麹の効能7

「ワキガ」に対応する英語はない。意外ではないですか?みなさんご存知の通り、西洋人は東洋人に比べて体臭がきついものだから、体臭を表す表現もさぞいろいろあるかと思いきや、案外バラエティに乏しい。
「あいつワキガくさいなぁ」の英訳として、たとえば
The smell of his armpits is offensive.
と無理に「わきの下のにおい」とやっては違和感があって、
He has a strong body odor. あたりが自然な表現ということになる。
「これだと、ワキガがくさい、という要素が抜けてるじゃないか」と思うかもしれないけど仕方ない。西洋人の認識では、「ワキガ」というより、「体臭」なんだ。
言葉には文化の違いがモロに反映されるもので、その例として「湯」や「肩こり」がよく挙げられる。前者はhot water(熱い水)と表現するしかないし、「肩こってますね」はYou have stiff shoulders.つまり「硬い肩を持っている」と何だか説明的な感じになってしまう。

さて、ワキガの話をしようと思っている。
ワキガ(医学的には腋臭症)には、はっきり遺伝性がある。これは要するに、アポクリン腺の分泌物に関連した遺伝子で、アジア人にはアポクリン腺の量が少なく(従って体臭が少なく)、黒人やヨーロッパ人ではアポクリン腺が多い(体臭がきつい)。
なぜ人種によって違いがあるのか?
アフリカで発生した人類が15万年ほど前に北上を始め、6万年ほど前に小アジアに到達した。そこから西に行った人々がヨーロッパ人に、東に行った人々がアジア人になったと考えられている。
アフリカから中央アジア、東アジアと行くにつれ、アポクリン腺遺伝子(ABCC11遺伝子)のG型(体臭きつい)が次第に減っていき、A型(体臭うすい)が増加していく。これは、アジア人がシベリアなどの寒冷気候に適応する過程で、遺伝子が変化した結果ではないかと考えられている。

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アフリカ人ではG型が100%、A型が0%であるのに対し、日本人ではG型が30%、A型が70%、韓国人に至ってはG型が0%、A型が100%である。
こうした遺伝的背景を考えれば、アフリカではアポクリン腺の発散する「体臭」が、「人間としてあって当たり前」ということになるだろうし、逆に、体臭の少ないA型が主流の日本や韓国では、体臭が忌避される傾向があるのは必然であったかもしれない。

個人的には、ワキガのにおいは全然嫌いではない。昔、黒人女性から英会話を習っていたときがあって、その人も黒人の例にもれずG型で体臭の強い人だったけど、別に不快ではなかった。その女性自身、自分の体臭を気にすることなく堂々としていた。
ただ、日本人の場合、たとえ他人が気にならずとも、自分の体臭を気にする人は多いようだ。

【症例】20代男性
強い香水のにおいを発散しつつ、診察室に入って来られた。
「常に自分の体臭が気になります。考えてみれば、思春期以降、ずっと、です。ただ、本格的に気になりだしたのは、大学を卒業後、塾講師として働き始めてからです。
中学生って遠慮がないもので、私のことを陰で散々言ってるんです。「あいつ、ワキガくせぇ!」って。
体臭を笑われるって、つらいです。自分がそこに存在しちゃいけない、みたいな気持ちになって。だんだん職場に行くことが怖くなって、結局うつ病みたいになって休職しました。その期間中に一念発起して、ワキガの手術を受けました。
「これで体臭をバカにされることはないだろう」って思っていたんですが、やっぱり気になるんですね。本当に体臭は消えたのか。母ににおってもらうと、「全然におわない」って言うんですけど、家族で同じような体臭だとすれば鼻がぼけているだろうから、当てにならない。親しい友人に思い切って聞いてみると「全然大丈夫だよ」っていう。でも信じられない。親しき仲にも礼儀ありで、仮ににおいがしても「大丈夫だよ」って言うと思うんですね。つまり、本音は誰も言ってくれない。
それに、この手術をしたからといって完全ににおいがなくなるわけじゃないんです。だって、アポクリン腺はわきの下だけではなくて、全身に分布してるわけですから、そこからのにおいは消えない。
それで、どうしたらいいだろうと思って、相談に来ました」

話を聞いていて、何ともつらかった。「体臭を否定されることは、存在の否定」確かにそうだと思う。中学生って本当残酷よな。大人なら、もうちょっと、言っていいこと悪いことの区別もつくだろうけど。
実際にこの人の体臭がどんな具合なのか、手術後もにおいが残っているのか、それとも本人の気にしすぎなのか、それは香水のせいでわからない。

さて、どうすればいいだろう。栄養療法的にアプローチすべきか(「このサプリを飲めば体臭が消えますよ」的な)、精神療法的にアプローチすべきか(「みんな忙しいんです。自分が気にするほど人はあなたのことを気にしていませんよ」みたいな)。
「実際以上に自己評価が低い」という点で見れば、醜形恐怖の一種のようだ。強迫性障害のバリエーションで、うつ病の併発率の高さで知られている。食生活が乱れていたとすればこの可能性が高い。
一方、本人の言う通り、本当に体臭が強く残っていたとすれば?
だとすれば、ぜひ麹を勧めたい。以前にも紹介したが、麹には体臭を軽減する作用がある。
そもそも体臭は、汗のにおいではなく、皮脂のにおいである。麹の積極的な摂取によって、まず、腸内細菌叢が整う。そうすると、腸・皮膚相関で、皮膚常在菌叢も正常化し、皮脂が酸化しにくくなる。つまり、体臭が軽減する。
そもそも日本人の体臭が強くないのは、遺伝的要因もあるかもしれないが、麹や納豆など発酵食文化の隠れた恩恵ではないか、と思う。

麹の摂取の仕方について、味噌汁、塩麹、甘酒、麹しょう油など様々あるけど、ここでは特に、麹水を勧めよう。

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作り方は簡単。麹を水につける。それだけ。8時間ほど放置すると、ほのかに甘い水ができる。水分でふやけた麹はそのまま食べるといい。
この麹水をたっぷり作っておいて、料理にでも何でも使うといい。化粧水にも使えるし、頭皮に塗れば薄毛の改善効果さえある。

麹をたくさん食べる方法として、味噌汁や塩麴は塩辛いので大量に食べるわけにはいかない。しかし麹水でふやけた麹なら、大量に食べることができる。
麹の大量摂取によって、体臭の軽減が期待できるし、腸内細菌叢が整うことで強迫性障害の改善も期待できる。つまり、この患者の病気がどちらであったとしても、麹は一石二鳥のアプローチということだ。

この患者を見て個人的な思い出を刺激された。「その中学生は俺だ」と思った。ワキガの同級生をバカにして傷つけてしまった記憶。一抹のやましさを感じながらも、嘲弄して笑っていた若い自分。そして、今、目の前にいる、中学生に心を傷つけられて苦しむ患者。
何だか胸が苦しくなった。同級生に今からでも謝りたい衝動にかられた。
人を傷つけておいてその許しを乞えないって、けっこう地獄だよ。

【参考】
麹親子の発酵はすごい(山元正博著)