腸内細菌と神経難病

以前の記事で、「自閉症児にベータグルカンを投与したところ、自閉症スコア(CARS)が改善し、血中αシヌクレイン濃度と血中メラトニン濃度が上昇した」という研究を紹介しました。
https://note.com/nakamuraclinic/n/n73df4a65dd01

昨日この論文の著者のSamuel Abraham博士と当院でお会いする機会があり、ベータグルカンが神経難病になぜ著効するのかについて直接レクチャーをしていただいた。研究の第一人者から直々に教えてもらえるなんて、こんな光栄なことはありません。
アブラハム博士はインド出身で、1993年に初来日して以来、30年日本に住み続けている。日本語はペラペラで僕よりうまかった(笑)もちろん英語もできる。
インドのスーパーエリートによくあるように、もともとはアメリカで研究者になることを夢見ていたのだけれども、日本で研究者生活を開始し、日本人の奥さんができ、日本のよさを知るにつれ、「日本でやっていこう」と決意したという経緯があります。バブル景気の余韻がただよう1993年に来日し、経済的に衰退する様子を目の当たりにした、日本の栄枯盛衰の生き証人でもある。
基本的に甲府にお住まいだけど、東京や岡山の大学と共同でベータグルカンの研究をしたり、高知にベータグルカンサプリの生産工場があるなど、全国各地を忙しく飛び回っている。「きのう大阪で筋ジストロフィーの学会があってベータグルカンの有効性について講演してきました。その足で神戸まで来ました。この後、高知に向かいます」とフットワークの軽い人だ。

アブラハム博士のレクチャーはとてもおもしろかった。知的にスリリングな、ぞくぞくするような興味を感じたのは久しぶりのことだ。
たとえば、以下のような研究。

アウレオバシジウム・プルランス(黒酵母)AFO-202菌株由来のベータグルカンサプリ(ニチグルカン)が自閉症児の症状改善に寄与することは以前の研究で示されているが、その際、腸内細菌叢にどのような変化があるかを調べた。
18人の自閉症児に協力いただいて、6人はコントロール群(第1群)として従来型の治療を受ける(Lカルノシン500㎎を1日1錠とか)。12人を第2群として、従来型治療にプラスして、ニチグルカン500㎎を1日2回服用する。これを90日続ける。
90日後、被験者の便サンプルを採取してゲノム分析をしたところ、第2群ではエンテロバクターがほぼゼロになっていた。一方の第1群では0.36%から0.85%に増加していた。第1群でバクテロイデスが増加していた一方で、第2群では減少していた。

要するに、ニチグルカンの服用で腸内細菌叢が変化することが明確に示されたわけです。具体的な変化としては、エンテロバクターが減少する(というかゼロになる)。これは症状の軽減にとってめちゃくちゃ重要です。というのは、エンテロバクターはcurli protein(アミロイドタンパクの一種)を産生するため、αシヌクレインのミスフォールディングや蓄積を引き起こすことが分かっている。つまり、「エンテロバクター=極悪人」です。ニチグルカンを飲むとこの極悪腸内細菌がゼロになるというのだから、飲まない手はないでしょう。

実際にパーキンソン病(PD)患者に対してベータグルカンを投与した研究。
AFO-202ベータグルカン3gを経口で90日間投与したところ、PD評価スコア(UPDRS)が43.25から40に低下した。認知機能、歩行とバランス、姿勢の安定度、便秘が改善した。便秘の重症度スコアは3から1.75に低下した。血中クレアチニン濃度が低下し、血中のグルコース濃度および脂質濃度が正常化した。MRIの画像所見が改善した患者もいた。

アブラハム博士、ニチグルカンのサンプルを僕にくれたのだけれど、実際僕も飲んでみて、便通がテキメンによくなった。特に便秘のつもりはなかったけど、もっといいウンコが出た。これは確かにPDの人にも効くだろうなと思う。

以下の研究はアブラハム博士のものではないけれども、内容がおもしろいので紹介します。

『抗生剤の使用とパーキンソン病のリスクについて』

PD、AD(アルツハイマー病)、自閉症など、神経難病の多くには腸内細菌叢がその発症(あるいは重症化)に関与していることが分かっている。それなら、ひょっとして抗生剤の服用がこれらの神経難病の原因になっている可能性はないだろうか?これについて調べた研究です。
1998年から2014年の間にフィンランドでPDの診断を受けた人(13976人)について、抗生剤の服用歴について調べた。一方、コントロール群(40697人)との比較から、条件付きロジスティック回帰分析で抗生剤のPD発症リスクを調べた。
結果、PD発症に最も強く関連する抗生剤は、マクロライド系リンコサミド系だった(オッズ比1.416)。また、抗嫌気性菌の抗菌薬テトラサイクリン系サルファ系トリメトプリム(葉酸阻害型抗菌薬)抗真菌薬もPDの発症と正の相関が見られた。

たとえば、歯医者で抜歯とか何らかの処置を受けたとする。ほぼ確実に抗生剤が出ます。処置と抗生剤処方はワンセットです。
あるいは、風邪をひいたとして、すぐに病院に行くタイプの人がいる。こういう患者にも問題があるけど、医者にも問題があって、単なる風邪なのに抗生剤を処方する医者がいる。「ジスロマック(マクロライド系)を出しておきますね」とか。
こんなふうにして潜在的パーキンソン病患者が生まれていくわけです。
そもそも病院に行かなければ抗生剤を処方されない。抗生剤を飲まなければPDの発症リスクが高まることもない。
だから、僕は常々言っている。「病院なんて来るもんじゃないですよ。うちのクリニックも含めてね」と。

もうひとつ、同じような論文だけど、

『PD患者の腸内細菌叢の乱れは抗生剤が原因である可能性』

PD患者の大半では、その発症の数年前から何らかの消化器症状があり腸内細菌叢が乱れていることが分かっている。この消化器症状は抗生剤の使用が原因である可能性がある。抗生剤を使うと、腸内のいわゆる善玉菌が減少し、curli(アミロイドタンパク)を産生するエンテロバクターが増加する。curliは細菌由来のαシヌクレインのことで、これが腸の神経にアミロイドとして蓄積し、このアミロイドタンパクがプリオンのように中枢神経系に侵入していく。さらに、抗生剤は慢性的な炎症を引き起こし、これが腸および中枢の神経系のダメージの一因となる。これらは、EUの抗生剤使用量とPD発症率との比較により、裏付けられている。実際我々は、ペニシリン系抗生剤とPD発症のあいだに有意な正の相関を見出した。

以前の記事で、「ベータグルカンというのは結局キノコの成分で、キノコというのはカビだから、キノコや麹とかを食べてれば同じような効果が得られるのではないか」ということを書いたけど、これは絶対的な間違いとはいえないけど、論理としては雑ですね。アブラハム博士に言わせると、やはり、「ニチグルカンだからこそ効く」ということです。今後当院でも扱っていく予定です。


最後に告知です。

https://nukaduke-nakamura.peatix.com/

腸内細菌が重要ということで、万能酵母液で有名な堂園仁先生をお招きして、ぬか漬け作りのセミナーを行います。
【日時】2023年9月10日午前の部:10時から 午後の部:13時から
【場所】当院
【費用】・初参加の人:9460円(会場費+peatix手数料込み)
★2L発酵容器+1回分の材料セット付き
・再受講の人:6625円(会場費+peatix手数料込み)
★2L発酵容器+1回分の材料セット付き