見出し画像

ALS(筋委縮性側索硬化症)の進行停止薬が出現か⁉

(1) はじめに

朝日新聞DIGITALの2021年10月1日付の記事でALS (筋委縮性側索硬化症) の進行を白血病薬が一部の患者さんで症状を阻止したことを示す世界初の京都大学研究グループによる治験結果が報告されました。

Yahooニュースによれば京都大学iPS細胞研究所の井上治久教授らの研究グループは全身の筋肉が衰える難病ALS患者さんのiPS細胞(多能性幹細胞)から作った細胞に1400を超える既存の薬をかけ、薬効スクリーニングした結果、慢性骨髄性白血病治療薬の「ボスニチブ」が病態を抑えることを発見しました。

ALSの国内患者は約9000名と推定されています。

画像4

ALS患者さんを対象に安全性を確認するための初期段階の治験を実施したところ、比較的症状が軽い患者さん9人のうち5人で症状の進行が止まったとの結果が得られました。

ALSの進行を遅延する薬は既にありますが、進行を止める薬が見つかれば世界初で、京都大学の研究グループはより大規模な治験で効果を検証したいとしています。

画像1

私がこのALSという難病の名前を初めて耳にしたのは製薬メーカーに勤務していた頃、会社のUさんという方のお母様がALSで介護で大変だということを聞いた時でした。

しかし、ALSという病気の恐ろしさを本当に肌で実感したのは、私が時々顔を出していたスナックのママさんからある日突然「私、病院で診てもらったらALSと診断され非常に不安です」とのLineをもらった時でした。

知らせを受け、久し振りにお店に行ったところ、すでに「ろれつが回らない状態」でiPadタブレットを用いての筆談しか出来ずビックリ、ALSという病気の恐ろしさを目の当たりにしました。

実は、そのママさんから連絡をもらうかなり以前に「最近手が突っ張って、痛い」ということを聞いていて、関節リウマチかなとも思ったのですが、関節リウマチに特徴的な症状の左右対称性もなく、何が原因かなと考えていたんです。

画像3

画像3

画像引用:www.nhk.or.jp

筋肉の痛み、突っ張りが初期症状としてあるんですね。

ALSは運動神経系 (運動ニューロン) が選択的に障害される進行性の神経疾患で手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力が入らなくなり、歩けなくなり、呼吸筋が弱まると呼吸が十分できなくなり、肺炎を含む呼吸不全で死亡するケースが多く見られます。

この初期症状リストを見て、ALSの超早期確定診断が非常に重要だと痛感しました。

(2) 現在使用されているALS治療薬

ALSは神経伝達物質のグルタミン酸による神経の過剰興奮による運動ニューロンの変性やフリーラジカル (不対電子をもつ分子・原子) による酸化作用による神経細胞の障害が発症に関わっていると考えられています。

① リルゾール (主な商品名:リルテック)

リルゾールはグルタミン酸の遊離を阻害する作用やグルタミン酸の興奮性アミノ酸受容体への阻害作用などにより神経細胞の保護作用をあらわすとされています。

② エダラボン (商品名:ラジカット)

エダラボンはフリーラジカル消去による脂質過酸化抑制作用により神経細胞の酸化的障害を抑制する作用をあらわすとされています。

上記の作用によりリルゾールおよびエダラボンはALSの進行を遅らせる効果があるとされています。

引用:日経メディカル

(3) ALS患者さんを対象としたボスニチブ第1相試験~ALS進行停止を目指す   iDReAM Study~

引用:CiRA (サイラ) 京都大学iPS細胞研究所ニュース

① 研究の背景

ALSは運動神経細胞変性により筋委縮と筋力低下を来す進行性の疾患で、経過に個人差はありますが、人工呼吸器を使用しなければ発症から数年で死亡に至る疾患で、ALSの進行を遅らせる既存薬はありますが、ALSの進行を停止させる根本的な治療法は確立されていません。

ALS患者さん由来の iPS細胞から作製した運動神経細胞を用いたALS病態の再現 (参照:CiRAプレスリリース2012年8月1日)

ALS病態を再現した運動神経細胞を用いて、ALS病態の中核をなす運動神経細胞の細胞死と異常タンパク質の蓄積を抑えることが出来る化合物のスクリーニングを行うiMNシステムを確立 (参照:CiRAプレスリリース2017年5月25日)

② 抗ALS病態効果を有する化合物のスクリーニングと同定

iMNシステムを用い既存の様々な治療薬として使用している物質をスクリーニングした結果、強い抗ALS病態効果を有するボスニチブを同定しました。

ボスニチブ (販売名:ボシュリフR錠)は慢性骨髄性白血病治療薬として用いられている既存薬です。

通常、慢性骨髄性白血病においてはボスニチブは1日量として500mgまたは400mgが投与されます。

画像5

③ ALS患者さんを対象としたボスニチブ第1相試験

京都大学iPS細胞研究所の井上治久教授らの研究グループは2019年から筋委縮性側索硬化症 (ALS) 患者さんを対象としたボスニチブ第1相試験 (iDReAM試験) を実施し、ALS患者さんにおけるボスニチブの安全性と忍容性を評価し、探索的に有効性を評価しました。

本試験では12名の患者さんについてALS特有の有害事象が生じる可能性がないかを調べるために、はじめに3名の患者さんに1日量100mg投与し、その結果を安全性評価委員会で評価した後、次に別のALS患者さん3名に1日量200mg、同様に次に別のALS患者さん3名に1日量300mg、次に別のALS患者さん3名に1日量400mgを投与する試験を実施しました。

その結果、ボスニチブ1日量100mg~300mgを投与されたALS患者さん9名が12週間の試験を完了しました。

1日量400mgを投与されたALS患者さん3名が有害事象により試験は完了しませんでした。

全体を通じての有害事象としては下痢、肝機能障害などが見られました。

ALS患者さんにおけるボスニチブの有効性を探索するために、ALSの症状の進行を示す指標であるALSFRS-Rの変化を調べました。

ALSの症状が進行するとALSFRS-Rのスコアが低下します。

ボスニチブを12週間投与された9名の方のうち5名の方では、ボスニチブ投与後、ALSFRS-Rスコアの低下が停止していることが明らかとなりました。

さらに、ALSFRS-Rの低下の停止がみられた5名の方と、ALSFRS-Rの低下がみられた4名の方の血液を調べたところ、ボスニチブ投与前のニューロフィラメントLという物質の量が異なっていることがわかりました。

ALSFRS-R低下の停止がみられた5名ではALSFRS-Rが低下した4名に比べて、薬を飲む前の血液を調べた結果、神経細胞が壊れた時に出るタンパク質であるニューロフィラメントLの量が少ないことがわかりました。

薬が効くかどうかを見分ける有望な指標になるのではないかと考えられます。

画像6

ボスニチブの100mg~300mgの用量レベルでの忍容性は良好であることがわかりました。

探索的な有効性解析結果から、ボスニチブの投与期間において、一部の患者さんでALSの進行の停止がみられたこと、その目印となる可能性のある指標があることが明らかとなりました。

神経細胞が壊れた時に血液中に出るタンパク質ニューロフィラメントLの量が少ない患者さんほど効果があることが示唆されたことから、ボスニチブ投与の対象患者選択に有用と考えられます。

さらには、ALSの超早期診断法を確立することにより、神経細胞破壊が起きる前から治療できることが重要かと思われます。

まだ少人数での結果のため、今後ボスニチブの効果を統計学的に判定するための大規模治験を計画するとしています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?