接種者の自己責任論

30代男性が彼女に付き添われて当院を受診した。
「半年くらいまえから血便が始まって、便通がおかしくなった。便秘が続くかと思ったら急に下痢になったり、妙に便が細かったり。食欲が落ちてきて、吐き気がするようになって、体重もここ数か月で5kg減った。普通じゃないと思って、病院で検査をすると、大腸癌だと。それもリンパ節転移があるってことで、少なくともステージ3だと。ショックでした。まさかこの年齢で俺が癌って、信じられなかった」
ワクチン、受けました?
「4回受けました。それで今になって、これ(彼女を示して)が言うんですよ。ワクチン接種後のターボ癌だ、みたいなことを。それをいうなら、もっと早く言ってくれっての」
その言葉を聞いて、それまで黙っていた彼女が口を開いた。
「言ったやん。何回も。『打たんといて』って。
見て欲しい記事、いくつも送ったやん。どうせ読んでなかったんやろ。
動画もいっぱい送った。でもひとつも見てくれへんかったやん。
それどころか、私のこと、うっとうしいって言って、一回ラインブロックされた。裏で「反ワクうざ」とか笑ってたの、知ってるねんで。
それやのに何?今になって『もっと早く言ってくれ』って?
ふざけるのもいい加減にしてよ!私、ケンちゃんのこと、好きやったから何回も言った!打たんといてねって。でも「はいはい」ってバカにするみたいにあしらって、私のことまともに聞いてくれへんかった!
何回も何回も言った!私、神様とか別に信じてないけど、神様に祈った。『ケンちゃんがワクチン打ちませんように!』って。布団の中でうずくまって、真剣に祈ってた。
それでも、ケンちゃん打ってもた。それも1回だけじゃない。2回も!3回も!4回も!私がどれだけ傷ついたか、分かる?!」
彼女の心の中で積もりに積もっていたものが一気にはじけ飛んだようだった。言葉がほとばしり出て、同時に涙も止めどなくあふれた。

しかし、彼は情にほだされなかった。彼女が興奮し語気が強まるほど、彼は一層冷静になるように見えた。
「あのさ、無茶言わないでくれよ。『ビルゲイツがワクチンで人口削減しようとしている』みたいな記事を散々送ってこられてさ、まともな神経で読めるかっつーの。既読スルーだよ。いや、未読スルーな。読まねえよ、あんなもん。
テレビやニュースを見れば『ワクチン打ちましょう』って言ってる。実際、家に接種券が届く。家族や職場の人はみんな打ってる。そりゃ当然打つだろう。
ろくに社会人の経験がないお前には分からないだろう。会社から「打て」と言われたら、黙って打つ。それが大人なんだよ」

淡々と話す彼氏につられて、彼女も感情を引っ込めた。そして、こう聞き返した。
「じゃ、今でもワクチン打って正しかったと思ってる?4回打ったのにコロナに2回かかって、おまけに癌にもなって。それでもワクチン打ってよかったって思ってる?」
「いや、それはさすがに思ってない。今では分かってる。あのワクチンは体に悪いものだった。打つべきじゃなかった。それは今なら分かる。
完全に騙されたよ。会社の全員が打った。でも、全員が間違っているなんて、まさか思わないじゃないか。政府や医者やマスコミの言っていることが全部間違っているなんて、こんなひどい話はない」
「私はずっと言ってたよ。打っちゃダメって」
「打たせた奴らの責任を追及したい」
「ケンちゃん、自分の責任はないの?テレビの言うことをそのまま鵜呑みにしてた。世間のことに無関心で、私が教えてあげようとしたら、笑って相手にしてくれへんかったやん。『この動画だけは絶対見て欲しい』っていう動画送ったけど、ずっとゲームしてたやん!
それで、私の言ってることが本当だってなったら、自分のこと反省しないで、人のせいにするの?責任を追及したい?会社が悪い。政府が悪い。医者が悪い。マスコミが悪い。
冗談でしょう?こういうの、言ったらあれやけど、恥ずかしいよ。世間に関心を持たへんかったツケが、今きてるってだけの話やんか。
会社から「打て」と言われたら、黙って打つのが大人?
違うよ!そんなん大人って言わへん。単なる思考停止やん!カッコつけて言わんといてよ!
私、「会社クビになってもいいから打たんといて!」って言った。「健康リスクどころか死ぬリスクのあるワクチンやから打たんといて。健康である限り、いくらでも働けるから」って。
でも、ケンちゃん、自分の意思で接種会場に行った。そこで医者から説明を受けて同意書にサインして、医者に「どうぞ」と腕を差し出して、打った。
それなのに、会社が悪い?政府が悪い?医者が悪い?
いい年して恥ずかしくないの?全部自己責任やん!」


目の前で展開されるカップルのケンカを見ながら、僕は、いろいろなことを感じました。
まず、このカップルは、関係性として女性が一方的に「しんどい」ですね。

『愛する二人』などと言っても、常に片方が愛し、もう一方は愛されるのみだ

あれだけ警告したのに、彼は聞き入れずに打った。それも4回も。彼は彼女を、いわば4回裏切った。
普通なら、彼女の愛想が尽きるところです。別れて当然です。しかし、別れていない。それどころか、彼女は癌を発症した彼氏を当院に連れてきて「どうにかして欲しい」という。
惚れた弱みとはこのことです。
つらい関係性ですね。僕は彼女に同情的になりました。

そして、もうひとつ、このケンカにはもっと重要な論点が隠れているような気がしました。
それは、接種者の「自己責任論」です。
彼女は、散々止めたにもかかわらず接種を受けた彼氏に対して、怒りをぶちまけます。
ケンちゃん、自分の意思で接種会場に行った。そこで医者から説明を受けて同意書にサインして、医者に「どうぞ」と腕を差し出して、打った。
それなのに、会社が悪い?政府が悪い?医者が悪い?いい年して恥ずかしくないの?全部自己責任やん!

これは辛辣です。彼氏にはけっこう刺さったはずです。
しかし彼女が同じ言葉を、他のワクチン後遺症患者や、あるいはワクチン遺族に対して言えるのか?

『後遺症患者の会』が厚労省で記者会見をして、それが堂々と大手メディアで報道されるようになった。
これら、後遺症で苦しむ患者たちに対して、「自分で同意書にサインしたくせに全部自己責任やん!」と言えるかどうか。
当然言えないだろう。人として、倫理的に。
でも、彼相手には言える。言っていい。それは、これまでの経緯があるからです。何度諫めても言葉を聞いてもらえなかった彼女には、この怒りを彼にぶつける資格があります。
しかし同じ内容の言葉でありながら、彼女は見ず知らずの後遺症患者に対して言うことはできない。

この彼は幸せです。そばで必死になって接種を止めようとしてくれた彼女がいて。「全部自己責任やん!」と怒鳴ってくれる彼女がいて。打ってしまったけれども、癌になったけれども、それでも幸せです。
しかし、後遺症患者の大半はそうではない。ろくに誰も止めてくれず、言われるがままに打ち、そして重い後遺症に悩んでいる。「自己責任やん!」などと親身の言葉で責める人はいない。ここには、確かに救いがない。