見出し画像

ブロンODレポート

薬局に行ったある日、適当に歩いていたらブロンと目が合った。
ブロンに手を出したらいよいよ人間じゃなくなる気がしていたので、年齢確認でもされて買えなければいいのに、なんて思いながら結局レジに持って行ってしまった。

買えてしまった。普通に。
俺は病人のフリをしていたわけでもないし、ワザと咳き込んだりしたわけでもない。
画面の向こう側でしか見たことがなかった小瓶が手の中にある。
不思議な気分だ。

買えてしまったものは仕方がないので、臆病者の俺は詳しそうな友達に相談して何錠飲むか決めることにした。
話を聞いたところ、どうやら最初は20錠前後から始めるのが良いらしい。
それと、お湯で錠剤の糖衣(錠剤を服用しやすくするために外側に施した、糖分を含む被膜)を溶かすのが基本らしいが、不器用だから失敗してしまいそうなのでそのまま飲み込むことにした。

キッチリ数えて、教えてもらった通りに20錠飲んだ。
一粒一粒が普通の錠剤よりも大きくて飲み込むのになかなか苦労した。
卵を飲み込む蛇の気分はこんな感じだろうか。

30分くらい経って、何だか効かない気がして来たので勘で10錠追加した。
この辺りで少し変化があった。
"何十錠も薬を飲む"と言う非日常行為にハイになったのか、ジェットコースターに乗る前のような高揚感を感じて、効果が出る前からかなり良い気分になった。

1時間半くらい経って、例の友達に「ブロンは微妙かもしれない」だとかメッセージを送っていたら、突然幸せがやってきた。
心を埋め尽くしていた不安がぶわーっと消え去って、そこに幸せが入る。
ふわふわしてきて、尖っていた心がまろやかになるのを感じる。
最近で一番の幸せを感じた。
騒いだり、体を動かすと心地よいアルコールとはまた違った酩酊で、日常の動作一つ一つに幸福を感じる。いつもと同じ曲を聴いているはずなのに、入り込み方が全く違う。
呼吸すら気持ちいい。天国がここにある。

そして楽しい時間はすぐ終わる。
等価交換の時間が来た。
さっきまで体から溢れんばかりの幸せに包まれていたのが一変して、とてつもない不安が襲い掛かってくる。
地獄だ。
日常の動作一つ一つが不安に変換され、さっきまで入り込めていた曲はただのノイズに変わってしまった。
ここで俺は我を失って最悪の決断をしてしまった。
不安に耐えきれなくなって、残りの錠剤を全部飲み込んでしまった。
次も待っているのは地獄なのに。
また1時間くらい経って、最初の地獄は何とか回避できた。できた、が。
次の地獄がやってきた。副作用だ。
意識しないと呼吸ができない。喉が異常に乾く。手足が冷え切っている。
体がだるい。胃がムカムカする。めまいがする。閉尿。
呼吸困難が特に辛かったので、今普通に呼吸出来ている事に感動している。
天国と地獄がグチャグチャに混ざり合う。
耐えきれなくなって、行きつけの精神科に連れて行ってもらうことにした。

車で行ったのだが道のりがとても長く感じる。
やっと病院に着いて、ただ待つ。
最初に看護婦さんに軽く今の状態の話を聞いてもらって少し楽になった。
どうやら俺はまだ人間だったらしい。
いつもは対して感じない診察までの待ち時間もとにかく長い。
体がだるい。暑いのか寒いのか分からなくなる。不安が戻って来た。
とりあえず何かをして気を紛らわさないとヤバいと思って、壁に貼ってある絵だとか、ドアノブだとかを見ていたら、ドンドン下に下がっていく。
元の位置に戻ったかと思いきや、また下がっていく。
ここで初めて目もやられてることに気が付いた。
スマホで気を紛らわせようとしたが、情報が何一つとして頭に入らない。
どうしようもないので、諦めて目を瞑って自分の名前が呼ばれるまで待つことにした。
恐らくは20分程度の時間が体感では6時間くらいに感じて、名前を呼ばれた時は嬉しくてうれしくて仕方なかった。
頭は鈍ってて、言葉がわからないけど、先生が俺の事を思って説教してることが分かってそれも嬉しかった。
掠れた声で必死に返事をしてたら、突然吐き気がやってきた。
「ちょっと吐きます」と宣言して一応持ってきていたレジ袋に四回くらい吐いた。
フラフラで椅子から立つことすらできなかったから、後処理を看護婦さんにやらせてしまってかなり申し訳ない気持ちになった。
吐いたことで結構楽になって、その後は何とか先生の話が理解できた。
とりあえず「お酒と薬はやめましょう」だった。俺にはその当たり前の事が理解できなくなっていたので凄く有難かった。
入院したい旨も伝えると、俺に合った病院を探して紹介状を書いてくれる事になった。本当に有難い。この時はまだボーっとしてて考えがまとまってなかったけどとにかく感謝しかなかった。

内臓がやられてる感じがしたので、内科にも行くことにした。
車に揺られるのが少し気持ち良かったのを覚えてる。
ここら辺からは意識も戻ってきて先生に自分から話せるようになった。
内臓を見てくれるらしく、「ベッドに寝転んで」と言われた。
腹を4か所くらい押されてそれぞれ違和感があるか、痛いかと聞かれた。
確か右の腹が押された時にちょっと痛かった。
先生は俺には全く見当もつかないグシャグシャの文字で色々メモしてて、
「医者ってやっぱりすげえな」なんて考える余裕もできてきた。
青ざめてた顔も血の気が戻って来た。
ここでも結構長い時間話して、やっぱり「薬とお酒をやめようね」だった。
胃の粘膜を直す薬を出してもらって、家に帰った。

家に着いたら安心と眠気が一気に来て、とりあえず寝まくった。
1回目は犬と一緒に寝た。犬は最高の癒し。
俺と一緒に寝てくれてありがとう。
2回目は自分の部屋に戻ってホットカーペットの上で寝た。
ホットカーペットも温かくて最高だった。
3回目の眠りは面白かった。
目を閉じるとAIで作られたみたいな漫画の1コマが次々と頭の中を切り替わっているのが見えた。
でも不思議と落ち着いていて、ゆったり眠ることができた。
5回目くらいまで寝た気がするけど3回目までしか覚えてなかった。残念。

目を覚ましたら体はボロボロで、まだボーっとするし、喉も酷く乾くけど、頭はそれなりに回復していたのでこれを書くことにした。

自戒としてこれを残して、全ての依存を断ち切る事にする。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?