ニキビとタラ肝油

「娘のことで相談したいんですが、いいですか?
高校一年の娘がニキビで悩んでいるんですが、つい昨夜、『ピルを飲みたい』って言うんです。ニキビにはピルがよく効く、ってどこかで聞いたみたいで。それで私もネットとか調べてみたら、確かに、そういう意見があるんですね。適応外の使用みたいですけど、ニキビにピルを処方してくれるクリニックは、全然珍しくないようです。
『まずは夜更かしとか食生活を正してみたら?』と言いましたけど、正直なところ、娘の気持ち、わかるんです。親子ですね。私も若い頃ひどいニキビに悩まされましたから。
YouTubeを検索すると、食事制限や小麦断ち、砂糖断ちなどいろいろやってもダメだった女性が、ピルを1か月飲んで見事に治った、という動画が上がっていました。『ニキビ ピル』などで検索すると上位に出てきます。こういう動画を見て、どうしたものかと悩んでしまいました。
個人的には、飲ませたくないんですね。私の知り合いで、40代前半で脳梗塞を発症した女性がいます。後遺症で半身麻痺になり、重度の言語障害が残りました。その後様々な治療を試みて、奇跡的な回復をされるのですが、その人がこう言っていました。『私は食べ物に気を付けて運動も心がけて、自分で言うのも何だけど、すごく健康的な生活をしてた。でも、唯一よくなかったと思うのは、ピルを飲んでたこと。そのせいで脳梗塞になったんだと今でも思ってる』
そういう人を直接知ってる私としては、16歳の娘がピルを飲むというのは、ちょっとあり得ないと思ってるんです。
先生のお考えはいかがでしょうか。
ちなみに、ニキビ治療って値段も全然高くないんです。薬代が3千円、診察費で千円くらいが相場のようです。だから娘は、その気になれば、私に隠れて通院することもできちゃうと思います。私は娘の行動を逐一監視するようなタイプではないし、どうしたものかと思いまして」

ネット上に無数の情報があふれている時代である。玉石混交の情報の中で、さて、「ピルでニキビが治る」という情報は、玉か、石か。
『ニキビのある女性ではテストステロン濃度が高い』とする論文がある。
https://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/544467
一般に、ニキビに悩むのは女性よりも男性が多いものである。ピルの服用によってニキビが軽快することから逆算しても、ニキビの発症に性ホルモンが関与していることは間違いないだろう。
しかし、性ホルモンだけが原因かというと、決してそんなことはない。以前のブログでニキビと小麦の関係に言及したことがある。小麦を食べる文化のない地域では、そもそもニキビという現象自体が存在しない(ちなみに統合失調症も極めて稀)が、西洋文化の流入に伴ってパンなどを食べ始めるとニキビがたちまち広がる、という話をした。つまり、ニキビは食原病でもある。
さらに、テレビで「ニキビはお肌に住むアクネ菌のしわざ!この〇〇できっちり洗顔習慣を!」などというCMを見たことがあるかもしれない。つまり、ニキビ細菌説である。

ホルモン説、食事説、細菌説、様々な説があるが、真実はどこにあるのだろう。
個人的には、結局すべては食事に行き着くのではないか、と考えている。食事が腸内細菌の構成にダイレクトな影響を与えていることはもはや一般常識だろう。さらに、腸内細菌叢の変化により皮膚常在菌叢が変化することは、近年美容外科、皮膚科で注目されているトピックである。
『腸-皮膚軸の調節要因としての腸内細菌叢』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6048199/
乱れた食生活を続けていると肌の調子が悪くなることは、わざわざ科学論文を読まずとも多くの人が経験的に知っている。逆に、食生活を改め(具体的には小麦、乳製品、お菓子を控えるなど)腸内細菌叢が改善すれば、皮膚常在菌叢も健全化することが研究で示されている。
一方、体内のホルモンバランスも食事と無縁ではない。ステロイドホルモン(男性ホルモン、女性ホルモン、コルチコイドなど)はコレステロールから産生されるが、腸内細菌がコレステロールの血中動態に影響を与えることが示されている。
https://www.mdpi.com/2076-0817/3/1/14
つまり、食事改善→腸内細菌叢改善→皮膚細菌叢改善→ニキビ改善、
あるいは、食事改善→腸内細菌叢改善→コレステロール代謝改善→ホルモンバランス改善→ニキビ改善、といったカスケードが想定できる。
一般に、どんな病気に対してであれ、カスケードの上流からアプローチすることが望ましいことが多い。そちらの方がより根本的な原因であるからだ。だから、皮膚細菌叢に介入する塗り薬や、腸内細菌叢にダメージを与える抗菌薬、ホルモンバランスに直接介入する経口避妊薬などよりも、食事への介入によって症状の改善をはかるのが上策である。

実は、ニキビは栄養療法が大いに得意としている分野である。拙訳『オーソモレキュラー医学入門』のp.391~p.394に、抗菌薬や経口避妊薬では治りきらなかった症例がサプリの摂取でどのように回復したか、どういうビタミンや栄養素を摂ればいいか、はっきりと"答え"が書いてある。ここでそれを繰り返すのも冗長なので、知りたい人は買って読んでください(笑)
ただ、上著該当ページに、ニキビ治療のために摂るべき栄養素として、タラ肝油が挙げられている。実はタラ肝油は、ニキビに限らず、皮膚疾患全般に大いに著効する栄養素である。こんな文献があるので紹介しよう。
https://www.jaad.org/article/S0190-9622(81)80074-6/pdf

squibbタラ肝油

「タラ肝油と皮膚疾患
拝啓 編集者様
我々はSquibb社のタラ肝油を使いまして、これが様々な皮膚疾患に著効することを確認しましたので、ご報告いたします。この栄養素に対する我々の関心が掻き立てられたのは、以下のような症例を経験したことがきっかけでございます。重度の毛孔性紅色粃糠疹を呈する14歳の女児がタラ肝油を経口服用したところ、症状の改善を見たのであります。
その後、同様の効果を、葉状魚鱗癬を呈する患者3名、ダリエ病患者1名、毛孔性紅色粃糠疹患者1名で、確認しました。彼らに指示したのは、タラ肝油を1日大さじ2杯服用すること、これだけでございます。
改善はすみやかとは申せないもので、数週間、場合によっては数か月の時日を要しました。この点に関してレチノイド(ビタミンA誘導体)と同様でございます。ただ、これらの患者は皆、治療抵抗性、つまり、以前に従来型治療を一通り試したものの、まったく改善が見られなかったのであります。
タラ肝油で見事に皮膚症状が軽快し、喜んだのもつかの間、服用を中断した患者のうち3名では、症状が再発しました。しかし再び服用を始めると、また改善しました。
Squibb社のタラ肝油には、ビタミンA(レチノール)が主にエステル型で含まれており、他にパルミチン酸レチニル、ビタミンD、不飽和脂肪酸、コレステロール、塩素、臭素、リン、硫黄、ヨウ素などが含まれています。
疼痛に対してレチノイドを局所塗布したり、毛孔性紅色粃糠疹に対しビタミンAをメガドースで投与するなど、ある種の合成レチノイドが様々な皮膚疾患に有効であるとする報告があるため、近年ビタミンAおよびその類似体への関心がにわかに高まっています。一方、こうした疾患の根本的原因は、結局のところ角質化の異常、つまり、脂質代謝障害に帰着するのではないか、という指摘があります。一見個々別々に見える皮膚疾患に、なぜタラ肝油が一様に効いたのか。タラ肝油に含まれるレチノイドによるものか、あるいは脂肪酸によるものか、いまのところ判然としません。我々としましては今後さらなる研究を進めて参る所存です」