白川先生の話
先週8月4日、白川太郎先生とお会いしました。
白川先生のことは以前の記事で紹介したことがある。
https://note.com/nakamuraclinic/n/nd2e631a21079
意味のない抗癌剤治療を続けることに耐えきれなくなり、大学病院をやめた。イギリスに留学し、臨床を離れて研究に打ち込んだ。留学は10年に及んだが、そこで『ネイチャー』や『サイエンス』に掲載される傑作論文を量産した。
「オックスフォードではそれこそ一日18時間以上、実験室にこもっていろいろ好きな実験をしました。たくさんの修行をして、国際学会にも呼ばれて、本当に楽しい時間を過ごしていました」
海外での活躍が母校の目に留まり、お呼びがかかった。「教授のポストを用意するから大学に戻ってこい」と。
教授として母校に戻った白川先生は、臨床現場でいまだに抗癌剤が使われているのを見た。20年前にさんざん研究し、有害無益だと結論が出た抗癌剤が、延々使われている現状を見て、少なからぬショックを受けた。
「ただ、私もどうすればいいか分からないんです。抗癌剤がダメというのは分かる。でも、さて癌患者をどう治療すればいいかとなると、私も困ってしまった。抗癌剤の危険性を知る患者は、神秘の水、きのこエキス、サメ軟骨など、いわゆる代替療法をしていました。私は当時最先端の医療をやっていましたので、こんなもの効くはずがないと思いました。
過去の経験から抗癌剤を勧めるわけにもいかず、かといって、こういう民間療法に頼るのも間違いだと思っていました。だから、学生を総動員して、これら民間療法の有効性を実際に検証してみました。
その結果、9割方の民間療法は無意味。ほぼ全滅となりました。しかし残り1割については、著しい効果を示すものがありました。私は素直に驚きました。「確かに製薬会社の薬よりもすばらしいものが存在する。患者が治ればそれでいいだろう」と大学の同僚や講演会などでそう言っていました。しかしこうした私の言動が次第に問題視されるようになりました。
たとえばこの水。
ある日、『財宝』の社長が来て私にこう言いました。「この水はいいと思っています。自社商品だからとひいき目で言っているのではありません。本当にいい水なんです。ただ、自分は中学を卒業しただけで、先生みたいに学はありません。この水のよさをアピールするお手伝いをしていただければ、と思うのですが」
いいものかどうか簡単にチェックできます。たとえば『財宝』を購入者に届ける際、箱の中に往復はがきを入れて、購入者に病状アンケートを書いてもらう。1年後、もう1回同じ人に往復はがきを送る。返ってきた返事は貴重なデータの山です。財宝を飲んで、以前の病気がよくなった人の割合を学会で発表しました。
こんな具合に、世間で言う代替療法を徹底的に調べて、いい結果が出たものは積極的に宣伝したり、私の癌治療プロトコルに加えたりしていました。
しかし大学の拒否反応は私の予想以上でした。「鹿児島のどこかの水のほうが、○○社の○○(抗癌剤)よりも効くだって?お前自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
教授会で散々つるし上げを食らいましたが、反論しました。
「私は英国で遺伝子の研究をしていました。たとえば、糖尿病の患者を2群に分けて、一方には○○社の薬、もう一方には桑の葉抽出エキスを飲ませる。一定期間後、両群の糖尿病原因遺伝子の発現具合を比較する。たとえば桑の葉エキスのほうが低下すれば、薬よりも桑の葉エキスのほうが優れた治療ということになります。私が今やっているのもそういう研究と同じようなものですが、なぜこういうのをしてはいけないのですか?」
しかし話は全然通じません。
「お前な、京大を何だと思っている。道修町から金をもらってる。昔からそういう流儀なんだ。そこをお前、桜島の水がどうのこうのとか、そういうのはもういい加減にしてくれ。
独立行政法人になって以後、大学はいわゆる民間企業のようなものになったが、京大はそういう研究を率先してやれとは言っていない。お前は国立大学教授なのに、民間とそんな付き合いをして。少しは恥を知れ」
そんなふうに攻撃されます。
月に2回ある教授会では、文字通り怒鳴り合っていました。いまでも議事録に記録が残っていると思いますよ。
私はとにかく、教授会で異様に目立っていました。
当時、本庶先生が医学部長をしていた時代です。私は相手が誰であれ、物おじせずに意見を言いますから、あるとき本庶先生にもはっきり言いました。「先生の言っていることはおかしいと思います」と。
すると隣の教授がうろたえて、「きみ、本庶先生に何を言っているんだ」と。
「え、教授ってみんな平等じゃないんですか」と言うと、場の空気が凍り付いた。居並ぶ教授たち全員が沈黙した。
本庶教授は笑って「ま、建前はそうだな。はい、次」と、凍った空気をほぐしてくれました(笑)」
しかし結局、白川先生は京大教授をやめさせられることになった。「京大の歴史上、教授職をクビになったのは史上初」と自虐的に言って笑うけれども、笑えるようになるまでには相当な葛藤があったに違いない。
「やめさせられたあと、3年間、医学部HPに『白川教授がやろうとしていた伝統医学その他の分野で、京都大学医学部は学生に学位を授与することはしません。そういう人の入学はできません』というのがずっと載っていた。ある弁護士が『それ、明らかに人権侵害です』と動いて、消してくれたけど」
大学教授が代替療法を推すと、それだけでクビになるリスクがあるわけです。実際、白川先生はクビになりました。
患者のことを真に思う医療者、本当に患者を救う治療法を提案する医療者は、こんなふうに潰される。
逆に、無意味な抗癌剤を投与し続けたり、製薬会社の利益に忖度できる医療者は、教授として長く安泰の地位を築くことができる。
バカみたいな話だけど、現実です。