麹の効能4

少年老い易く学成り難し、という。
若いうちは「まだ若いんだから、時間はいくらでもある」と思っている。しかしあれよあれよというまに年をとって、結局何も学べないまま終わってしまう。若さが持つ傲慢と、老いてから悔いても戻らない時間。人間は永遠の逆説のなかで生きているようだ。
もっとも、学問を大成したところで、老いて後悔する気持ちは同じかもしれない。ファウスト博士は若い頃から学問に刻苦精励しすべての学問を修めたが、老年に至り「結局学問を究めても何もわからない」と気付き絶望していた。そこに悪魔メフィストフェレスから誘惑され、まんまと契約。20代の青年へと若返った。
飲み屋で出会ったオヤジとかがよく言うんだよ。「今の人生経験を持って若い頃に戻れたら、俺は無敵だ。何にでもなれる。総理大臣にでもなれると思う」
こういうオヤジに何人出会ってきたことか(笑)

谷口ジローの『遥かな町へ』っていうマンガが、このあたりの機微を真正面から描いてて、おもしろかった。48歳の主人公が急に意識を失い、気付いてみれば中学時代の自分に戻っている。豊富な人生経験と、若さあふれる健康な体。本来同居しない二つの属性を持ちつつ、人生をもう一度繰り返せばどんなふうになるか。当然、周囲の同級生は圧倒的に幼く見える。逆に同級生にとっては、主人公の振る舞いがものすごく大人びて見える(そりゃそうだ、実際"大人"なんだから)。社会人生活を通じて磨かれた理性と、きっちり思いを伝えるプレゼン力をもってすれば、当時は憧れるだけで話しかけることもできなかったクラスのかわい子ちゃんとお近づきになることも難しくない。家に帰れば、数年前に死んだはずの母が、普通に生きて食事を作っている。父母がいて兄弟がいてペットがいて。家族というこの空間がいかにありがたいものか、主人公の胸に迫ってきて、急に涙がこみ上げる。
この感じ、わかるなぁ。何でもない中学時代の一日でいいから、追体験できたら、って思う。当たり前のように流れていくその時間、その空間が、どれほど得難い貴重なものだったか、しみじみ心にしみると思う。

悲しいのは、老いる、ということなんだ。老いて、死ぬっていう、ごく当たり前のこと、生まれた瞬間から決まっていることなのに、そこが何だか、すごく悲しい。
大昔から様々な文学者が(古代中国の哲人もゲーテも谷口ジローも)、老いや死の何たるかを考察してきた。
もちろん科学者もこのテーマに取り組んでいる。最近、腸内細菌の観点から「老い」の何たるかに迫るレビューが出た。
『腸内細菌、老化、長寿~系統的レビュー』
https://www.mdpi.com/2072-6643/12/12/3759
「老化は遺伝と環境の複雑な相互作用によるものである。加齢に伴って、免疫が乱れたり病気にかかりやすくなったりするが、この背景には腸内細菌の影響があることを、ますます多くのエビデンスが示している。
腸内細菌は生涯を通じて大幅に変化していく。加齢のプロセス自体が腸内細菌の構成に影響を与えているし、腸内細菌の変化が代謝系に影響を与えている。
腸内細菌叢のアルファ多様性は高齢者ほど高かった。特に超高齢者で最も高かった。ベータ多様性は年代によって有意な違いがあった。具体的にどのように異なるか、研究ごとに違いがあるが、アッケルマンシア(Akkermansia)が加齢につれて増加することについては、ほどんとの研究で一致していた。また、フェカリバクテリウム(Faecalibacterium)、バクテロイデス(Bacteroidaceae)、ラクノスピラ(Lachnospiraceae)は相対的に減少していた。
高齢者ほど、炭水化物代謝やアミノ酸合成に関係する代謝経路が減少していたが、超高齢者は若年成人と異なる腸内細菌叢(短鎖脂肪酸や酪酸を産生する)を持っていた」

若年者と高齢者では腸内細菌がはっきり違う、という。これが、原因なのか結果なのかについては、さらなる研究が必要だろう。つまり、加齢につれてフェカリバクテリウムやバクテロイデスが減少するのが事実だとしても、フェカリバクテリウムやバクテロイデスのサプリを飲んで増やせば老化が止まるか、というと、わからない。多分無理だろう。

ただ、たとえば麹を積極的に摂取することで、腸内細菌叢をいい方向に変えることができる、ということは言える。たとえば以下のような研究。
『麹(Aspergillus oryzae)はグリコシルセラミドを通じてブラウティア・コッコイデスを養うプレバイオティクスとして作用する~麹は新たなプレバイオティクスである』
https://kyushu-u.pure.elsevier.com/ja/publications/japanese-traditional-dietary-fungus-koji-aspergillus-oryzae-funct
簡単に要約すると、
「麹には大量のグリコシルセラミドなる物質が含まれている。これを1%含む食事をマウスに1週間摂らせたところ、腸内でBlautia coccoidesの割合が大幅に増えた。和食の健康効果について近年注目されているが、その核心には、麹の摂取による腸内細菌叢改善作用があるのではないか」という話。

麹をとれば、老化を遅らせることができるだろうか?寿命が長くなるだろうか?
源麹研究所の山元文晴氏がこんな実験をしている。白麹を与えるマウスと与えないマウス(各群12匹)に分けて調べてみた。マウスの寿命は、通常2年程度である。どちらのマウスが長生きしたと思いますか?
結果は「有意差なし」だった。つまり、麹を食べても食べなくても寿命は変わらなかった、ということです。「なんだ、意味ないじゃないか」と思われるかもしれない。しかし話は最後まで聞くものですよ。
寿命は変わらなかったものの、両群の間には老化の具合に大きな違いがあった。対照群(麹未投与群)では加齢につれて徐々に毛が抜けていき、歩行がおぼつかなくなり、死が近いことがすぐに見てとれた。しかし麹投与群はずっと毛ヅヤがよく、動きも機敏だった。しかし予想していなかったある日、突然コロッと死んだ。まさに、ピンピンコロリ、である。
麹の摂取によって、寿命は延ばせないが、健康寿命は延ばせる、ということが示唆された研究である。

みなさんの周囲を見回しても、二通りの亡くなり方があると思いませんか?つまり、「死ぬ前の数年間はずっと寝たきりだった。治療費などの金銭的負担ばかりではなくて、介護疲れで家族全員が疲弊してしまった。正直、亡くなってくれてホッとした思いは否めない」みたいな人もいれば、「亡くなる直前まで元気に働いていました。あるとき、朝なかなか起きて来ないので、寝室を見に行ったら、そのまま亡くなってしました。文字通り、眠るように息を引き取った、という感じの大往生でした」という人と。
同じ死ぬなら、誰だって、家族に迷惑をかけないように死にたいと思うに決まっている。しかし、死に方は選べない、とみんな思っていて、その辺は自分ではどうにもならない、と思っているだろう。
違う。麹を積極的に摂取することで、寿命が延びることはないにせよ、死ぬ直前まで若々しく過ごせる可能性が高くなる。それが研究の示唆するところなんだ。

「若い頃に戻れたら」という想像には、ロマンがある。僕も挫折まみれ屈辱まみれ失敗まみれの人生を送ってきたから、今の知識と経験を持ってやり直せたら、もっとスマートに、もっと完璧に、もっと優越感を持って生きられるだろうに、と思う。メフィストが契約を持ち掛けてきたら、断る自信はない(笑)
でも人生は、前を向いて生きるしかない。僕という意識は、一貫してずっと僕のままで、そういう意味ではずっと若いような気もする。人は、「老い」を認めた瞬間に、老いるのかもしれない。
まぁ変に人生を悔んだり小難しいこと考えるよりも、毎日味噌汁を飲むことだよね。

【参考】
麹親子の発酵はすごい!(山元正博著)