断定してやること

上岡龍太郎が亡くなった。僕はこの人のしゃべりが好きで、過去記事でも何度か取り上げたことがある。
たとえば、この映像。名人がテレビを使って遊んでいるような余裕があって、しかも内容が深くて、古びない。今見てもおもしろい。


「なになにしたいと思います」という日本語は戦後民主主義教育によって生まれたと言っているけど、この真偽はどうでもいい(戦前からあった表現だと思う)。断定的な物言いを避ける現代日本人気質とか一見文化論のように思えるけど、この話がおもしろいのは、結局のところ、上岡龍太郎が自分の流暢なしゃべりがなぜ支持されるのか、その自己分析になっているところだと思う。
この人は人間心理をよく分かっていた。絶対的なものなんてない。誰しも不安を抱えていて自信なんてない。だからこそ、断定してやる。ズバッと物を言いきってやる。多少の間違いが含まれていたってかまわない。誰のご機嫌も損じないよう配慮の上に配慮を重ねた、しかも自信なさげな「正しい」表現よりも、上岡龍太郎の断言のほうがはるかに人の心に届く。
しかし彼は自分のしゃべりがテレビ向きではないとも感じていた。
「さんまや鶴瓶のしゃべりは素人芸。テレビは女子供のためのものだから、素人芸のほうが受ける。自分の立て板に水のようなしゃべりは名人芸だからテレビ受けしない」という意味のことを言っていて、このあたりがテレビ界を早くに引退した理由のようだ。
彼の、あえて断定してやるというスタイルには、僕ら医者も学ぶべきところがあると思う。「先生、治りますかね?」と聞いてくる患者に対して、僕ら医者は「いや、そんなことは分からない。データによるとこの治療の奏効率は60%で、あなたがその60%に入るかどうかはやってみないと何とも」みたいな、ぱっとしない返答をしがちである。「治ります!」などと断言しようものなら、後で治らなかった場合、患者の不信感を招くし、下手すれば裁判沙汰になりかねないのが現代の医療現場である。だから、どの医者も断定的な物言いは避けるようになる。しかしここで、あえて断定してやる。「治ります!」と。プラセボ効果という心理現象があることは科学的に証明されている。暗示は極めて強力で、どんな薬よりも効果がある。断定を逃れて(責任を逃れて)あいまいな表現に終始する医者ばかりのなかで、力強く「治ります!」と断言する医者がいれば、ただそれだけで救われる患者も出てくるだろう。それは、その治療の良しあしではないんだ。患者から信じる力を引き出すことが大事なんだ。
とはいえ、「抗癌剤で治ります!」は勘弁してください。あれは純然たる毒物だから、治るものも治らなくなってしまう。「治ります!」の断言とともに、投与されるものはせめて無害なプラセボであってほしい。

【参考】
https://clnakamura.com/blog/1308/
https://clnakamura.com/blog/6560/


マキノ出版が倒産した。
マキノ出版と言えば、健康関連の雑誌/書籍のトップランナーというイメージで、新聞を読んでた頃にはこういう広告に目を引かれたものだった。

新聞で何を読むといって、週刊誌の広告は必ず目を通したよね(笑)電車の中吊り広告みたいなやつ。芸能人の不倫とか政治家のスキャンダルとか『不幸の一覧表』みたいになってて、お堅い政治欄を読み飛ばすことはあっても、あの週刊誌の広告欄は見てしまう。で、その横に、『安心』とか『爽快』の広告欄があったりして、ついでに目を通す。当時20代男性の僕は「ふーん、やっぱりショウガは体にいいのか」程度で通り過ぎたけれども、健康に関心のある60代70代の女性などは、この広告を見て即本屋に走る。年齢層によってはそれぐらい強力にアピールする雑誌だったと思うんですね。

マキノ出版が倒産した。
世間一般の人にとってはどうでもいいニュースのように思われるかもしれないけど、僕は寂しい。
2019年のある日、『安心』の編集者さんから直筆の手紙が届いた。
https://clnakamura.com/blog/5044/
「雑誌で連載をしてみませんか?」
僕は机に突っ伏してしまった。うれしくて、胸が震えて。
僕は当時まったくの無名ですよ。いや、今だって別に無名ですが、コロナ関係の活動が注目されて、界隈では多少の知名度を得ました。でもコロナ前、2019年なんて、僕はどこぞの「馬の骨」だった。そんな僕に、全国の書店で販売される雑誌での連載をオファーしてくれた。こんな光栄な話ってない。
https://clnakamura.com/blog/5546/

やがて2020年、コロナが始まり、僕はツイッターでコロナ関連の情報発信を開始した。2020年当初、コロナの嘘あるいはコロナワクチンの危険性について警告する声はほぼ皆無で、僕のツイートは一部から熱烈に注目され、フォロワー数は急激に増加した。しかし同時にアンチも激増した。クリニックにいたずら電話があったりレビューでクソみたいな評価を書かれたり、『安心』にも「なぜこんな変な医者の記事が掲載されているのか」との声が届いた。
連載は終わったけれども、これでよかったと思う。『安心』のメインの読者層は高齢者で、これはワクチン接種率が最も高い年齢層でもある(コロナワクチンに限らずインフルエンザワクチンも含め)。ズバリ「インフルエンザワクチンを打てば打つほど認知症になる」という記事を寄稿したことがあるけれども、あんなのよく掲載してくれたなぁ。

編集者さんの勇気には今でも感謝してる。そして、なんというか自分で言うのもあれだけど、無名の僕に目をつけた眼力に敬意を表したい。世に埋もれた才能を発掘しそれを世に知らしめる。自身は黒子に徹しながら。編集者かくあるべし、という仕事をされていたと思う。
マキノ出版が倒産した今、この編集者氏は今どうしているのだろうか?メールしてみたところ、「失業者になってしまった」との返信が来た。
「中村先生は、私が見つけるまでもなく、どんどんおひとりで輝いて注目を浴びて世直ししていく人だったと思います。先生が世に出る最初のきっかけになれたことはとても光栄です。
先生の記事、今読み返してもすごく面白いし、ためになりますよ。
次の仕事は何をするかわかりませんが、ずっと中村先生のファンです!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!」

こんなに優秀な編集者が失業中というのは、おおげさではなく、日本の損失ですよ。