインを実践する人には関心の高い思われる各段階での成果の流れとして書き直すと、上図は下図のフローとなります。

■問題分析からWBSまで、一貫した問題意識で策定される
また、問題分析からWBSまで、一貫した問題意識で貫かれている点も、ILOの手法の特徴の一つですので、これも予告的に提示しておくことにします。夫々については、後程詳しく説明します。


STEP 1 課題と目標の設定Identification


課題と目標の設定では、下図左の4つの分析を行って、夫々の分析から図右に示すステイクホルダー・マトリックス、問題の樹、目標の樹、プロジェクト戦略の4つの成果を得ることになります。

各項目を、以下の3つの順番で説明することにします。
・目的:何のためにその分析を行うのか
・成果:どの様な分析結果が得られるのかを事例を用いて説明
・手順:どの様に分析を進めるのか
プロジェクト・デザインのプロセスを、現実的な一つの事例を用いて一貫して説明しているのも、ILOのマニュアルの大変優れた点の一つです。以下の記述における説明事例は、優れた品質の牛乳を生産しているにもかかわらず、様々な理由で構成員が低所得状態にとどまっている酪農協同組合の能力を高め、組合員の所得向上を実現することを目標とするプロジェクトです。


1.  ステイクホルダーを分析するConducting a stakeholder analysis

下図のダイアグラムの空色のトーンをつけた部分です。

プロジェクトのデザインを、プロジェクト主体を含むステイクホルダーとその状況の分析から始めることで、プロジェクトは、プロジプロジェクト主体のおかれた状況やニーズ、能力に適合したものになります。
ステイクホルダー分析は、ステイクホルダー・マトリックスの作成、ターゲット・グループのSWOT分析、類似事例分析の3つの要素で構成されます。

1.1.  ステイクホルダー・マトリックス

1.1.1.  何のために作成するのか?

ステイクホルダー分析の中核にあるのがステイクホルダー・マトリックスの作成です。
ステイクホルダー・マトリックスは、ターゲット・グループと呼ばれるプロジェクトの主だった関係者の夫々について、ステイクホルダーの特徴と能力、ステイクホルダーの有する利害関心と期待事項、プロジェクト計画で考慮すべき事項の3点を整理したもので、下記の様な体裁となります。
下図のマトリックスでは、事例プロジェクトにおけるステイクホルダーとして10者が挙げられています。

ステイクホルダー・マトリックスを作成する主な目的は次の3点です。
①     さまざまなグループが直面する問題を明らかにすること
②     さまざまなグループの利害関心interestsと、中核的な問題に取り組むための能力を理解すること
③     社会的な問題の解決に必要な仕組みを設計するためヒントを得ること

■ステイクホルダー・マトリックスは大変重要
ステイクホルダー・マトリックスの作成は、プロジェクト・デザインにおける必須の手順です。
誰をステイクホルダーとするのか、特定したステイクホルダーの利害関心をどの様に汲み取るのかによって、プロジェクトの目的や内容は大きく異なってきます。ここで特定されたステイクホルダーの利害関心が、プロジェクトの創造性の源泉の一つとなる場合が結構多いのではないでしょうか。この点は、MBS:Mission Breakdown Structureやデザイン思考DTにも共通している点です。
注)  MBSについては「プロジェクトの目標や要求事項の設定は極めて重要だが、難しい。では、どうするか」で詳しく説明しています。下記を参照して下さい。
https://note.com/nakawaketakeshi/n/n9ba35989803c

1.1.2.  ステイクホルダー・マトリックスの事例

ここでは、上図の空欄を埋めたステイクホルダー・マトリックスの事例を下図に示します。オリジナルのマトリックスから、酪農協同組合と地域のスーパーマーケットに関する記述を抜粋して和訳しました。

■酪農協同組合
このプロジェクトが能力向上の対象としている酪農協同組合については、以下の特徴や能力が挙げられ、概ねそれに対応した利害関心・期待事項、計画における考慮事項が記述されています。
①     低所得であること
②     若者や女性の組合運営への参画の機会が少ないこと
③     技術的なスキルが不足していること
④     金融サービスへのアクセスが限られていること
⑤     以上の様な不利な状況にもかかわらず生産されているミルクの質が高いこと
スーパーマーケット
スーパーマーケットは現時点では、酪農協同組合と潜在的な競合関係にあると言え、協働組合が能力を高めれば、競合関係が顕在化する可能性があります。


1.1.3.  ステイクホルダー・マトリックスをどうやってつくるか

■ ステイクホルダーを洗い出す
ステイクホルダー分析の第一歩は、ターゲット・グループを洗い出すことです。また、持続可能性の達成もプロジェクトの目標となるので、洗い出しの段階では、ターゲット・グループに加えて他の関係者についても、プロジェクトにおける潜在的な役割、利害関心interestsや期待を便益と言う観点から理解し、考慮する必要があります。
したがって、最初の段階では、プロジェクトによって、プラスまたはマイナスの)影響を受ける可能性のある利害関係者を幅広く洗い出し、プロジェクトに関与する可能性について分析することが必要です。
ステイクホルダーとは、プロジェクトを遂行する人や機関だけでなく、プロジェクトを取り巻く環境で何らかの役割を果たす構造体や協力組織も含まれています。
具体的な洗い出しの方法としては、以下の3点が有用だと筆者は考えています。
①     類似プロジェクトを参考にする
②     ターゲット・グループにインタビューする
③     プロジェクトに関する研究論文等を参照しマクロな観点からチェックする

ステイクホルダー・マトリックスは参加型ワークショップで作成します
続いて、主要なステイクホルダーが参加するワークショップを開催し、ステイクホルダーの利害関心を引き出します。その際の留意点として5点が提示されています。
1.      対象となる組織の中核的な問題を明確にする
2.      問題によってプラスまたはマイナスの影響を受けるすべてのグループを洗い出す
3.      ジェンダーバランスを尊重し、女性が大人数のグループや混合グループでも安心して自分を表現できることを確認する。
4.      それぞれの特徴と能力を調査する
5.      核心的な問題を解決する上で、性別による異なる関心や期待(プラスまたはマイナス)を明らかにする

 ワークショップは、ステイクホルダー個々に行なうのか、それとも一堂に会して行うのか、どちらが良いのかと言えば、主要なステイクホルダーの間の利害が衝突することが予想される場合には、先ず個別に行う方が良いと筆者は考えます。例えば、事例の協同組合の場合、スーパーマーケットは、協同組合が牛乳の販売を改善することには何の関心もないかもしれませんし、スーパーマーケットは、価格を下げるなどの対抗策をとるかもしれません。この様な場合、ワークショップが潜在的な利害対立を顕在化し固定化させてしまうと、そうでなければ可能であったかもしれない解決策「酪農組合とスーパーが提携する」の芽が摘まれてしまう恐れがあるからです。
この点は、次回のノートで検討したいと思っています。

 プロジェクト・デザインが進む中で、ステイクホルダーや利害関心の追加・変更があることを前提とすべきですが、際限なく続ける訳にもいかないので、初期段階での集中的で発見的な取り組みが求められます。

1.2.  ターゲット・グループのSWOT分析

Analysing the target group: a SWOT analysis

1.2.1.  何のためにSWOT分析を行うのか?

ステイクホルダー・マトリックスの作成と並行して、SWOT分析を行って改革しようとしている組織の強みと弱み、外部環境の機会と脅威を明らかにします。提案されたプロジェクトを実行する上での対象組織の能力を診断するためです。
これによって、ターゲット・グループやパートナーの役割遂行能力、プロジェクト遂行において有する比較優位性を明らかにすることができます。また、候補プロジェクトにとっての隠れた障害を示すこともできます。
筆者は、ステイクホルダー・マトリックスが、ターゲット・グループの持っている認識を明らかにする「内部からの視点」だとすると、SWOTはターゲット・グループを客観的に分析する「外部からの視点」の役割を果たすと考えています。

1.2.2.  ターゲット・グループのSWOT分析の事例

前述のステイクホルダー・マトリックスの事例紹介で対象とされた酪農協同組合に関するSWOT分析を下表に示します。

SWOT分析には、自己評価と言う側面もありますが、弱みにおける「ビジネス・会員マネジメントスキルの欠如」「起業家としてのスキル不足」、脅威における「協同組合は国の開発課題ではない」「地方自治体、協同組合、その他の企業が参加する官民投資プロジェクトの法的枠組みがない」など、外部から対象組織を観察した場合の記述が含まれていることに注目して下さい。

1.2.3.  SWOT分析の進め方

SWOT分析は広く用いられている手法なので、ILOのマニュアルではSWOT分析の進め方の紹介はありません。経済産業省の「マンガで分かる、SWOT分析」という記事がありましたので、そちらを参照して下さい。

https://mirasapo-plus.go.jp/hint/16748/

SWOT分析は自らを分析することが基本ですが、それに留まるのではなく、外部からの観察を盛り込んで、視野を拡大し自己満足に陥らないように工夫することが重要です。


1.3.  内部の視点、外部の視点を組合せる

ステイクホルダー・マトリックスは、ステイクホルダーの観点にたって、直面している課題や、利害関心・期待事項、を明確にしていくことを目的としていて、内部の視点からの分析となっています。
一方、SWOT分析には、外部の専門家から見た対象組織の客観的分析が含まれていて、外部の視点からの分析となっています。
これらに加えて、ILOのマニュアルでは、先行して類似事例分析Case Studyを行うことが推奨されています。ステイクホルダー・マトリックスをいきなり行ったのでは、ワークショップに参加するステイクホルダーの視点が限定されてしまう恐れがあるので、事例分析を行うことによって、参加者の視点を増やすことが狙いで、外部への視点と言うことができます。 

以上、ステイクホルダーの分析においては、内部からの視点、外部からの視点、外部への視点の3者を組合せることが推奨されていると思われます。
説明事例について、3つの分析から得られる問題点が一覧できるように下図を作成しました。これらの問題点が、次に説明する問題の樹を作成する際の素材となります。

 

2.  問題を分析するAnalysing the problem

図のダイアグラムの空色のトーンをつけた部分です。ステイクホルダー分析で得られた問題群を素材として、問題を構造化します。


2.1.  何のために問題の樹を作成するのか?

あらゆるプロジェクトの目標は、対象とするグループ(組合員や地域社会など)に負の影響を与えている問題の解決に貢献することです。
問題分析では、現在の状況の負の側面を特定し、問題の因果関係を明確にします。対象となるグループの中核にある問題を明確に特定することが重要です。問題の根本原因と、その問題が受益者に与える影響を理解することが不可欠です。これは、問題の樹a problem treeを構築することで可視化できます。類似した要素をクラスタリングし、階層化することによって、原因は構造化されていきます。
問題の樹はステイクホルダーとの参加型ワークショップを通じて作成される必要があります。これによって、プロジェクト・ティームとステイクホルダーは、プロジェクトによって解決すべき中核的な問題は何か、中核的な問題を解決するためにはどの様な下位問題が解決されなければならないのかの認識を共有することができ、プロジェクトを進めていく上で必要な協議や合意形成の際に立ち返るべき基盤となります。

問題の樹は3つの要素から構成されます
問題の樹には、下記①~③(番号は上の図に対応)の3つの主要な要素があります。

①    中核にある問題The core problem
中核にある問題が、すべてのプロジェクトの出発点でなければなりません。中核にある問題を明確にすることが、プロジェクトに理論的根拠と意味を与えます。ターゲット・グループに関する問題解決に大きく貢献することを目的としているからです。プロジェクトの出発点が利用できる機会であったとしても、望ましい状況が現実になるのを妨げている主な問題(挑戦)を特定することが依然として重要です。つまり、出発点がポジティブであろうとネガティブであろうと、最終的には取り組むべき中核にある問題(挑戦)を特定することが必要です。
②     中核にある問題の原因The causes of the core problem
それぞれの問題には歴史があり、どのような根本的な原因があって現在の状況に至ったのかを明らかにする必要があります。原因が分かれば、中核にある問題の原因を、中核的問題の下に配置していきます。
③     中核にある問題が及ぼす影響The effects of the core problem
因果関係の連鎖は、中核にある問題の前方、つまり中核的問題がもたらしている影響にも続きます。ここでは、因果連鎖は、中核にある問題の影響によって生じる一連の事象によって形成されます。すべての問題やニーズは、社会的、政治的、環境的な文脈に組み込まれており、多くの場合、他のニーズとシステム的にリンクしています。したがって、ある領域に影響を与えるものは、システムの他の部分とも相互作用します。

2.2.  問題の樹の事例

次に、酪農協同組合に関する問題の樹を見てみましょう。下記の①~③は図中の番号に対応しています。

①     中核にある問題
ステイクホルダーの分析によって、中核にある問題は、組合員、特に女性や若い牧畜業者の収入が減少していることであることがわかりました。そのため、この問題は問題ツリーの中心に据えられています。
②     中核にある問題の原因
問題を分析するために、すべてのステイクホルダー・グループの代表者と直接の受益者の代表者を集めたワークショップが開催されました。ケース・スタディを読み、ステイクホルダー・マトリックスとSWOTマトリックスを分析した結果、中心となる問題の原因としていくつかの問題が選定されました。
主要な問題の原因として、家畜の病気の発生率が高い、牛乳の処理能力が欠如している、金融サービスへのアクセスが不足している、地域の市場へのアクセスが不足している、組合員が組合の運営に参加する機会が不足している、の5点が抽出されました。
また、家畜の病気の発生率が高いことの原因として、獣医師の不足、組合員の飼育知識の不足が挙げられているように、それぞれの原因が更に突っ込んで究明されています。

③     中核にある問題が及ぼす影響
中核にある問題が及ぼす影響やもたらす結果として、下の2点が①中核にある問題の上層に配置されています。
・所得創出や自営業の不足による地区の貧困の増加
・都市部への移住の増加

2.3.  問題の樹の作成手順

問題の樹を作成する際の素材となる問題リストは、「1.3内部の視点・外部の視点を統合する」で紹介しました。
これらの問題リストにある各問題の間に、有る問題が生じているのは何故なのか?という結果から原因に遡る因果関係を見つける努力をし、これを構造化して図示したものが問題の樹となります。先ず各ステイクホルダーがそれぞれの問題を出し合い、それを材料としてKJ法の様な手法を用いて問題をクラスターにまとめ、各クラスター内の問題間の論理分析(因果分析)によって問題の樹を作成します。

問題の樹を作成する手順は7ステップです
ILOのマニュアルとはやや異なりますが、下記の手順が分かり易いと思います。
1)問題を洗い出します
参加型ワークショップを開催し、ターゲット・グループとすべての関連するステイクホルダーとのディスカッションやミーティングを行います。
参加型ワークショップとしては、事例分析、ステイクホルダー・マトリックス、SWOT分析の三者があることは1で説明した通りです。
2) 中核的な問題を確認します
プロジェクトの検討に着手した時点で、プロジェクト・ティームは中核的な問題を想定している筈ですが(そうでなければプロジェクトの検討に着手していないでしょう)、ステイクホルダーを交えた議論によって確認します。
3)中核的な問題とステイクホルダーが優先的に考えている問題とその原因を関係付けます
中核的な問題を起点に、ステイクホルダーが優先的に考えている問題とその原因について、オープンなブレーンストーミングを行います。各参加者はカードに問題点を書き込んでいきます。すべての問題を、壁やフリップチャートに貼りつけます
4)提示されている問題をクラスター化します
中核的な問題と関連付けられた優先的な問題を芯として、提示されている問題をクラスターにまとめて行きます。これはKJ法によく似たステップです。5)「結果→原因」を整理し、階層を確定します
各クラスターの問題を「結果→原因」に遡ることによって、因果関係を整理し、因果関係に基づいて階層化します。階層の数としては、中核的問題を含めて3~4層が適切で、余り多すぎても全貌を把握することが困難になります。
中核的な問題から対象とする問題に至りつく経路で原因が不足しているようであれば、原因を追加します。上記の事例では、「金融サービスへのアクセス不足」では、なぜこの問題が生じるのかの原因を問うべきで、「担保がない」、「ビジネスプランの立て方を知らない」、「MFIが保険などの関連サービスを提供していない」などの原因が追加されています。
6)  問題の樹を見て、原因と結果のつながりを確認します。

問題の樹を作成する他の手法として、諏訪良武氏の提唱する諏訪流CPS(Customer Planning Session)の様に、集団的な議論によって、
①     タテ:あるテーマを何故?によって深掘りする
②     ヨコ:それらで解決にとって必要な問題が出し尽くされているか
を問うていく手法があります。
CPSについては、この先のノートで触れることができればと思っています。

 

3.  目標を分析するAnalysing the objectives

下 図のダイアグラムの空色のトーンをつけた部分です。問題の樹を問題が解決された目標の樹に転換し、目標を構造化します。

 

3.1.  何のために目標の樹を策定するのか

目標の分析は、問題が解決された後の将来の状況を記述し、手段と成果の関係を説明するために使用される参加型のアプローチです。問題の樹のネガティブな状況は解決策に変換され、目標の樹のポジティブな成果として表現されます。中核にある目標や望ましい状況が目標の樹の中心にあり、その上層には問題解決の効果が、下層には原因が解決された状態が配置されています。
問題の樹の作成と同様に、目標の樹objective treeは、理想的には同じステイクホルダーとの協議型ワークショップを通じて策定される必要があります。これによって、プロジェクト・ティームとステイクホルダーは、何のためにこのプロジェクトを行うのか、その目標を達成するためにはどの様な下位目標が達成されなければならないのかの認識を共有することができます。
目標の樹の下位目標はプロジェクトにおいてなすべき活動とつながる様に具体化されているので、プロジェクトの実行計画の策定や、プロジェクトの進捗状況を評価する際の評価システムを計画する上での基盤となるものです。

目標の樹も3つの要素で構成されます
問題の樹と同様に、目標の樹にも下記①~③の3つの主要な要素があります。

①  望ましい状況The desired situation
これは、問題の樹の中核にある問題を肯定的なステートメントに変換したものに相当します。望ましい状況とは、プロジェクトが達成する真の変化を表したもので、ターゲット・グループや最終的な受益者へもたらす効果を指します。
②  望ましい状況を達成するための手段The means to achieve the desired situation
目標の樹には、望ましい状況を得るための必要かつ十分な状況(手段または下位目標とも呼ばれる)が含まれます。目標の樹では、目標は手段と目標の間の論理に基づいて図式化されています。その結果、望ましい状況がどのようにしてもたらされるかを示す視覚的なモデルが出来上がります。
③ 望ましい状況が及ぼす効果The desired situation impacts
問題の樹では、主要な問題は他の問題の原因にもなっていました。これらは「問題の影響」と呼ばれます。これに対応して、望ましい状況とは、「問題の影響」が改善されたポジティブな状況を実現するための手段となっています。これらのポジティブな状況は「望ましい状況の効果」と呼ばれます。

 

3.2.  目標の樹の事例

ケース・スタディでは、「協同組合の組合員、特に女性や若い牧畜業者の収入が減少している」ことが中核的な問題でした。そこで、「協同組合のガバナンスとビジネスパフォーマンスの改善により、組合員、特に女性や若い農家の収入が増加する」が中核的な目標となります。下記の①~③は図中の番号に対応しています。

①  望ましい状況
「協同組合の組合員、特に女性や若い牧畜業者の収入の減少」という中核にある問題が解決された状態として「協同組合のガバナンスとビジネスパフォーマンスの改善により組合員の収入、特に若者と女性の農家の収入が増加する」が目標として設定されています。
②   望ましい状況を達成するための手段
中核にある問題の原因として特定された5つの問題に対応した、農家の家畜の健康状態の改善、長寿命の牛乳と高品質の乳製品の生産、女性や若者の組合員の金融サービスへのアクセスの増加、協同組合の市場機会と売上の増加、組合員の協同組合運営への参加の増加の5つの下位目標が設定されています。また、農家の家畜の健康状態の改善のさらなる下位目標として、下位問題に対応した地元農業省と協力して、牛に予防接種を実施、農民に基本的な獣医学的技術の研修を実施が設定されています。他の下位目標についても、同様に下位目標が設定されています。
③   望ましい状況が及ぼす効果
中核にある問題が及ぼす影響である、組合員と地域社会の貧困の拡大、地域開発への投資の減少というに対して、メンバーの仕事をより生産的かつ収益性の高いものにすることで、貧困を削減するという効果が期待されます。

3.3.  目標の樹の策定手順

目標の樹は、問題の樹として取り上げられたすべての問題をそれが解決されたポジティブな状態に変換したもので、以下の4ステップで策定します。問題の樹の作成と同様、参加型のワークショップが推奨されています。

1)問題から解決への変換
問題分析から得られたすべてのネガティブな状況を、望ましい、現実的に達成可能なポジティブな状況に再構成します。
2)「結果→原因」から「目標→手段」へ
問題の樹における因果関係「結果→原因」を、目標とそれを達成する手段の結びつき「目標→手段」に置き換えます。この際、目標→手段の関係が論理的に見て適切かどうかを確認します。
3) 公平性を確認する
公平性を確認します。関係者全員が本当に利益を得られるのか、一部のグループが他のグループよりも利益を得られるのか、等の点検を行います。
4) 必要に応じて修正する
必要に応じて、ステートメントを修正し、新しい目標を追加し、適切でない、または必要でないと思われるものを削除します。

3.4.  問題の樹と目標の樹の比較

読者の便宜のために、問題の樹と目標の樹の対比表を作成しました。
目標の樹は問題の樹の表現方法を変えた同義反復に過ぎないのではないか、であるならば目標の樹だけで十分なのではないか、と思う人がいるかもしれませんが、そうではありません。
以下の効用があり、ILOのマニュアルも、改革を行うための機会や行動が明らかになっていると思える場合であっても、問題の樹の作成から始めるべきであると述べています。
① 問題の樹を作成する過程で、ステイクホルダー間の相互理解が深まります。
②    問題の樹の作成プロセスを欠くと、見落としが生じる可能性が高くなります。
③    問題の樹は目標の根拠を示すものとして、プロジェクトが進んだ際に立ち返る原点となります。
④    目標に対するステイクホルダーの共通理解の基盤となります。

実際に、問題分析をなおざりにしたため、プロジェクトが思ったような効果を上げていない事例が散見されます。この点は、次回のノートでも触れたいと思います。


4.  プロジェクト戦略を選択するSelecting your strategy

下図のダイアグラムの空色のトーンをつけた部分です。

目標の樹が完成したら、プロジェクト戦略を選択しなければなりません。
どのような目標をプロジェクトに含め、どのような目標をプロジェクト外に残すかを決定することが中心となります。殆どの中核的な問題において、1つのプロジェクトで完全に問題を解決するために必要なすべての目標に対応することはできません。そのため、プロジェクト・ティームは、選択するための明確な基準に基づいて、問題解決に最も貢献できる戦略を選択しなければなりません。選択基準の例を下表に示します。
選択基準の例

戦略の選択においては、各プロジェクトの独自性を、各地域、コミュニティ、そして対象とする組織を特徴づける複数の活動や戦略に照らして見ることが必要です。他のプロジェクトや補完的な取り組みとの相乗効果を生み出すためにはどうすればよいか、も重要な選択の視点となります。
本事例では、金融サービスへのアクセスの増加に対応する下位目標3点のうちの1点の採用が断念されています。


STEP 2 プロジェクトの形成Project formulation

ステップ2は、下図のダイアグラムの青い枠で囲った部分です。このノートの冒頭で記述した様に、プロジェクト・デザインの中軸は、空色のトーンをつけた流れですが、進行指標や設定している仮定も、ステップ2が立脚しているLFMロジカル・フレームワークの重要な構成要素ですので、簡単に触れています。

1.   論理的なフレームワークを構築するBuilding your logical framework

プロジェクトの形成では、目標の樹を実現していく際に、その効果を検証するための指標と検証手段及びプロジェクトが前提としている主要な仮定を、目標の樹の階層に対応させて設定していきます。これによって目標達成の進捗状況を可視化し共有することができます。また、プロジェクトの前提となっている主要な仮定を明示することによって、その仮定が大きく変化した場合(例えば金利が高騰する)、それに対応する行動を敏速に検討して立ち上げることが可能となります。
こ のため、プロジェクトの実体を包括的で理解しやすい形で提示する方法である、ロジカル・フレームワークを用います。下図のように、プロジェクトの目標、アウトプット、アウトプットを得るための活動、プロジェクト進捗の判断指標、プロジェクトが前提としている原因-結果の関係が成立するための想定条件など、目標の樹のすべての主要要素を整理するために使用します。

■ ロジカル・フレームワークは計画ツールです
略称ログフレームと呼ばれるロジカル・フレームワーク・マトリックスは、計画ツールとみなされます。その理由は下記の通りです。以下の文章の番号は図中の番号に対応しています。
①   プロジェクトのアウトプット・チェーン(期待される一連の結果)を示し、プロジェクトの各構成要素間の因果関係を示しています
②   目的を達成するために必要な結果ベースの管理手法を示しています
③   アウトプット・チェーンの各レベルに仮定がどのように影響するかを示しています
④   進捗状況を測定するための指標や結果を検証するための手段についても記載されています

 

2.   ログフレームの典型的な構造と定義Typical structure of a logframe and definitions

ログフレームは通常、上図の様に、プロジェクトの構造をまとめた4つの列と4つの行からなるマトリックスで構成されています。

■ プロジェクトの構造
最初の列は、プロジェクトの目標の階層です。これは、プロジェクトが何をどのように達成したいのかを明らかにし、目標-手段の関係を明確にするもので、目標の樹を移し替えたものです。
プロジェクトの目標は、直接の受益者に一定のアウトプットを提供することで達成されます。アウトプットは、一連の活動によって生み出されます。
プロジェクトの構造は、目標→アウトプット→活動内容と具体化せれ、アウトプットや活動内容はプロジェクト・マネジメントの中核と言われているWBS業務分割構成に直接つながるものです。(後出ステップ3で説明)

 ■ 効果を検証するための指標と検証手段
2列目と3列目には、効果を検証するための指標とその手段、それに必要な情報源が記載されています。
指標は、意図した目標に向かってプロジェクトが進んでいることを確認する手段で、プロジェクトのモニタリングと評価システムの中核をなすものです。
プロジェクト実施機関(例:協同組合支援組織)は、指標に基づいて必要な調整を行い、ステイクホルダーや資金提供者、その他のパートナーに対してプロジェクトの進捗状況(または遅延状況)を提示する際にも用いられます。指標が決定したら、指標の値を得るための情報源を具体的に決定することが重要です。
指標には定量的なもの(会員数、役員会に参加している女性の割合など)と定性的なもの(顧客満足度、サービスの質など)がありますが、いずれも評価可能なものでなければなりません。

■ プロジェクトがコントロールできない重要な仮定や不確実性
4番目の欄には、プロジェクトがコントロールできない重要な仮定や不確実性を明記します。
プロジェクトの成功において、プロジェクトを取り巻く環境は重要な役割を果たします。プロジェクトがコントロールできない要因は、アウトプットの達成に影響を与える可能性があります(例えば、農村開発プロジェクトが順調に実施されていても、予期せぬ大規模な洪水や旱魃が発生すると、大幅な作物の不作を引き起こす可能性があります)。仮定分析を行って、このような事象や条件を特定していきます。
仮定には「リスク」も含まれます。プロジェクトの成功を危うくする可能性があるので、そのために考慮しなければならない要因に他なりません。

 

3.  ログフレームの事例

目標の樹の事例に対応したログフレームは下表のように設定されています(ただし、4層目の活動内容は省略されています)。 


STEP 3 プロジェクト実施計画の策定Implementation planning


ステップ2は、下図のダイアグラムの青い枠で囲った部分です。

プロジェクト実施計画では、ログフレームに基づいて、WBS(業務分割構成)、業務実効体制、業務遂行スケジュール、投入する資源と予算計画を策定します。
これらは通常のプロジェクト・マネジメントにおける実施計画の策定と変わるところはないので、このノートでは、目標の樹からWBSを策定する部分だけを取り上げることにします。
注)  通常のプロジェクト・マネジメントについては、「第1講:そもそもプロジェクト・マネジメントとはなにか?」を参照して下さい。https://note.com/nakawaketakeshi/n/n162758ccd033 


1.      WBS業務分割構成マトリックスThe work breakdown matrix

WBSマトリックスは、業務計画を作成する際に使用するもので、他の手順を実施する前に作成なければなりません。WBSでは、各出力に必要なアクティビティとタスクを設定します。これは、責任の割り当て、活動のスケジューリング、リソースと予算の見積もりなど、後続のステップの基礎となります。
具体的には、目標の樹の最下層の目標(ログフレームの活動内容Activitiesに相当)毎に、これを実現するために必要な業務更に細かく設定していくことになります。

WBSは、目指す成果を達成するために必要な業務を、過不足や重複なしに系統的に表示したもので、プロジェクト・マネジメントの根底にある手法です。通常は下図のような階層構造で表示されます。問題は、技術的な観点からの業務分割が先行し、分割された業務とプロジェクトの目標との関連の切断が往々にして生じてしますことです。本書のアプローチは、この欠点を回避する有効な方法の1つであると言えるでしょう。

 

2.      WBSの事例 (抜粋)

ここでは、問題の樹→目標の樹→WBSに至る流れを一括して、下表に整理しました。

この様に対応がとれていることは当たり前ではないか、と思わるかもしれませんが、現実はそうではありません。問題の樹や目標の樹にまつわる問題点は、次の「まとめとILOデザイン・マニュアルを補完する着眼点」で述べますが、WBSを巡る問題点について付言しておきます。

WBSの主たる目的は、プロジェクト・ティームが行うべき業務を漏れなく重複なく設定する、ことにあるので、往々にしてWBSがティーム側の事情で策定されてしまうという問題があります。例えば、建築設計を例にとると、意匠設計、構造設計、設備設計、外構設計、コスト・マネジメントの様に、実行ティームの専門領域や組織構成に対応させてWBSが作成されるという事態です。
プロジェクト・オーナーにとっては、この様にして組み立てられたWBSには興味を持つことができず、オーナーとティームの間の溝をつくる要因ともなりかねません。プロジェクト・オーナーが関心を維持継続できるように提案された方法として、リザルト・パスa Result Pathがあります。プロジェクト・オーナーとティームが求められる成果とは何かを明確にして共有するとともに、成果の相互関係、つまりある成果を得る上で、どの成果が前提として必要とされるのか、を明らかにしてプロジェクトを組立てる、があります。
注2.  リザルト・パスについても、「第1講:そもそもプロジェクト・マネジメントとはなにか? 6. WBS, PERT, EVMの問題点と解決の方向性の提案」を参照して下さい。
https://note.com/nakawaketakeshi/n/n162758ccd033

 


 

     まとめとILOデザイン・マニュアル   を補完する着眼点       


     

1.     まとめ

ILOのProject Designマニュアルで示されたステイクホルダーの分析からWBS業務分割構成に至る道筋は下図の様に整理できます。

  ■ 外部の視点の重要性
重要なのは、問題の樹を構築する際のインプットとして、①-1ステイクホルダー・マトリックス(内部からの視点)に加えて、①-2対象組織(ターゲット・グループ)のSWOT分析や、①-3類似事例分析などの外部の観点を意識した項目がある点です。
ステイクホルダー・マトリックスでは、ステイクホルダーが有する利害関心が中心となるので、ステイクホルダーが意識・自覚していない問題は抜け落ちてしまう可能性があります。従って、これを補完するための外部からの視点や外部への視点が重要となります。
SWOT分析や類似事例分析を、ターゲット・グループのみで行ったのでは、分析の際の問題意識が限定されてしまい、外部の視点取り込むこと(Perspective taking)につながらない恐れがあります。ターゲット・グループ以外の、幅広い観点から問題を捉える事の出来る外部の人間の参加は不可欠であると考えます。

 2.  ILOプロジェクト・デザイン・マニュアルを補完する3つの着眼点

上図の手順はよく考えられた優れた手順だと思うのですが、これでプロジェクト・デザインにまつわる全ての問題が解決される訳ではないことは、このノートの冒頭で述べた通りです。
このノートの最後に、ILOプロジェクト・デザイン・マニュアルを補完する3つの着眼点を提示することにします。この3つの着眼点については、今後のノートで事例を含めて詳しく述べていきたいと準備をしているところです。

着眼点1.  プロジェクト・オーナーがステップを踏まない どうしたらよいか?
ILOの手順がキチンと踏まれていることは実はむしろ稀であって、実際には次の様な事態が起こっています。この歪の是正がプロジェクト・マネージャーの重要な役割となります。

 着眼点2.   ステイクホルダーが対立する どうしたらよいか?
主要なステイクホルダーの利害関心が異なる場合には、以下の問題が発生することになります。
a       そもそも何を問題にすべきかの意見が一致しないので、問題の樹を策定することができない
b       問題の樹が合意されないと、目標の樹にも合意できない可能性が高い
c       更に、目標の樹を実現する具体的行動のレベルでも合意することができないこの様な問題にアプローチするために、フレームという見方を導入することを提案したいと思います。 

着眼点3.   ステップがうまく進まない どうしたらよいか?
主要なステイクホルダーの利害関心の対立は解決すべき重要な問題ですが、プロジェクトを巡る困難はこれに尽きる訳ではありません。次に検討したいのは、目標から具体的な行動を導き出すという局面で逢着する問題です。目標のあり方に起因するものであり、ステイクホルダーの対立以前の状態ともいえます。この様な事態として、次の2つの情況の打開策を考えていくことにします。
①     目標が一般的でこれを実現するための具体的行動として陳腐なものしか見出すことができない
②     目標の抽象度が高く、これを実現するための具体的行動(課題解決策)を記述することができない
以下の様な打開策を提案する予定です。
①     ステイクホルダーを介して問題の根源に迫り、陳腐な問題を劇的に変化さえる
②     目標と具体的な課題や行動を繋ぐ媒介項(境界オブジェクト)を見出し有効なコミュニケーションを可能にする
③     目標の多義的な解釈を、核心を探る具体化を通して絞り込み、優先順位を明らかにしていく

 

今回のノートは以上で終りです。次回は、このノートで述べた3つの着眼点について述べたいと思っています。

 参考までに、補足として国際連合によるRBMの定義を紹介しておきます。
https://unsdg.un.org/sites/default/files/UNDG-RBM-Handbook-2012.pdf

RBMとは何かWHAT IS RESULTS-BASED MANAGEMENT?RBMとは、ある結果の達成に直接または間接的に貢献するすべての関係者が、そのプロセス、製品、サービスが望ましい結果(アウトプット、アウトカム、より高いレベルの目標またはインパクト)の達成に貢献することを保証するためのマネジメント戦略です。関係者は、実際の結果に関する情報や証拠を、プログラムや活動の設計、資金調達、提供に関する意思決定や、説明責任や報告に役立てます。結果とは、原因と結果の関係から得る記述可能または測定可能な変化のことです。


過去の講義は下記マガジンから参照して下さい。
https://note.com/nakawaketakeshi/m/m130881b572e0

 

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