缶蹴りという、歴史観。

ひさびさ木の上に登った。息子と娘は、必死になってあっちの茂みや、こっちの物陰を探している。かくれんぼの最中だ。彼らの目線から離れた世界にいる僕は、さながら異世界に迷い込んだように思えるだろう。

まだ見つからない。

これが缶蹴りであれば、すぐさま頭上から強襲し、缶を「ベッカムが2001年の日韓ワールドカップの最終予選でロスタイム93分にオールドトラフォードでギリシャ相手に決めたFK」のように蹴り込むのだらう。しかし、これはかくれんぼだ。缶はない、見つかるまですることがない。

そもそも缶蹴りの歴史は、古代の中国まで遡る。

春秋時代、錆之山の戦いで菅という武将が敵の大将を引っ捕らえた。菅は意気揚々と自軍に戻ろうとしたが、どうも周りの様子がおかしい。誰かに見られている気がするのだ、しかも複数人からである。

菅は腕の立つ武将で、刀を持たせれば一騎当千、弓を持たせれば百発百中の腕前だった。今、自分は1人だが5人までなら問題なく打ち破れるだらう。菅は瞬時にそう状況を分析した。

ちらりと、自らが握る縄の先に目を移すと、猿轡をかまされた敵の大将苑の目は死んではいなかった。「ふむぅ、何かあるな…」菅は勘ぐった。そこで一計を案ずることにした。

少し開けた山道の木に苑を括り付けて「用を足してくる!よもや、逃げようとは思うまいぞ!」と大きな声で苑に向かって怒鳴った。そして、言うが早いが裏の茂みの奥に消えた。

さて、こうなると千載一遇のチャンスとばかりに苑は助けを呼ぼうとするが、猿轡をかまされているため声が出せない。「うー、あー、いー」とうめき声があがるのみである。

それでも一応の合図にはなるようで、長らく様子を伺っていた、苑の部下の一人がひょっこりと木の上から顔を出した。刹那、「ドヒュッ!」音がしたかと思うと、その男の目の前の空気が裂け、そのまま眉間に矢が突き刺さった。

「ひとり…」傾きかけた陽光に照らされながら、誰に聴かせることもなく菅が独りごちた。

さあ、慌てたのは苑である。これは罠だ。自分を餌にして、あの忌々しい男は、顔を出した部下を一人一人撃ち抜いていく気だ!そう思った。今、苑から菅の姿は見えない。

苑は捕まった時のことを思い出した、確かあの男の矢筒には、5本の矢があった。今1本使ったということは残りが4本。こちらの仲間はあと4人。つまり一本でも外せばこちらが有利だ。

さてこの状況で、ヤツに無駄な矢を穿つことをさせる妙案はないだろうか…。苑は顔を顰めた。しかし都合よく案は出ない。すると、「ドスン!」また一人、側近の趙が薮からノロノロと現れたかと思うと前のめりに倒れた。

「ふたーり…」菅の鋭い眼は、既に躯となった名もなき男には目もくれず、抜け目なく周囲を飛び回っていた。

なんてことだ!また優秀な部下を失ってしまった!なんとかヤツに無駄玉を!

苑はさらに顔を顰めた。すると顰めすぎたのか少し猿轡が緩み出してきた。おお!これならなんとか声が出せそうだ!ただし、ここで喜んで考え無しに声を上げて部下に命令すれば、奴にも作戦が丸聞こえだ…。

苑は、疲労と極度の緊張で朦朧とする頭を立て直し、猛烈な速度で考え始めた。鳥の一群が西から東に移動する程度の僅かな時が流れた。

そして、大事な娘を嫁に送るかのように、苑は猫撫で声でこう言った。

と、これは全く嘘の話なのですが、缶蹴りにこういうルーツないかなぁ。あと、次どうしようかしらん…。

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