#1-1 文はうきうきと

 この島の名前をおれたちはまだ知らないしこれから先も知ることはないかもしれない、というのもはっきりいって遭難してるしそんなことより喉が渇いた。だというのにリュウのやつさっきからそればっかり気にしてててんで役に立たない。まるでそれがわかりさえすればここからどうやって家まで帰るかわかるとでもいうように腕組みしたままぶつくさいってる。キヨシとおれは必死でなにか使えそうなものを探してるんだけどなにを探せばいいのか正直いってわかっていない。そういうわけでおれたちは結構いらいらしていたし汗の量が増えるにつれて焦りもどんどん増していた。
「タケツクノツク!」
 だいぶ後ろにおいてきたリュウの声が飛び込んでくる。タケツクノツク? なんだそれ。それから遅れていつのまにやらぼんやり砂浜みつめてた自分に気づく。ねむいのなんのちょっとこれってまじで結構まずい傾向。振り返ろうとした顔を無邪気な海が引き止める。こんなときでも海が綺麗で危機感のなさを思い知る。そりゃ綺麗だろ無人島だし遮るものはなにもない。
「トラさんトラさんこっちきて!」
「おまえがさっさとこっちこい!」
 満身創痍のおれにかわってキヨシが怒鳴って座り込む。おれもさすがに歩き疲れて座り込んだら腰がもたん。倒れ込んだら背中が熱いがどうにもこうにも動けない。タケツクノツク、タケツクノツク。そればっかりが頭をめぐる。いったいなんだタケツクノツク。頭がぐるぐる回ってる。なんでか元気なリュウが走ってこっちに手を振るところまでおれはなんとか目を開けていた。
 冷たい水が口を満たして勝手に喉が大きく鳴って飲み込んでから咳き込んだ。
「もったいないから!」
 変な匂いのするてのひらに口を塞がれ飛び起きる。とたんに景色が鮮明におれの体へ飛び込んでくる。オレンジ色の太陽が海へ溶け込み色を広げる。涼しい風が心地よく濡れた首元を撫でていく。
「もっとくれ」
「大丈夫?」
「いいからもっと」
 変な匂いが気になるがさっきの水は甘く冷たく最高だった。どうやって手に入れたとかどれくらい寝てたとかいろいろあるけど後回し。リュウはキヨシを振り返り、どでかい亀を受け取った。
「さっきいっぱい水飲ましたから、そろそろ出ると思うんだ」
 なにが、とかいいながら察してしまう。そうか、そういうことだったのか。タケツクノツクの生態系。リュウが亀の大きなペニスをしぼりしぼり教えてくれる。海水を飲んで真水に近いしょんべんを出す不思議な亀が命綱とか。素直に口を開けてしまうことにおれはようやく本気で危機感を覚えはじめた。

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