セントジョンズワートとうつ病1

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セントジョンズワート(St. John's wort)は日本語ではオトギリソウと言われている。オトギリソウは弟切草。なんだかいわくありげな字面をしていると思いませんか?
昔、ある鷹匠(鷹を手なずける職人)がいた。この野草が鷹の切り傷の特効薬であることは、当家に受け継がれる門外不出の秘伝だった。しかしこの鷹匠の弟が、別の鷹匠にこの秘密を漏らした。これを知り怒り狂った鷹匠、「先祖に申し訳が立たぬ」と弟を切り殺してしまった。
これが弟切草の由来である。気の滅入るような話だが、オトギリソウは抑うつに著効するというのだから、こんな皮肉はない。
そう、オトギリソウは日本ではある鷹匠の秘伝の塗り薬として、西洋では抑うつや不安に効くハーブとして、古くから用いられてきた。以下、この植物の精神面への効果について語ろうと思うから、弟切草という物騒な呼び方はやめ、セントジョンズワートと洋風に記載しよう。

セントジョンズワートがうつ病に効くという論文は数多い。しかし研究者が驚いたのは、有効性もさることながら、副作用のなさである。"効果には副作用がつきもの"というのが、一般的な西洋薬である。ところがこのセントジョンズワートは、実に、副作用なしに効く。研究者は感嘆の声をあげた。「すばらしいハーブだ。まるで"副作用のないジプレキサ"じゃないか」
ドイツではセントジョンズワートは単なる民間療法ではなく、保険の効く処方薬としての適用がある。つまり、それぐらいに有効性が認められているということだ。

【症例】60代男性
5年前からのうつ病。抗うつ薬(アナフラニール、ドグマチール)、抗不安薬(セルシン)、睡眠薬(レンドルミン)服用中。減薬と症状改善を希望して、2019年9月当院初診。
「前はもっとたくさんの薬を飲んでいました。エビリファイ、ジプレキサ、リボトリール、リスパダールなどを山盛り出されて、典型的な多剤処方でした。それだけたくさん飲んでも、楽になるかというと全然そうじゃなくて」
食事の改善指導に加え各種ビタミンを勧めたが、いまいちぱっとせず。あれやこれやと試行錯誤しつつ、症状はよくなったり悪くなったりの繰り返し。それでも、この患者は僕を信じてついてきてくれた。
CBDオイル、有機ゲルマニウム、バレリアンあたりを処方しはじめた頃から徐々に風向きが変わり始め、薬をちょっとずつ減らせるようになってきた。セントジョンズワートを処方した2020年7月以降、はっきり改善し始めた。
本日(11月24日)受診。
「10月29日を最後に、レンドルミンを飲んでいません。これでアナフラニールもセルシンも、すべて薬をやめることができました。
正直睡眠の質はいまいちです。1時間ごとに目が覚めるし、早朝覚醒もある。でも、薬をやめられたという、そのことがうれしい。
6月にアナフラニールをやめて、それで露骨に調子が悪くなりました。気分が低いことは当然苦しいです。それでも、やめようと思いました。薬では先が見えないと思ったので。でもこう思えたこと自体、自分にとっては奇跡です。以前の自分なら、薬をやめようなんて発想自体思い浮かびませんから。強迫症状に対してアナフラニールが効いてるのを自分でも感じていました。だから、やめるのは当然怖い。「でも思い切ってやめてみよう」と思えた、そのこと自体が、改善の証拠だと思います。

で、実際やめて、確かにしんどかった。8月はどん底でした。それでも、そういうどん底にありながらも、「少しずつよくなっていくはずだ」という確信みたいなのがありました。
そして思い切って、最後に残っていたレンドルミンもやめました。確かに睡眠の質は悪化しましたし、気分もまた落ちました。頭に砂がつまったような、わらがつまったような、どう形容すればいいのかわからない何とも不快な感覚です。でも10日ほど経つうちに、このベンゾの離脱症状も消えていきました。それと同時に、これまで自分が長らく忘れていた感覚を、徐々に思い出してきたんです。
変な表現に思われるかもしれませんが、"顔が戻って"きました。これまで、私には顔がなかったんです。笑ったり泣いたり。そういう表情が作れなかった。仮面をかぶっていたようなものです。それが、顔のこわばりがとれて、ちゃんと"私の顔"になってきました。
さらに、食事を「おいしい」と感じるようになってきました。これまで、ご飯が全然おいしいと思いませんでした。栄養をとっておかないと、の思いで無理に食べてるような具合でした。でも、自然と「おいしい」と感じたんです。

何が一番効いたのか?
難しいですね。どれも支えになっている気がします。マグネシウムもケイ素もいいし。
バレリアンは最初、特に何とも思わなかったのですが、ベンゾをやめてから効果を感じるようになりました。ベンゾほど強くないですが、あ、何か効いてるなって感じです。
セントジョンズワートははっきり効果を自覚しました。というか、飲んだ当初、発疹が出たんですね。赤いぶつぶつができて。普通ならこの時点でやめてしまうかもしれません。それでも、気持ちがはっきり楽になったものだから、やめようとは思わなかった。ぜひ続けたいと思いました。で、皮膚症状を気にせず使い続けているうちに、ぶつぶつも出なくなりました。

あ、そうそう、先ほど言い忘れていましたが、私、悲しむこともできるようになりました。「悲しんでたらうつ病じゃないか」って思われるかもしれません。違います。喜怒哀楽、すべての感情が無化するのがうつ病です。うつ病の人は、悲劇を見て涙を流したりできないと思います。
そもそも私がうつ病を発症したきっかけについて、まだ先生に話していませんでしたね。5年前に、18年飼っていた猫が死んだんです。すでにその前からうつ病の兆候があったんだと思いますが、この猫の死が発病の引き金になりました。大事な猫が死んで悲しいはずなのに、全然悲しさを感じなくて、ただ、漠然とした不安感が募ってきました。「みんな、こんなふうに死ぬんだ」と。
それ以来、何もない、圧倒的な虚無のなかで、私はずっと埋もれていました。
ところが数日前、死んだ猫のことを思って、泣きました。死から5年。ようやく涙を流して、悲しむことができたんです」

思い入れや愛着のある存在(人であれペットであれ)の死に際して、「喪の儀式」に服する必要がある、とフロイトが指摘している。つまり、その死をきちんと悲しんで、かつ、その悲しみを乗り越えることである。この人は本来5年前にこなしておくべきプロセスが、いまだ未了のままであった。心身の状態が整うにおよんで、すぐに心に浮かんだのがこの猫のことで、ついに、5年越しの「喪の儀式」を果たした。
成仏は、人の心の中にある。