麹の効能5

糖質制限は2012年頃には、健康法に詳しいごく一部の人にだけ知られる、「知る人ぞ知る」的な存在だった。それが2016年頃から次第にブームになって、多くの人が実践し始めた。実践者が多くなるにつれ「糖尿病に確かに効いた!」「〇㎏のダイエットに成功!」という声があちこちで聞かれると同時に、批判の声も多く寄せられるようになった。2017年2018年頃のSNS上ではこれら糖質制限「肯定派」と「否定派」が激しい議論を交わしたものである。2021年現在、かつての熱狂的な糖質制限ブームは一段落し、落ち着くべきところに落ち着いた印象だ。

糖質制限が流行したことにも理由があるし、その流行が終わったのにも理由がある。
流行した理由は、それがまず、単純に「効く」からである。糖尿病や肥満にはてきめんに効く。しかも実践も簡単。「糖質(米、小麦、果物、菓子など)を食べない」。それだけである。代わりに肉と野菜をたっぷり食べておけばオッケー。この、結果の出やすさと実施の簡単さが、「やってみようかな」のハードルを低くした。実際にやってみた人々は、その即効性に感嘆の声をあげた。「すぐ効く!」「すごく効く!」こうした情報はSNSを通じてすぐに拡散するもので、糖質制限ブームに拍車をかけた。

流行が終わった理由は、多くの人がそのデメリットに気付いたからである。
短期的には目覚ましい効果をあげる糖質制限だが、これを長く続けた人のなかから、様々な不調の声が聞こえ始めた。
たとえば、今日当院に来院した患者(30代女性)は糖質制限についてこんなふうに言っていた。
「2年前にライザップに通っていて、そこでトレーナーから糖質制限を指導されました。やり始めて、最初はすごくよかったんですね。不安定な精神状態が落ち着いて、便秘気味だったのがいい感じに出るようになって。でも何か月か続けるうちに、体調が悪くなってきました。
いろいろあるんですけど、まず、髪が抜けてきました。これが一番大きかったです。トレーナーに相談しても「一時的なものだと思いますよ」って。でもずっと抜け続けるので、これは絶対変だって思って。
もうひとつは、体臭です。私、体臭はもともと全然ないほうだと思うんですが、自分でも自分のにおいが気になり始めて。汗をかいたときに自分の汗じゃない感じがするようになりました。
あと、気持ちの不安定さです。糖質制限を始めた最初の頃は確かに気持ちが安定したんですが、やっぱりまた不安定になってきたんですね。落ち込むというか、やたらイライラすることが多くなって。そんなこんなで、糖質制限、やめました」

糖質制限により体内への糖質(グルコース)の供給が途絶えることは、体にとって緊急事態である。「グルコースは生存に必須であるため、生物は血糖値を上げるメカニズムを複数持っている」ということは、高校で生物を履修した人なら習ったことがあるだろう。その一つは、糖新生である。タンパク質や脂肪をグルコースに変換して、何とか血糖値を維持しようとする。このメカニズムは、筋肉の多い肥満男性にとっては脂肪が消費されて好都合だろう。しかし筋肉も脂肪も少ないやせた女性が、長期間にわたってこの機構に頼ることは、相当なリスクである。筋肉の減少から血糖値が不安定になり、イライラするようになる。
糖質制限では、糖質に代わって肉類(タンパク質)の多食が奨励されているが、タンパク質の消化吸収能力には個人差がある。未消化のタンパク質は腸内で残留、腐敗し、腸内細菌叢を悪化させる。吸収されたタンパク質も糖新生によるグルコース産生のほうに優先的に回され、結果、体を構成するための材料(タンパク質)が不足に陥る。脱毛は、この材料不足のひとつの現れである。

糖質制限で、なぜ体臭がひどくなるのか?ここには腸内細菌が関与している。
『微生物と体臭~その病因とケア』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7215946/

たとえば断食をしたことがある人は、自分の体が臭くなることを経験したことがあるだろう。糖質制限で体臭がきつくなるのは、この現象と本質的には同じである。つまり、糖質の供給不足により、脂質が代謝されるようになるとケトン体(アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトン)が生じる。ケトン体のなかでもアセトンは特に揮発性が高いため、血中から直接揮発して体表面から放散される。さらに、アンモニアである。アミノ酸が分解されるとアンモニアが発生するが、これは皮膚からも放散される。

対策はどうすればいいか?簡単で、糖質をとることである。グルコースが直接供給されるようになれば、脂質代謝が抑制されるためケトンの生成量が減少する。アミノ酸の分解が抑制され、アンモニアの生成量も減少する。結果、体臭が少なくなる。

しかし今回、僕がここで挙げたいのは、麹である。麹には体臭の消臭効果がある。これは上記のような糖質制限による体臭だけではなく、いわゆる加齢臭にも効く。
この「麹による体臭の消臭効果」について、残念ながら、まだ正式な研究はない。ただ、多くの人がempiricにその効果を実感している。山元文晴氏の祖父は、加齢臭のきつい人だった。そこで麹を積極的に摂取してもらったところ、2,3か月でにおいがなくなったという。
人を対象とした研究はないが、麹による消臭の機序は予想がつく。まず、皮脂の酸化抑制効果である。体臭のなかには、体表から分泌される皮脂の酸化によって生じるものがある(ノネナールが有名だろう)。皮脂の構成成分は食べ物が直接的に影響することから、麹が何らかの機序で皮脂の酸化を抑制している可能性が考えられる。
また、ストレスによって体臭がきつくなることもある。実際、ストレスによって皮膚から発散されるアンモニア量が増加することを利用して、腕時計型疲労度計測器まで開発されている。麹にはストレスを軽減する作用があることがわかっている。これが体臭の抑制に効いている可能性がある。

短期的にであれ、効果を実感すると、「これぞ答えだ!」とつい突っ走ってしまいがちなものだ。しかしそれが長期的にも好ましいとは限らない。
日本人は、なんだかんだ、2千年ほどの間米を食べ続けてきた民族である。その米の摂取を罪悪視するような健康法って、明らかに僕ら日本人の直感からはずれてるんだよね。こういう直感は大事にしましょう。


【参考】
麹親子の発酵はすごい!(山元正博著)