ギャンブル依存症

勤務医をしていた頃、週に一度、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)の集いに参加していた。ギャンブル(ほとんどがパチンコだった)で身を滅ぼした人(あるいはその家族)が、自分の体験やつらい気持ちを語り合う。
GAに参加すると僕はいつも、トルストイのこの名言を思い出す。「幸福な家庭はどれも似通っているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」。
そう、不幸には様々な形態がある。ギャンブル、アルコール、薬物、虐待など、人生を崩壊させる要因は無数にある。GAに集まる人々は、ただ一点、「ギャンブルで人生を狂わされた」という点で共通していて、その共通さゆえに、出席者らは語り手の打ち明け話に、他の誰よりも強く共感する。
「私の嫁はしっかり者でね、私に隠れてこっそり貯金をしていました。娘の学費や結婚資金など、将来何かと入り用になったときに備えて、毎月少しずつ積み立てていたんですね。この貯金の存在に気付いたとき、私の中の悪魔がささやきました。『最高の軍資金じゃないか』と。印鑑持ち出してこっそり引き出しました。『勝って増やしてまた振り込んでおけばいい。大当たりが出れば、何なら色を付けて返せるだろう』と思って。でも勝てるわけがありません。毎日ちょとずつおろしていましたが、貯金のン百万円が数か月で空っぽになりました。
『俺はバカだ!』って思います。妻も娘も大事にしたい。娘のために手をつけちゃいけない金だっていうことは分かってる。それでも、どうしても、抑えられないんです。なんというか、パチンコ台に向かいながら「今日もどうせ勝てるわけがない」って悟ってるところもあるんです。それでも、やめられない。妻子を裏切っているのだ、というみじめさと情けなさで、パチンコ打ちながら涙を流している。それでも、やめられない
消費者金融に手を出しました。借りるときは『当たりが出れば返せるはず』と思ってる。バカですね。当然勝てない。返済期限を過ぎ、借金取りから連絡が来る。無視していたら、家族に連絡が行って、それですべてバレました」

話を聞きながら思うのは、アルコール依存症との類似性である。両者は確かに別の不幸である。一方は行為・過程依存(嗜癖障害。病的賭博)であり、もう一方は物質依存であり、これらはまったくの別物である。しかし、それにもかかわらず、両者のふるまいには非常に似たものがある。
射幸心に急き立てられて延々"当たり"を求めるギャンブラーの姿と、酩酊を求めてどこまでもアルコールをあおり続ける飲酒者の姿と。両者には、何か共通の病理があるのではないか、というのは当然の直感である。

当時の僕は、アルコール依存症の背景に栄養欠乏(特にビタミンB3)があることを知っていたけど(逆ではない)、ギャンブル依存症についても同じことが言えるかどうかについては確信がなかった。
GAの場で、「医師として、出席者の皆さんがどのような食事をしているかに興味があります。皆さん、アンケートに協力してください」などと調査をすれば相当貴重なデータが得られたと思うけど、そういう出しゃばったことをする機会はついになかった。しかし、以下のような論文がある。

『カロリー摂取とギャンブル~脂質と砂糖の摂取により"衝動的"になる?』
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27766464/
『ギャンブル障害における食物依存症~その頻度と臨床アウトカム』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5378803/
「ギャンブルをする225人の若年成人を対象に調査したところ、脂質と砂糖の消費量の多さは、教育レベルの低さと性差(男性)に相関があった。また、脂質と砂糖の消費量は、ギャンブル傾向および不安スコアの悪化と有意に相関していた。砂糖の消費量は、抑うつスコア高値、高アルコール摂取量、自尊心の低さ、一つ以上の精神障害の発症リスクの高さと有意に相関していた。ただし、食事要因は、ADHD症状、一つ以上の衝動コントロール障害、行動依存とは有意な相関がなかった。
これらのデータは、脂質/砂糖の消費量とギャンブル症状の間の強い相関を示している。ただし、その他の衝動性や行動依存(ただしアルコール摂取は除く)との間に相関はなかった。
健康な食事についての教育は、ギャンブルをする人に有益となる可能性がある」

病気は、その病気のモデル動物を作成できれば、発症病理や治療法に関する研究が飛躍的に進む。ギャンブル依存症について、モデル動物を作ることなんて不可能だと思ったら、なんと、”パチスロ依存のネズミ"というのがすでに作られている。
『スロットマシンの動物モデル~反応潜伏時間と反応持続時間』
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20217196/
論文の結論としては「near win trials(7、7と来て、次、チェリー、みたいに「あー!もうちょっとで勝てそうだったのに!」)が条件付けの補強に役立つ」という、まぁ当たり前だよね、という話で、特に新味はない。しかしこういう研究は、依存症の治し方というか、依存症の作り方に悪用される可能性がある。カジノ経営者など、「いかにカモ(ギャンブル依存症者)を増やすか」を熱心に研究している人もいる。科学は悪用されるリスクがあるから怖いね。
『病的選択~ギャンブル中毒の神経科学』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3858640/
賭博者では脳の辺縁系が活性化している。酒や薬物をやって辺縁系が活性化するなら分かる。しかし賭博者では、そうした外因性薬物作用なしに辺縁系の活性化が見られる。いわば、ナチュラルハイである。夢中になる対象がギャンブルではなく、たとえば仕事ならワーカホリックになっていたかもしれない。

こうした研究知見は、ギャンブル依存症者にとって朗報である。というのは、ギャンブル依存症者では特異的な脳の活性化が見られるということは、腸へのアプローチによって症状が改善する可能性があるからだ(『腸脳相関』)。
実際マウス実験では、糞便移植によって性格を自由に変えられる(たとえば内向的な性格を外交的にしたり、その逆にしたり)ことが示されている。自閉症が改善した事例さえある。
https://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-020-02654-5
つまり、食事の改善によって、ギャンブル依存の改善が期待できる。

【症例】20代男性
「考えてみれば、子供のときから依存心のある性格だった気がします。ただ、だからといって実害はありませんでした。何ら金のかかる趣味とかもありません。小説をずっと読んでいれば幸せ、というタイプでした。
あるとき、転職をしたんですね。全員がパチンコをやってるような職場でした。彼らと一緒にパチンコに何度か行っているうちに、パチンコが、実に"自分に合う"感じになりました。パチンコの刺激に比べると、普段の日常が色あせて見えました。パチンコをやっているときにだけ、"生きている"という実感がありました。
いえ、勝ち負けではないんです。特に「勝とう!」と張り切ってパチンコに行っているわけではなくて、単にパチンコをしてる感じ、ドキドキして生きている感じを味わいたかったんです。結局100万円ほどの借金を作ってしまい、今、彼女に助けてもらいつつ返済しています。

おなかの調子が悪いです。というか、おなかの不快感には、ある意味ギャンブル依存症以上に困っています。しょっちゅう痛くなりますし、よく張ります。ガスがたまるんですね。そのあとげっぷが出たり、おならが出たりする。本当に調子が悪いときは吐くこともあります。SIBOかなと思って小麦や砂糖を抜いてみたんですけど、症状はあまり変わりません。
ただ、ナイアシンは劇的に効きました。まず便通がよくなりました。ひどい便秘でおなかの張りにも悩まされていたんですが、毎日ちゃんと出るようになりました。
同時に、ギャンブル依存症もマシになりました。以前はパチンコ屋が視界に入るとやりたくてたまらない衝動に襲われましたが、それが多少治まりました。
でも完治したわけではありません。やっぱりパチンコやりたくて、日々その衝動と戦っています。

僕は育った家庭環境がよくありません。トラウマみたいなのはあると思います。ネットで「トラウマのある人は胃腸疾患のリスクが高く依存症にもなりやすい」という記述を見つけて、僕もそのタイプかなと思いました。それでカウンセリングにも通いました。でもまったく効果はなく、むしろ悪化しました。その経験から「これは心の問題ではない」と確信しました。「このままカウンセリングを続けて考え方がどうのこうのとアプローチしても絶対に治らない。体の問題だろう」と。それでいろいろネットや本で情報を探し、そういうなかで先生のブログを見つけ、ナイアシンを飲みました。
PTSDにナイアシンが効く、というのは衝撃的です。今までかなりたくさんのPTSD関連の本を読みましたが、どの本にもナイアシンのことなんて書かれていませんでした。ただサプリを飲むだけの簡単な治療法なのに。まず一番最初に試すべき治療法なのに、と思いました」

なるほど確かに、上記患者の証言のように、アルコール依存症にナイアシンが効くのと同様に、ギャンブル依存症にも一定程度ナイアシンが奏功した。しかし、ナイアシンで万事解決、とはいかなかった。ここからが腕の見せ所で、何とか完治に持って行きたいのだけど、現在治療継続中です。