背広でキャンプに来るおじさんは、
小話です。
背広、スーツ姿でキャンプに来るおじさんがいる。なんとも不思議な光景だ。スーツ姿でテントをはり、スーツ姿で焚き火をし、キャンプ飯を食い、そのままスーツ姿で寝袋にくるまって寝る。
勝手にスーツキャンプおじさんの名前をつけるなら、べんぞうさん(仮名)とさせて頂こう。黒淵メガネで、こちらから見てもメガネのなかの眼球が見えず、なるとのようなぐるぐる巻きの分厚いレンズしか見えない。まるで、キテレツ大百科に登場する浪人東大受験を大人なってもやり続けているべんぞうさんにそっくりだからだ。
ときより、こっそり草むらから怪しげに僕はべんぞうさんの情景を覗き込む。テントのなかでちゃぶ台を立て、なにやらカタカタとパソコンと言うよりはワープロのようなものを打っている。そして、どこの国の言語かも分からない言葉を、恐らく独り言のようにつぶやいている。そうかと思うといきなり、「中野さん、見えてますよ。」と、後ろ向きの後頭部を僕に見せたまま呟く。「えっ。」僕はギョッとする。首は勿論こちらを振り向いていない。僕の気配を感じたのか。それとも、なるとのようなレンズの黒淵メガネは、ただのアクセサリーで、本当の眼球は後頭部の髪の毛の中にあるのかもしれない。
べんぞうさんの、ちゃぶ台の上には昭和時代のダイヤル式黑電話が置いてある。勿論配線コードは何もない。「べんぞうさん、その黑電話は誰と話しているんですか?」僕は恐る恐る聴いてみた。べんぞうさんの胴体は、ロボットのような動きで僕の方をむき、右手の人差し指ゆびを、お釈迦様のように上に立て、なると黒淵メガネから間ぷしすぎるほどのご光がさした。そして、ニヤリと口元を動かした。
「中野さん、明日の夜明け前のブルーアワーの時間に、私のテントにいらしてください。」そうゆっくりとつぶやいて、テントのチャックを「シュッ」っと閉めてしまった。
僕はなんだか怖くなった。明日の早朝に何が起こるのだろう。
翌日の夜明け。言われたとうりのブルーアワーの時間、眠たい目をこすりながら、べんぞうさんのテントに近付いていった。
すると、あのまばゆいばかりのべんぞうさんの黒淵なるとメガネに百倍の緑色の光が、べんぞうさんのテントごと光っている。しばらくすると、誰もいないのにテントのサイドを止めているペグが外れ、4つのテントのすみがロケットのような炎が地面に向けて吹き付けている。
その瞬間に、べんぞうさんのテントの上に飛行機でも、なければ、ヘリコプターでもない。見たことのない非行物体が現れた。そして、やはり予想どうりべんぞうさんのテントがその飛行物体に向けて垂直に浮き始めた。
そしてゆっくりとべんぞうさんのテントのチャックが空いている。
すると、黒淵なるとのメガネのはずのご光から黒光りする眼球がこちらの目もあけられないほど光っている。なに!やはりちゃんとなるとメガネの奥には確かな眼球があったのか。そして、べんぞうさんは万勉の笑みで、まるで日本の上皇のような穏やかな笑顔で、ゆっくりと僕に手を振っている。
「べんぞうさーん!どこに行くのですかー!」ものすごい突風のなか、僕は叫んだ。
「中野さん、ここはあなたの飛行場ですよ。つまりあなたも・・・。good-bye、サンプラザ中野。上で待っていますよー。てか、俺の名前、べんぞうじゃねーし。」
べんぞうさーん。待って下さい、べんぞうさーん。
あっという間に、べんぞうさんの姿は謎の飛行物体の中に取り込まれ、べんぞうさんが中にはいると、まか不思議な動きでその飛行物体は見えなくなった。
その後、静かに朝日が昇り。何事もなかったようにいつもの朝がやってきた。静まり返った。
べんぞうさんの張っていたテントのあとには何もなくなっていた。ふと、みるとあの黒電話だけが残っている。電話と受話器のあいだに、
「サンプラザ中野。寂しくなった、いつでもこの受話を持ちなさい。そして、あなたも・・・」
とだけ書き残されていた。
べんぞうさん。
そうか、俺も・・・・。
俺はこの、飛行場の主なんだ。
*この物語は実在の人物をアレンジした、オリジナルフィクションです。ちなみに、べんぞうさんからも取材承諾を頂きまし。
余市ススムジャーナル
変態ススム新聞
編集長 中野 すすむ
Cafe Di Lode 店主
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