麹の効能2
和食の健康効果が世界から注目されている。昆布、鰹節などのダシ、味噌、しょう油、酒、みりん、酢などの発酵食品の利用など、日本人が昔から当たり前に食べてきた一汁三菜こそが最も健康的な食事だった、ということを世界が認識し始めた。
しかし、当の和食の発祥地日本では、近年低糖質高タンパクがブームである。米は憎っくき糖質として忌避され、代わりにタンパク質(肉や卵)の積極的摂取が励行されている。塩が"悪者"ということになり、塩分を多く含む味噌も敬遠され、一人当たりの消費量は減少する一方である。
メーテルリンクの『青い鳥』のように、幸せは"どこか遠く"にあると思いたがるのが僕ら人間の性癖なのかもしれない。チルチルとミチルが長い旅の末に、結局幸せは身近な我が家にあることを見出したように、僕らはずいぶんな回り道をしないことには当たり前の結論(「伝統的な和食こそ"答え"だった」)を受け入れることができないようだ。
人生にムダはない。試行錯誤し多くの失敗を重ねることにさえ、意味があると思う。しかし、こと健康法に関しては、失敗に気付かずに突っ走っては、ときに命にかかわる。長期的な低糖質高タンパク食が、果たして真の健康をもたらすか否か。腸内に滞留する未消化タンパク質の腐敗、腸内細菌のアンバランス(dysbiosis)、体液のアシドーシス(酸性化)から癌を発症し、食事法の誤りに気付いたときにはすでに手遅れだった、となっては、なかなかきつい教訓である。「この失敗を来世に生かそう」と前向きにとらえることもできるだろうが、さすがにそこまではちょっとね(笑)
僕は何も特別なことを言っているつもりはない。"当たり前"を見失わないようにしたい、と言っているだけだ。果たして日本人は、古来から肉をそんなにたくさん食べてきたのだろうか。健康になるためにそんなにたくさんのプロテインパウダーを飲まなきゃいけないのだろうか。
昔からある"当たり前"に立ち戻れば、大きく外すことはない。そのあたりをちょっと考えてみて欲しいだけなんだ。
具体的に和食の何がいいのか?これについては、和食を和食たらしめている要素の数だけ、各論を展開できるだろうが、ここでは麹に注目したい。はっきり言って、麹による発酵を抜きにして和食はあり得ない。味噌やみりん、日本酒は二ホンコウジカビ、しょう油はショウユコウジカビ、鰹節はカワキコウジカビによって作られるなど、日本人ほど発酵の多大な恩恵にあずかってきた民族は他にないのではないかと思う。
これら麹の発酵がもたらす健康効果について、すでに多くの研究があるが、つい最近もこんな論文が出た。
『習慣的な味噌の摂取は2型糖尿病患者のサルコペニア(筋減少症)の発生率低下と相関がある』
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33379405/
要するに「糖尿病だったとしても、味噌汁をよく飲んでいる人では筋肉が落ちにくい(妙にげっそり痩せるようなことは起こりにくい」)ということだ。
なぜなのか?
上記の論文は横断研究である。つまり、糖尿病の人をつかまえて「あの、ちょっと質問してもいいですか?味噌汁をどれくらいの頻度で飲みます?あと、筋肉の量を測らせてください」という感じで調べたものだ。簡単に行えるというメリットがあるものの、この研究だけでは因果関係が必ずしも明確ではないというデメリットもある。
しかし別の角度からの研究で、麹による脂肪減少・筋肉増加作用が示されている。
『米麹により肥満マウスの体重、脂肪蓄積、高血糖が減少した』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4157231/
『麹の醸造外利用に関る研究~特に機能性飼料および機能性食品としての利用』
file:///C:/Users/user/Downloads/Diss_Hioki_Kumiko_RNK999_2015.pdf
なぜ麹によって筋肉が増加するのか?鶏(ブロイラー)に黒麹を食べさせた研究によると、その機序はこうである。
鶏の腸内に棲みついた黒麹菌は、ブトキシブチルアルコール(BBA)という物質を作る。BBAは脳の下垂体に作用し、ストレスホルモンのひとつ、ノルアドレナリンの分泌を抑制する。
実はノルアドレナリンには異化作用(タンパク質をアミノ酸やグルコースに分解する作用)がある。ここが話のキモですね。ノルアドレナリンは筋肉を分解してしまう、ということだ。黒麹を食べることで産生されるBBAは、そのノルアドレナリンの分泌を抑制する。結果、筋肉の分解が抑制され、筋肉がつきやすくなる。
「脂肪が減って筋肉が増える」なんて、こんなに都合のいい話はない。麹を食べるだけでこんな効果が得られるのだから、すごい話だと思いませんか?
高齢者の寝たきり予防に有効だろうし、畜産業への応用(家畜の筋肉量増加)も考えられるだろう(実際行われている)。ボディビルダーがこれを知れば、麹に飛びついてドカ食いするだろう(笑)
特に肥満でも痩せでもなくても、ストレス過多の現代人にとって、麹のストレス軽減作用は健康維持の一助になるに違いない。
腸活の重要性が言われている。やれ「納豆を食べろ」だとか「ロイテリ菌のサプリがいい」だとか、いろんな人がいろんなことを言っている。
しかし僕は声を大にして言いたい。麹こそが最強の腸活である、と。
実は、麹は、正確には腸内"細菌"ではない。麹は、真菌、つまり、カビの一種である。「細菌も真菌もどっちもバイキンで、同じようなもんでしょ」と思うかもしれないが、これはもう、まったくもって違う。サイズがざっと10倍違うが、もっと本質的な違いは、細菌は原核生物であり、真菌は真核生物だ。サルと人間の違いをはるかに上回る隔たりが、両者にはある。
しかし、真菌と細菌は別個の生命体でありながら、人間の腸内で共生関係を営んでいる。具体的には、麹を食べると腸内に酪酸菌が増える。つまり、真菌の摂取によって細菌が増加する、という格好だ。これがものすごい健康効果をもたらすんだけど、その詳細については次回以降に説明しよう。
【参考】
『麹親子の発酵はすごい!』(山元正博著)