マスク

まずは、どうでもいいような話をしてもいいですか?
最初に断っておきますけど、自慢みたいに聞こえる話をしますけど、決して自慢してるわけじゃないですからね。
『コロナ禍』って言葉。
今年を象徴する言葉だよね。
皆さんマスコミ報道で聞き慣れたと思うんだけど、あの言葉を最初に使いだしたのって、僕じゃないかな、って思ってるんですね。
テレビで『コロナ禍』って初めて聞いたとき、僕には初めての感じが全然しなかった。ツイッターでちょくちょく使ってる言葉だったから、僕には見慣れた言葉だったんだな。

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ツイッターやってる人はわかると思うけど、ツイッターは字数制限が厳しいから、表現をものすごく切り詰めないといけないでしょ?だから、僕もできるだけ表現を簡潔にする。
で、僕は海外の情報を翻訳して紹介することが多かったから、そんななかで、"corona pandemic"というのを『コロナ禍』って訳したの。『コロナパンデミック』という直訳では字数を食いすぎるし、『コロナ流行』は語呂が変、『コロナ騒動』よりももう一字絞れるなと思って。
別にこの言葉の著作権を主張してるとかじゃないんだよ。だってそもそも、もとは英語であって、僕のオリジナルな造語というわけでもないんだから。
僕にはそれなりのフォロワーがいたから、そのなかにマスコミ関係者がいて、それで『コロナ禍』の表現を目にして、流用したのかなって妄想した。
「勝手に使いやがったな!」じゃないよ。真逆。うれしいんだよ。自分の情報発信がきっかけで一つの言葉が日本中に広まっただなんて、わくわくするじゃないか。誰が作ったのか分からない「詠み人知らず」でもかまわない。とにかく、時代を象徴する言葉を最初に発信したのは僕なんだ、と内心ひそかに誇ることができる。それで充分満足なんです。
と、僕としては僕のツイッターが初出だと思ってるんだけど、僕より先に使ってた人がいたりして(笑)

まぁ、こんな話はどうでもいいんです。
それよりもマスクですよ。
マスクのデタラメとか、コロナワクチンのデタラメについてツイッターで発信してきたけど、『コロナ禍』という言葉が広まるよりも、このデタラメのほうが広まって欲しいのね(笑)
でも街行く人のマスク着用率から推測すれば、みんな全然わかってない。
僕は職場でマスクしなくていいし(幸い自営業なので)、街を歩くときもマスクしてないけれど、すれ違う人はみんなマスク。よくやるなぁと思う。
夏が終わって、残暑も終わって、いよいよ寒くなってきたけど、結局夏の間も、みんなマスクを着けたままだったね。
「暑苦しくて熱中症になるよ」という声もあったけど、ついに外さずに乗り切った。夏を乗り切ったんだから、これからインフルエンザの流行するシーズン、もうマスクを外す理由がない。

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「2020年3月以前、マスクでウイルスが予防できると主張する医学誌は存在しなかった」
(シモーネ・ゴールド医師)
CDC(米国疾病管理センター)のファウチ所長も「マスクは無意味」って言ってた。
日本の厚労省もひっそりとこのような声明を出してる。

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でも、もう理屈じゃないんだよね。マスクは、もはや「マナー」になった。マナーに理由なんていらないものな。

科学とか関係のない一般の人がそういう「マナー」に流されるのは分からないでもない。でも医者はもう少し科学リテラシーがあって欲しい。ウイルスの径とマスク線維の径を比べるというのは、科学というか算数の話だと思うんだけど、医者も皆きっちりマスク。
個人的に思うのは、一番マスクをしちゃいけないのは精神科じゃないかな。
精神科医は、他科の医者よりも、患者との信頼関係(ラポール)が必要だよね。うつとかPTSDの治療とか、けっこう患者の心の内側まで入っていくわけだから。
そういうときに、医療者側が顔の下半分隠してるってどうなのよ。表情で一番大事なのは目だというのは、それは確かにそうだと思う。でも口元もけっこう大事だよ。医者、患者、双方が顔の下半分を隠したままで、信頼関係築ける?
まぁ今や精神科医は製薬会社の営業マンみたいなもんだから、マスクどころか覆面かぶっていても問題ないか(笑)