コロナと大麻

大麻(Cannabis sativa)に抗炎症作用があることは有名で、十分なエビデンスがある。
たとえばこんな論文。『新たな抗炎症薬としてのカンナビノイドの可能性』https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2828614/#!po=0.877193

抗炎症作用がある、までは理解できるとして、なんと、大麻はインフルエンザなどの感染症に対しても有効ではないか、という説がある。
ただし、この説はあくまでin vivo(試験管レベル)や動物実験レベルか、せいぜいanecdotal("効いた人がいるよ")あるいはempiric("わしの経験からいうのだから間違いない!")程度のエビデンスである。具体的なRCT(無作為化比較試験。エビデンスレベル高い)があるわけではない。
そのことを念頭に置きつつ、以下の話を紹介しよう。
参考にしたのは、2009年7月31日のabc newsの記事である。
『医療用大麻を豚インフルエンザに適用へ。マリファナ飴(大麻ドロップ)のFDA承認を目指して』
https://abcnews.go.com/Health/SwineFluNews/company-tables-medical-marijuana-swine-flu/story?id=8214468

2009年に新型インフルエンザが流行したとき、ある企業が正式な医薬品として"マリファナ飴"を売り出そうと、FDAに申請したことがある。
カンナビス・サイエンス社(現在のCannabis One Inc.)のロバート・メラメド氏はこう語る。
「医療用大麻が慢性痛や緑内障、関節炎などに効果があることは広く知られています。それだけではなく、現在流行中の新型インフルエンザにも有効で、死亡率を抑える秘策になると我々は考えています」
一体その根拠は何か?
「大麻にはカンナビノイドという成分が含まれていて、これには免疫抑制作用があります。1918年のスペイン風邪で多くの若者が亡くなったのは、ウイルス自体よりも、ウイルスによって引き起こされた過剰な免疫反応が原因でした」
しかしこの主張に対しては、医療用大麻を推進する医師からも疑問の声がある。
「軽いインフルエンザ症状を示す子供に大麻を使うというのは、心理的に抵抗がある」
しかし、メラメド氏は自身の経験から、"大麻ドロップ"の有効性を実感している。インフルエンザにかかったときに、大麻を使用したところ、症状の明らかな軽減を感じた。
また、同社のスティーブ・カビー氏も同様に効果を感じた。
「インフルエンザにかかってぐったりしているときに大麻ドロップをなめると、30分もしないうちに、鼻水や筋肉痛、のどのつまりがはっきりと改善しました。しかも、マリファナを吸ったときのようなラリってしまう感覚は全くありません。
現代のウイルスに対する医療は、新型ウイルス患者に対してほとんど無力です。大麻抽出物こそが、インフルエンザによる死者抑制に貢献すると我々は信じています」

マリファナの吸入によって免疫系が抑制されることは、大昔から知られている事実である。
しかし多くの研究者は、この性質を治療に活用できると考えていなかった。「免疫を抑えることは悪いこと」だと、無根拠に思い込んでいたのだった。
なるほど確かに、基本的には、免疫系の働きはありがたいものである。
たとえばインフルエンザにかかると、免疫系がウイルスに対して一斉攻撃をしかける。それは正常な働きではあるが、炎症を伴う。鼻水が出たりのどが痛くなったり、というのはこの炎症による症状である。
しかしウイルスと白血球のこの戦争があまりにも激しさを増すと、その激しさ自体にやられてしまうことがある。つまり、過剰な炎症が自分自身の細胞をも損傷することになる。たとえば急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は免疫の暴走による典型的症状で、多臓器不全により死亡することも珍しくない。
そう、免疫という本来ありがたい防衛部隊も、働きすぎるとかえってデメリットをもたらすのである。

体にはこうした免疫の暴走を止める機能がある。その成分のひとつが、内因性カンナビノイドである。
炎症の行き過ぎを防ぎ、多くの系(呼吸器系、循環器系、免疫系など)のバランスをとるために、極めて重要な役割をしている。
SARSなどのように非常に病原性の強いウイルスであった場合、この内因性カンナビノイドの産生が追い付かなくなってしまう。そうすると、免疫の過剰反応が生じ、多臓器(特に肺)が障害され、死に至る。

大麻には免疫抑制作用がある、などと聞くと、ウイルスに対する免疫がダメになって体が弱ってしまうと一瞬思ってしまうが、事実は逆である。
免疫の暴走がなくなることで、ウイルス性感染症に対する死亡率はむしろ低下するだろう。
これがカンナビス・サイエンス社の考えであり、これに基づいて、"マリファナ飴"がFDAの薬としての承認が申請されたのだった。
結果は却下。薬としての承認はならなかった。

さて、上記記事は2009年に書かれた。
2020年現在、アメリカでは大麻の合法化が進み、州によっては医療用どころかレクリエーション用の大麻さえ合法化されている。
今もう一度、大麻ドロップがFDAに申請されたら、今度は案外認可されるかもしれないね。

日本では医療用の大麻も法律で禁止されているが、幻覚成分(THC)のある花穂と葉がダメなのであって、麻の実(鳥のエサや七味に使われている)や茎(繊維として非常に優秀)として身近にある(当然合法)し、薬効成分(CBD)はまったく違法ではない。
ちなみに当院でもCBDオイルを扱っている。
臨床の印象としても、CBDオイルを使っている患者から「毎年風邪をひいていたのに、今年はなぜかひいていない」といった言葉を聞くことが多い。
このあたりのRCTが出れば、「大麻(CBDオイル)は風邪に効く!」とはっきり言えるんだけど、現状では確かなことは言えないな。
興味のある方は当院にてご購入いただけます^^