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髪を切る


髪が長いと、髪が短かった頃のことを忘れてしまうから、そういうのはあんまりよろしくないなぁなんて思ってます。わたし自身は髪が長い女の子が好きだから基本的にはずっと髪を伸ばしてる生き物なんだけど、でもたまにこの「女」であることがいやになったり「新しい女」になりたいときはいつも髪を切っているかもしれない。常に「新しい」ではいられない。どうしてかわたしたちは背が伸びる過程の景色も、辛いものが食べられなかった舌の感覚も忘れてしまう。

19歳が終わって絶望の20代が来てしまったとき、それから20代が終わりアイドルを辞める時期を考えていたとき、伸ばしていた髪を切った。子供を産んでからも。
髪を切ることは気持ち良い。物理的にも心理的にも肩が軽くなる。時間だけでない思想が詰まった念とさよならしてわたしはまた少し自由になる。いつもの癖で髪に指を通してみるも胸元まで続かない仕草に少し寂しさを感じる。別れた恋人を思い出すのと同じ。ねぇ、君はわたしを思い出すの?

そうして何年かに一度わたしは髪の毛を切るし、また必ず伸ばしてしまうんだけど、ああでも、どうしよう、いやでもやっぱり切ろうかなって思います。短い髪の毛で、久しぶりに買ったイヤリングをして、それでようやく新しいわたしに見えるかな。

「新しさ」に恋するたび、平凡に慣れた退屈な自分を直視してしまう。その度に幼き姿が「あなたは今でもコンプレックスばかりなんだよ」と苦笑いしている。大人になったら変わると思っていたこともあるのに、大人になりたくないって繰り返してる。安定を求めたい気持ちといつまでも揺らいでいたい気持ちが親になった今ですらある。ああそうか、だからわたしの母もわがままで我が強くておしゃれが好きで赤い口紅をひいていたんだな。
女が強く生きるためには何が必要なのだろう。容姿か、地位か、お金か、あるいは。

わたしが強く新しくいるためには一体何が何個必要か。髪を切って服を着替えて、男はもう必要ないけど、でもかわいいは必要。そこまで考えついて自分の価値の低さに驚く。たぶん一番必要なのは自分で自分に酔うため創作。なるほど。くだらなく思えてしまうかもしれないけど、でもねぇ、そんな少しのことでわたしの元気が続くなら、君も見ていてくれるでしょう。遠くから見ているんだろうなと思ってる。
この髪をいつまで維持するかはわからない。きっとまた伸ばすのかな。でもたまにはいいよね、ボブのエリも。

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