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お月さまの団子(ショートショート)

 開けた窓から、隣家の夕飯の匂いが漂ってきた。繭子の家の台所では、祖母であるおばあが団子を作っている。粉を水で練り、くるくると丸めていく。おばあの手は団子づくりに誂えたかのように、ゆるやかなカーブを作って滑らかに動いていた。
「繭ちゃん、三方(さんぽう)を出しておいてね」
 おばあは繭子に背を向けたまま、声をかけた。繭子が返事をして振り向くと、逆光で黒くなったおばあが鍋の中に団子を放り込んでいるところだった。踏み台を持って箪笥の高い戸を引く。赤塗りの三方がちんまりと収まっていた。横に置いてある懐紙を一枚取り、三方を抱えた。もう何度、この儀式をやってきただろう。懐紙を丁寧に折って三方の上に置いた。
 団子が茹で上がって皿の上に並べられた。つやつやとした白い玉が、10個の豆電球のように輝く。おばあが満足そうに長く息を吐いた。
「繭ちゃん、10月の満月だからね、10個できたんよ」
「おばあ、どうして10月は10個なの」
 おばあは昔話を語るように話し始めた。
「お日さまはずっと丸くて、毎日上がってくるだろ。だから、1日ごとに誕生日が来るんじゃ。でもお月さまは、ひと月に1回ずつ丸くなるんで、1ヶ月ごとに誕生日がくるんだよ」
「お団子は、誕生日ケーキみたいなものなのね」
 三方の上に、団子を6個置いた。その上に3個、てっぺんに1個。10月の月見団子はどこから見ても三角形になって美しいと、繭子は思う。
 夕日が沈む寸前に、縁側に三方を置いた。空には、気の早い星が既に瞬いていた。

 今年の10月1日は、十五夜。
「愛ちゃん、三方を出しておいてね」
 繭子は孫の愛子に声をかけた。鍋の中には、沸騰した湯で団子が踊っている。おばあの生まれ故郷の儀式が、続いている。繭子の手もしわが増え、あの日のおばあの手に近づいた。


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