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「よい原稿は、うまい豚汁に似ている」と現役編集者が断言する理由

「よい原稿は、うまい豚汁に似ている」

一瞬、「?」となってしまう独自の文章論を展開する編集者がいました。講談社「現代ビジネス」というウェブメディアの編集をしている滝啓輔さんです。
私が通っていた「上阪徹のブックライター塾」の課題原稿へのフィードバックとして滝さんが話されたことを、ご本人の許可を得て、以下にまとめます。

「よい原稿は、うまい豚汁に似ている」
と言っても、何のことかわからない人がほとんどでしょうが、これ、自分の中では結構うまくまとまったかなと思っている理論で。 

ようは原稿って「豚汁」だと思うんです。で、それぞれの「具」と言えるのが(この課題の場合、取材で知り得た)個々のエピソード。それも、面白くて、尖っていて、濃いエピソードです。

残念ながら、みなさんの原稿のほとんどが、この「具」の原形がなくなって、ほとんど「汁」だけのようなものになっている。これじゃ、おいしくないですよね。

今回の課題は、200万部超の大ヒット作品「漫画 君たちはどう生きるか」を世に送り出したマガジンハウスの名物編集者・鉄尾周一さんについてのインタビューでした。中でも一つ重要なエピソード(具)が、鉄尾さんが雑誌「アンアン」を編集していた時代に、村上春樹さんに執筆をお願いした話。

手紙を書いてから会ってもらえるまでに何年もかかった、初めて事務所を訪れたときにこんなことがあった、村上さんからは執筆にあたりこんな条件を出された、何とか条件をクリアして無事に原稿を受け取ることができた――これはぜひとも入れたい「具」です。
一方で、林真理子さんの連載を担当した話、堀北真希さんの写真集を編集した話、そのほかにもたくさんの製作秘話を取材で聞いていて、それらもひとつひとつが「具」となりえます。

もしこれらのエピソードをすべて、限られた字数に盛り込もうとしたら何が起こるか。

字数制限という「器」に入り切らないので、バッサバッサと個々のエピソードを削って、単なる最低限の事実を列挙した、ほとんど「汁」だけの原稿が出来上がる。せっかくの村上春樹さんとのエピソードも、極端に言えば「村上さんに原稿を頼みました。オッケーでした」で終わってしまうような原稿になってしまいます。

あれもこれもと欲張らないで、入れるべき「具」をまず決める。たとえ、じゃがいもと豚肉という最低限でも、ごろっとした具がはいっていれば、それはうまい豚汁と言えるはず。手に入れた材料の中で、何と何が必要な具(エピソード)か見極める。上阪徹さんのご本にも『文章は書く前に8割決まる』とありましたが、まさに原稿は「仕込み」の段階である程度その良し悪しは決まっていると思うのです。

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